60話・ドールの戦い(別視点)
ワイバーンに乗ったユウトが森から離脱した後。
周囲の緑豊かだった森林は破壊され、破壊されたゴーレムの残骸が無造作に転がっていた。
そこに残るのは浜崎、エストリア、ドールの三人。
彼ら彼女はそれぞれの思いを抱きながら、目前の敵をどう倒すか考えていた。
(彼の使っている魔法、恐らくは……)
エストリアは受け継いだ魔女の知識を照らし合わせ、浜崎の使う謎の硬化能力の正体を掴んでいた。
自らが作った戦闘特化ゴーレム・ガウェインの刃ですら弾く理外の硬化、それは。
「––––古代魔法なんて、エルフや魔族でも無いのにどうやって身に付けたのかしら」
「……気付いていたのか?」
純粋に驚く浜崎。
彼にその魔法を教えた人物は、世間には殆ど知られていない魔法だと言われていたからだ。
「知識量には自信があるの」
古代魔法。
普段ユウトやドールが使っているような魔法ではなく、エストリアのウィッチクラフトでも無い力。
人間で扱える者は殆ど居ない。
そもそも、存在そのものが知られていなかった。
古代魔法は通常の魔法と違い、自ら生成する魔力では無く『世界』に漂う魔力を消費する。
自己が生み出す魔力を『マナ』。
世界が生み出す魔力を『エア』。
古代魔法の使い手達はそう区別していた。
浜崎の使っている『硬化』はまさに古代魔法。
肉体強度を極限まで高め、鋼のように硬くする。
魔力操作法では到達できない領域まで。
その他にも強力な魔法は多数ある。
とは言え相応に魔力は消耗するので、浜崎は硬化魔法だけを使い魔力を節約していた。
「まあ、知られたところで問題は無いか」
「っ!」
「––––『高速』」
浜崎の姿が、ブレる。
彼は硬化を解き『高速』の魔法を発動した。
文字通り、高速移動を可能にする。
魔女の力は未だ未知数。
他にどんな使い魔を従えているか分からない以上、最優先で潰すべきはエストリア……浜崎はそう考え、一瞬で勝負を決めようと動いた。
人間を超えた速度で駆け回る浜崎に、エストリアは対応出来ていない。
もらった––––浜崎は腰からナイフを取り出し、彼女の首元に突き立てようとしたが。
「させ、ない!」
ガキン!
ナイフが切ったのは、杖。
浜崎とエストリアの間にドールが割り込んでいた。
ドールはそのまま左足でハイキックを繰り出す。
蹴りをバックステップして躱した浜崎は、一旦距離を置いて何故邪魔されたのか考える。
彼は相棒だった新谷と違い、慎重派だった。
(俺の動きは目で追える速度じゃなかった)
ならば何故?
思考を続ける浜崎だが、ドールのエアカッターが降り注ぎ回避を余儀なくされる。
「く……」
「助かったわ、ドール」
「ん」
何でもないように言うドール。
彼女は自分の『目』に魔力操作法を集中して使い、浜崎の高速移動に対応していた。
「それで悪いのだけど、少し時間を稼いでくれるかしら? 今呼び出そうとしてる子はちょっと頑固で、中々応じてくれないのよ」
ウィッチクラフトは基本、詠唱を必要としない。
肉体そのものが魔法の触媒のようなものだからだ。
魔女の血筋が、不可能を可能にしている。
しかし、一部の使い魔に関しては召喚を拒否する個体も存在するので、そういった場合にのみ呪文詠唱を用いて強制的に召喚する。
「分かった」
杖を突き立てるドール。
賢い彼女は、エストリアが強力な使い魔の召喚を試みてるのを瞬時に理解した。
自分の力では、目前の男を倒すのは難しい。
なら、自分の役目はそれまでの時間稼ぎ。
今最も優先するべきは、ユウトとの合流。
ドールはなんとなく予感していた。
ユウトが『神纏』を使う事を。
(ケルベロスやルプスの親……助けるべき相手がいるなら、あの人は危険を顧みない、なら)
出来る限り素早く敵を倒し、ユウトに追いつく。
彼女はそう判断し、即座に魔法を構築した。
選んだのはあらゆる面で速い風属性。
「風よ、幾百もの刃で吹き荒れろ『ハンドレッド・エアカッター』」
数百の刃が空中に生み出される。
だが、そのまま射出はしない。
ドールは空間全体に散らし、浜崎がどれだけ高速で動いても必ず当たるように調整した。
「『硬化』!」
が、浜崎もそれは見抜いていた。
瞬時に古代魔法を高速から硬化へ切り替える。
彼は再び、鋼の如き体を得た。
飛来する風の刃。
その全てを、棒立ちのまま受ける。
防御の為の動作も必要無い。
ただ、石像のように立ち尽くしているだけ。
風の刃は硬化された皮膚を突破できずに霧散する。
攻撃が完全に止まってから、彼は動き出した。
「っ……凍てつく嵐を生み出せ『ブリザード』」
それならとドールも別の魔法を唱える。
猛烈な吹雪を生み出す氷属性の魔法。
傷を与える事が出来ないなら、動きを封じる。
しかし浜崎は高く跳躍し、吹雪を躱す。
そして上空から攻撃を始めた。
右手に魔力を集め、狙いを定めて放つ。
「光よ、眩き刃となりて焼き払え『シャイニングブレイド』!」
浜崎の右手から、光の剣が一直線に伸びる。
熱を帯びたその剣は、触れたモノを溶かす。
浜崎は地面を焼き切りながらドールを狙った。
彼女は飛び退いて躱し、地に転がりながらも詠唱を終えて直ぐに防御の闇属性魔法を唱える。
「『ダークカーテン』!」
黒布が生み出され、ドールとエストリアを覆う。
浜崎は御構い無しにシャイニングブレイドで斬り伏せようとしたが、触れた瞬間に魔法が解除された。
闇属性の性質は、吸収。
他の魔力を吸収して無効化する事が出来る。
ダークカーテンは闇の衣を作り出し、術者を魔法攻撃から守る防御魔法だった。
「闇属性か。なら関係無い」
「……!」
浜崎は再びシャイニングブレイドを振るう。
ダークカーテンと激突し、また消滅するかと思われたが……光の剣に込められた魔力が爆発的に上昇し、闇の衣の防御を上回った。
これが、闇属性の弱点。
どれだけ吸収しても容器に許容量があるように、吸い取れる魔力量にも上限があった。
「空を駆ける祝福を『スカイウォーク』!」
咄嗟の判断で空に逃げるドール。
纏っていた闇の衣は既に解除されていた。
冷や汗を流しながら、彼女は大地を見下ろす。
地に立つ浜崎と、空に座すドール。
先程とは逆の立場だった。
だからと言って、何かが好転するワケでもない。
そしてドールは冷静に分析し、今戦っている相手は自分より遥か高みの存在だと悟った。
使う魔法のランク、魔力量と質。
どれも劣っていると認めざるを得ない。
だが、経験なら勝っている。
それは確信を持って言えた。
(……仕掛けには、まだ気付かれてない)
ドールが仕掛けた一発逆転の秘策。
熟練の魔法使いなら既に看破されていてもおかしくないが、浜崎はまだ気づいていない。
ここまでの攻防は時間にして数分。
エストリアの使い魔はまだ召喚されてない。
もう少し、時間稼ぎの必要があった。
「––––赤より朱い真紅よ」
……が、それは浜崎も分かっていた。
故に彼は自らの力の証明、特級魔法の詠唱に入る。
最大最高規模の特級魔法で、ドールとエストリア、二人を同時にかつ確実に始末する為。
古代魔法で強化された体なら、例え詠唱中に妨害を受けようとも最後まで詠唱を続ける自信があった。
練り上げた魔力を、純粋な破壊力へと変換。
その余波で彼の周囲が異常な温度を計測する。
そして構築された魔法が文字通り、火を噴いた。
「現世に存する全てを焼き尽くし、世界を炎で染め上げろ……『プロミネンス・ブラスッ––––!?」
刹那。
一陣の風刃が、浜崎の『顎』に直撃した。
ダメージは一切無い。
だが、物理的なエネルギーまでは殺せなかった。
風の刃が顎に当たった事で、詠唱が乱れ魔法の発動がキャンセルされる。
何故、どうして?
浜崎の脳内で駆け回る疑問の数々。
時間にして僅か数秒。
しかし、戦闘においては致命的な秒数だった。