63話・奇策
「光を我が手に『ライト』『スパーク』!」
「ウオォンッ!?」
スペルブーストで強化したライト。
その光量は至近距離で受ければ絶対に眩しい。
神獣と言えど、目蓋を閉じるのは必然。
更にスパークを唱え僅かな間でも動きを止める。
数秒間、リクの動きは完全に停止していた。
俺は片手剣で首輪を狙い、刃を振り下ろす。
ガギン!
「っ、硬っ!?」
首輪は片手剣の刃をあっさり跳ね返した。
勿論魔力操作法で腕力は強化している。
にも関わらず傷一つ付けられてない、参ったな……
なんて思っていたらリクの視力が回復し、氷の魔力を周囲に放って俺を凍らせようとする。
慌てて後ろに下がり、難を逃れた。
さっきまで立っていた地面が凍らされている。
恐るべき凍結能力だ。
マイナス何度くらいになっているんだろう?
魔力操作法を応用すれば、高音や低温にもある程度は耐えられるようになるが……限界はある。
長期戦は不利になると考えていい。
いや、まてよ……?
凍った地面を見て、ある奇策を思いつく。
非常に危険だが首輪を破壊するにはその方法か、あとは神纏で強引に壊すしかない。
後者の方がどう考えても危険だ。
なら、試す価値はある。
いいぞ、希望が見えてきた。
「グルルルルル……!」
「待ってろよ、リク」
俺はリクと今日会ったばかり。
だから彼本来の性格は何も知らない。
早く洗脳を解いて、どんな人物? 狼物? だったのか知りたかった。
「いくぞ……っ!」
魔力操作法、全開。
肉体に張り巡らした魔力が活性化し、一時的に超人的な身体能力を俺に与えた。
凍った地面を強く踏みしめ、リクへ迫る。
「『ウィンド』『シードフレア』『スパーク』!」
風、雷、炎。
三つの魔法を広げるように放つ。
その全てがリクに届く前に、冷気の魔力を放出されて無効化されてしまったが……それでいい。
俺の狙いは全く別。
リクが魔法に意識を向けている間、凍った地面を利用しスライディングの要領で滑る。
十分な速度が出ていたので、滑るスピードは更に加速され––––リクの股下を通り抜けた。
これにはリクもギョッとする。
まだまだ、ここからだ。
リクの真下を通り抜けた俺は素早く立ち上がり、高く跳躍しながら彼の背中に張り付く。
ボフンと、柔らかい毛皮が出迎えてくれた。
けどやっぱり冷たい。
所々、薄い氷が張っていた。
「ウグルアアアアアッ!」
「っ!」
背中に異物がくっ付いている。
不快でしかないだろう。
リクは暴れて俺を振り落とそうとする。
逆に俺は毛皮を両手でしっかり掴み、振り落とされないよう全力でしがみ付く。
大型の生物がデタラメに暴れる……それはもう凄いエネルギーが発生し、ジェットコースターが比にならないくらいの衝撃を受ける。
「グ、オオオオオオッ!」
リクが後ろへ倒れるようにジャンプした。
まずい……俺とリクは共に空中へ浮かぶ。
リクの背中と地面が迫るが、その間に俺が挟まる。
数秒後––––俺は地面と激突した。
「ぐはっ……!」
重力に加え、リクの体重も乗った衝撃。
冗談抜きにペチャンコにされるかと思った。
それでも、耐える。
自分の体の耐久性を信じて。
「ウウ、グルオオオオオオ!」
(……きた!)
そして、遂に掴む。
暗闇を突破する、一筋の光明を。
途端に周囲の温度が一段と下がった。
リクが氷属性の魔法を使った証拠。
パキンと、彼の体そのものが凍る。
何故、そんな事をしているのか?
勿論、俺を排除する為だ。
日常的に氷属性の魔法を使っているなら、恐らくリクの体には凍結への耐性がある。
対して俺はただの人間だ。
魔力操作法で少しは誤魔化せるが、絶対零度を生き残るような事はできない。
だからリクは、自分ごと凍らせた。
張り付いて離れない俺を凍死させる為に。
だが……それこそ俺の狙い。
氷属性魔法を使わせる為、俺は今まで耐えていた。
「寒いな、ちくしょう……!」
両手が震える。
雪が降っている錯覚に陥りそうだ。
実際、寒さ的には降っていてもおかしくない。
一気に温度を下げる事は出来ないのか、少しずつリクの体が氷に覆われていく。
俺もいつまでも耐える事は出来ない。
だけど、あともう少し。
「『フリーズ』!」
ダメ押しとばかりに、自ら氷属性の魔法を唱える。
側から見ればただの自殺行為だが、違う。
結果は……すぐに訪れた。
「っ、おおおおおおおお!」
凍りかけていた体を強引に動かす。
片手剣を握る手に力を込め……『凍っている』首輪めがけて再び振り下ろした。
––––バキン!
「ははっ!」
「ウ……グルオオ……!?」
首輪は、真っ二つに割れて砕け散った。
これで洗脳の効果は途切れる筈。
リクは驚きながらも魔法を中断させ……キョロキョロと辺りを見回してから倒れ、気絶した。
突然洗脳が解かれたから、驚いたのだろう。
さて……どうして俺が首輪を壊す事が出来たのか。
それは首輪が凍っていたからだ。
以前、低温脆性というのを習った記憶がある。
分かりやすく言うと、物体を凍らせると凍る前より耐久性が落ちて壊れやすくなること。
板チョコレートで例えよう。
熱すればドロドロに溶けるが、逆に冷やすとパキン! と勢いよく割れる事が出来る。
詳細は覚えてないが、普段物体は液体の部分があるから衝撃を吸収して壊れにくくなっているが、凍ると液体部分も固まるから、衝撃を吸収し切れなくなる。
結果、耐久性が落ちるというワケ。
これを利用し、首輪を破壊した。
俺のフリーズでは凍結能力に若干不安があったから、リクの魔法を活用させてもらったけどさ。
まあ、何はともあれ……
「このフェンリルは、解放させてもらうぞ」
ビシッと、ゴーグル男に拳を突きつける。
だが、彼は不敵に笑う。
最高の戦力を無力化されたにも関わらず。
「ああほんと、よくやったよ君は……でもさ、油断しすぎなんだよねえ!」
次の瞬間、俺の体に鎖が巻き付いた。
「これで詰み……さようなら、イレギュラー!」
グイッと、引っ張られる。
踏ん張ろうとしたが、そんな余裕無かった。
あっという間に距離が縮まる。
ゴーグル男は、既に強欲の魔本を取り出していた。
俺を吸収する気満々である。
ああ、本当に––––何もかも、作戦通りだ。
「––––はあああああああああああっ!」
「な、何!?」
「ふんっ!」
強欲の魔本に吸い込まれる直前。
俺は一瞬だけ『神纏』を使った。
そして鎖を力技で引き千切る。
「ば、バカな!」
「それ、貰うよ」
「ぐふぅ……!?」
ゴーグル男が手に持つ魔本を奪い取る。
そのまま回し蹴りで奴を吹き飛ばした。
地面に転がるゴーグル男。
「ぐ、あ……ガ、ガキがああああああっ!」
ヨロヨロと立ち上がる。
が、アイツは最早どーでもいい。
この本さえ、無くなってしまえば。
「ま、まさかっ、やめろおおおおおお!」
「『シードフレア』」
「ああああああああああああああっ!?」
強欲の魔本を、燃やす。
加えてビリビリに破り捨てた。
炎は本を包み込み、塵へと返す。
直後、魔本の残骸が光り、目前の空間が歪んだかと思うと––––
「……あ? どーなってんだ?」
傷だらけのケルベロスが、そこに立っていた。
これで、全部取り返した。
ルプスの親も、俺の友人も。
「よお、本の中の居心地はどうだった?」
「……何も覚えてねえ」
「なら、時間が止まってたのかもな、まあでも」
俺は、右手を上げながら言った。
「おかえり」
「……ハッ!」
顔を背けながらも、ケルベロスは同じく右手で俺の手を叩き、ハイタッチを交わしてくれた。
そして照れ臭そうに言う。
「一度しか言わねーから、よく聞け」
「ん?」
「……助かった、ありがとよ」
「おう、次はお前が俺を助けてくれよ」
「ったりめーだ。借りは必ず、返す」