62話・会敵
ゴーグル男とフェンリルを追って数分経つ。
既に森は抜け、野原へ出ていた。
遮蔽物が無いので疾走するリクがよく見える。
「くそ、速いな……」
ワイバーンも頑張ってはいる。
しかし距離は一向に縮まらない。
見失わないようにするのが精一杯だった。
だが、それもあと僅か。
ワイバーンの体力が限界に近づいている。
無理もない、元々かなり飛ばして王都から冥府の森にまで来たのだ……おまけに速度重視でスタミナが無い種らしいから、寧ろよくやっていた。
とは言え手詰まりなのも事実。
ジリ貧の状況は続く。
この不利な局面をどうにかする方法は、一応ある。
一つは狙撃。
今の位置からゴーグル男を魔法で狙い撃つ。
もしくはリクの首輪を狙って破壊する。
だが、これは技術的に不可能だ。
ワイバーンとリクの距離の差は、目視で五十メートル以上は離れている。
熟練の魔法使いなら可能だろうが、俺は魔法使いになってまだ一年も経ってない半人前だ。
そんな芸当は逆立ちしたって出来ない。
で、もう一つの方法。
こちらもやる事は同じだ。
ただし、狙撃対象は……リク。
人間サイズのゴーグル男と違い、リクの身体はかなり大きいので俺でも当てられる。
ただその場合当然、リクを傷付けてしまう。
ルプスの親なら無傷で取り戻してやりたい。
しかし、現実問題それは厳しかった。
ある程度の負傷は、覚悟しなければいけない。
「……悪い、ルプスの親御さん」
最も避けなければいけない事態は、このままゴーグル男に逃げられてしまう事。
そしたらリクだけでなく、ケルベロスも失う。
アイツとは何だかんだで仲良くやれてた。
今更さよならなんて、我慢できない。
まだ言ってやりたい文句が沢山あるんだ。
だから––––ごめん。
出来る限り、傷は付けないようにするから。
少しの間だけ、我慢してくれ。
「我が手に集え、雷鳴よ!」
親指と人差し指だけを立て、残る指は握る。
右手をピストルのように見立てながら、俺は雷属性の低級魔法を詠唱し、唱えた。
風属性の魔法では無いのは、あわよくば痺れさせて動きを封じようと考えているから。
神獣相手に効果があるかは分からないが。
「『スパーク』!」
指先から電撃が迸る。
直後、雷は閃光と化して真っ直ぐ撃ち出された。
イメージしたのは、弾丸。
弓矢より早い飛び道具……現代人の俺にとって、銃弾の想像は難しくなかった。
案の定、雷の弾丸はリクの左後ろ脚を射抜く。
「ウオンッ!?」
グラリと、バランスを崩すリク。
背に乗っていたゴーグル男は地面に投げ出され––––る事は無く、まるで予感していたかのように受け身を取って綺麗に着地した。
ニヤリとした不気味な笑顔を貼り付けながら。
……厄介な相手だ。
奴の持つ強欲の魔本が生み出す鎖に捕まったら、俺もケルベロスのように吸収されるだろう。
そう考えたら近づくのは得策では無いだろうが、その強欲の魔本を奪う必要があるので、接近戦になる事を余儀なくされていた。
ある程度の距離までワイバーンに乗りながら進み、そこから先は自分の足だけで向かう。
彼を戦いに巻き込むワケにはいかなかった。
自分の足だけで歩いてゴーグルの男の前に立つ。
奴は出会い頭に口を開いた。
「ようやく来たね、イレギュラーくん」
「どういう意味だ?」
「主に二つの意味がある。一つは君の存在そのもの、もう一つはこのフェンリルを攻撃するのがやたらと遅かった事、かな」
聞いてない事まで勝手に答えるゴーグル男。
イレギュラー、か。
恐らくアイツらの計画では、魔女以外の人間が森に居るとは考えられておらず、ましてやこうして妨害行為を受ける事は想定外だったと思われる。
一つ目の理由はそんなところだろう。
問題は、二つ目の方。
「俺がリクを……フェンリルを攻撃すると分かっていたなら、どうして何もしなかった?」
「別に、あの程度の攻撃じゃあフェンリルは倒れないよ。ほらね」
ゴーグル男の隣で、リクが起き上がる。
確かにまだまだ元気そうだ。
だけどさっきまでの走力は確実に出せない。
「あ、もしかしてイレギュラー君は、持ち物は大切にするタイプ?」
「……なに」
「俺はさー、壊れた物は買い換えればいいって考えなんだよね。だからコイツが使い物にならなくなっても、別によかったんだ」
純粋な言葉だった。
思った事を、そのまま口に出した雰囲気。
だからこそ許せなかった。
使い魔は、単なる道具じゃない。
ケルベロスは知能もあって人と同じように話せるし、調理師ゴーレムだって俺は友情を感じている。
けど多分、これは少数派の意見なんだろう。
極端な話になるが、普通は家具を人間扱いしない。
俺だって前まではそうだった。
だけど、ケルベロスにも調理師ゴーレムにも、俺は確かな意思を感じている。
だからこれは、個人的な怒りだ。
「そうか。いやでも、助かったよ」
「ん? 何が?」
「遠慮無く、お前をぶっ潰す事が出来そうだ」
「へえ、言うねえ。でもさ––––」
俺とゴーグル男の間に、リクが立つ。
彼は狂気の宿った両目で俺を睨む。
溢れ出る魔力が冷気のように漂っていた。
「まずはソイツを倒してみろ、ガキ」
「ウグオオオオオオッ!」
「上等だ!」
元よりリクの首輪を破壊するのも目的の一つ。
彼と戦うのは必然だった。
俺は抜剣してリクを迎え撃つ。
「ウ、オオオオオオン!」
リクが雄叫びをあげる。
それだけで周りの地面が凍った。
俺の足元近くにも氷が迫る。
直ぐに横へジャンプしてその場から離れた。
だがそれは誘導された動きだったのか、先回りしていたリクの前足が振るわれる。
「っ!」
ガキン!
当たる直前に片手剣で弾く。
重たい一撃だった。
魔法は勿論、単純な力も凄まじい。
俺の相手って、そんな奴ばっかりだな。
強敵と出会う呪いにでもかかっているのか?
自分の運の悪さに辟易した。
「『ウィンド』!」
「オオオオオオン!」
至近距離でウィンドを叩き込む。
リクは吹き飛ばされたが同時に魔法を唱えていた。
沢山の氷の破片が射出される。
直撃したら、全身ズタボロにされるだろう。
俺は再びウィンドを唱え、自らの体の軌道を強引に変えて避けた。
ただ、自分の魔法と言ってもダメージは受ける。
氷の破片よりかはマシだが。
吹き飛ばされながらも体勢を立て直す。
「グルル……」
獰猛な瞳でリクに睨まれる。
やはり一筋縄ではいかなかった。
どうする……このまま魔法の撃ち合いになっても、火力で劣っているのはこちら側。
手数で勝負しても決定打にはならない。
どこかのタイミングで、首輪を狙う必要があった。
しかし、その隙がどこにも見当たらない。
パワーも、スピードも、魔法力もリクの方が上。
加えて後ろにはゴーグル男も控えている。
今は手を出す様子を見せてはいないが、いつ介入してきてもおかしくない。
致命的な戦力差。
勝機があるとすれば、ゴーグル男が俺を舐めている事と……リクの理性が失われていること。
先程の攻防のように、野生の本能で俺を誘導したりはするが、攻撃パターンは基本的に単調だ。
あの血走った目からは知性が感じられない。
神獣は魔獣と同じカテゴリーだと聞いたが、あれでは本当にそこら辺の魔獣以下だ。
子のルプスには見せられないな。
閑話休題。
俺が注目したいのは、理性が無いこと。
そこを上手く突く事ができれば、首輪を壊せる。
俺の得意技は『翻弄』だ。
見てろよ、ゴーグル男。
低級魔法の正しい使い方ってヤツを教えてやる。
「ウグオオオオオオオオオオ!」
痺れを切らしたリクが飛び出た。
四本の手足で大地を蹴り、凄まじい速度で接近されるが––––俺はギリギリまで引き寄せてから回避し、複数の低級魔法を唱えた。