59話・望まぬ再会
戦いは拮抗していた。
黒騎士の攻撃にゴーグル男は防戦一方。
浜崎と白騎士も互いに攻め手を欠いている。
そこに俺とドールが乱入すれば単純に数で勝る上、連携も合わせれば力は倍増するだろう。
ゴーグル男と浜崎は別々に戦っている。
連携のれの字も無いので、奴らが力を合わせる、なんて展開は無さそうで安心した。
エストリアも今は黒騎士と白騎士の魔力供給で激しい動きは出来ないそうだが、他の使い魔を用いたサポートは可能と言っている。
状況は圧倒的に俺達の方が有利。
なのに、ゴーグル男は余裕を崩さない。
どれだけ黒騎士に強欲の魔本で生成した鎖を斬られ、追い詰められようとも飄々としていた。
何か切り札でも隠しているのか?
ふと、そんな考えがよぎる。
あり得なくは無かった。
そして、その予感は早速的中する。
悪い予感ほど当たるとはよく言ったものだが、現実に起こると不快でしかなかった。
「––––古き神獣よ、我に従い顕現せよ」
黒騎士の猛攻を避けながら、ゴーグル男は今まで一度もしなかった呪文詠唱を始めた。
邪魔されないよう、丁寧に鎖で身を守りながら。
「ランスロット!」
エストリアが黒騎士に指示を出す。
だが、既にゴーグル男は詠唱を終えていた。
彼の目前に、魔法陣が描かれる。
「『サモン』」
召喚と、ゴーグル男は言った。
エストリアと同じく使い魔と契約しているのか?
そうなると、新谷の自爆に近い魔法を耐えたあのカエルは奴の使い魔の可能性がある。
因みにカエルは既に消失していた。
いや、そんな事はどうでもいい。
重要なのは今、どんな使い魔が召喚されるのか。
魔法陣は絶えず輝いている。
やがて光はカタチとなり、別の場所に存在していただろう使い魔をこの空間へと呼び起こした。
「……嘘」
その姿を見て、エストリアが驚愕する。
ソイツは軽トラック程の大きさだった。
全身が銀色の体毛に覆われている四足獣。
鋭い牙と爪は分かりやすい狂気。
瞳の色は濁った赤色。
首には飼い犬のように赤黒い首輪が付いていた。
箱に押し込まれた殺意が今にも破裂しそう……そんな雰囲気を纏った生物。
けど、俺はコイツを知っていた。
正確には幼体だけど。
あの特徴的な銀色の体毛は––––
「フェンリル、なのか?」
銀狼。
魔獣とは似て非なる神獣。
俺が知っているのは幼体のルプスだけだったが、そのルプスと目の前のフェンリルは似ている。
「ウグオオオオオオオッ!」
フェンリルが吠える。
ズン、と沈み込むような声音。
夜中に聴いたら恐怖で眠れなくなるだろう。
だが、今のはただの威嚇では無く……もう既に、フェンリルの攻撃は始まっていた。
何故か黒騎士の動作が突然停止する。
理由は一つ。
黒騎士の体が、凍りついていたからだ。
兜のてっぺんから足先まで綺麗に。
指一本動かせないくらいに氷結していた。
今のは……魔法なのか?
俺にはただ魔力を放出しただけのように見えた。
過程を飛ばし、結果だけを成立させる。
それは最早、魔法の域を超えていた。
俺は光山やケルベロスを規格外と称したが……どうやら目前の獣も、それらに属するようである。
「ウウ……グルオオオオオッ!」
フェンリルが前足を振るう。
氷像にされた黒騎士は回避も防御も出来ず、ただ攻撃を受け入れ、砕け散った。
キラキラと氷の粒子が舞う。
その光景は場違いに美しかった。
「中々ルプスを迎えに来ないと思っていたら……成る程、そういう事だったの」
「どういう事だ?」
エストリアが一人納得した風に呟く。
何か知っているようなので聞いてみた。
すると驚くべき返答をされる。
「あのフェンリル、ルプスの親よ」
「え!?」
「でも、今は洗脳されているわ。あの首輪が見えるかしら? アレで操られているのよ」
彼女は強い視線で首輪を見る。
洗脳系の魔導具のようだ。
でも、あのフェンリルがルプスの親だなんて……一体どんな偶然なんだよ。
「相変わらず強いねー、高い金払って買った甲斐があったもんだよ」
「買った? どういう事かしら?」
「ん? 素直に言うと思う?」
エストリアがゴーグル男を問い質すも、当然のように答えは返ってこなかった。
代わりに彼女は、魔力の出力を上げる。
「出し惜しみはナシよ……私の最強の使い魔達で、確実に仕留めるわ」
「おー、怖い怖い。んじゃ、逃げちゃうね」
「っ、待ちなさい!」
ゴーグル男はフェンリルの背に跨ると、一目散に森の中へと消え去った。
逃げる事に一切の戸惑いが無い。
ケルベロスの捕獲が目的なら、既に達成された。
長居する理由も無いのだろう。
ただ、浜崎を置いて行ったのはどういう事だ。
純粋な仲間、というワケでは無いらしい。
「あの野郎、ふざけやがって……まあ、いい」
白騎士の攻撃に耐えながら、浜崎が呟く。
徐々に相手のスピードに慣れてきたのか、無理に被弾せずに少しずつ避けながら戦っていた。
硬化されている両手で白騎士の剣を受け流すようにしながら、体力の消耗を抑えている。
そして一瞬の隙を突き、前足で白騎士の手元を蹴り上げて剣を弾き飛ばす。
そのままの勢いで拳を連続で叩き込み、トドメに回し蹴りを放って白騎士を後方へ下がらせる。
ポツリと、浜崎が呟く。
「不本意だが、お前らを倒して奴と合流しよう」
「っ!」
彼の体から、爆発的な魔力が生み出された。
圧倒される白騎士。
俺達も直ぐには動けなかった。
「天を穿つ紫電、地を貫く雷電よ……交わりて新たな雷となれ『デュアル・サンダーレイン』」
それは雷属性の魔法だった。
紫と黄色の雷が雨のように降り注ぐ。
雷は広範囲に強力な一撃を与えた。
「ガウェイン!」
バチイイイイイイッ!
白騎士にも二色の雷が直撃した。
黒焦げになりながら、地面に伏す。
二体の騎士人形は、あっという間に倒された。
「アイツを追いかけないといけないのに……!」
「任せて」
「ドール?」
ドールは頭上に杖を掲げる。
そして魔法を唱えた。
周囲の地面がドロドロに溶け……銀色の液体へと変わり、針のように尖りながら空へと伸びる。
「これで、雷を引き寄せる」
まるで避雷針のようだった。
実際、そういう魔法だったのかもしれない。
彼女の作った銀の針に、雷は吸い込まれるように誘き寄せられ霧散していく。
「ユウト、今のうちに追いかけて」
「でも……」
「お願い、ユウト君。ケルベロスとルプスの親を……リクを、助けてあげて」
リク、それがあのフェンリルの名前なのだろう。
聞けば首輪を破壊するだけでいいそうだ。
グルル、と近くに居たワイバーンが鳴く。
乗れ、と言っているようだった。
「……」
相手は特級勇者だ。
二人に任せるのは不安だったが、だからと言って三人で相手をしていたらゴーグル男に逃げられる。
彼女達を信じるしかない。
「分かった、二人とも頼んだぞ!」
「任せて」
「あの男を倒したら、直ぐに追いかけるわ」
ワイバーンに跨る。
するとそれだけで意思が伝わったのか、ワイバーンは大地を蹴って高く飛翔した。
「矢野! 行かせるか!」
「サモン!」
浜崎が弾丸のようにジャンプする。
けれどエストリアが召喚したゴーレムが壁のように立ち塞がり、阻止した。
景色がぐんぐん塗り替わる。
猛スピードで飛行している証拠だった。
一瞬だけ、チラリと背後を見る。
浜崎とドール、エストリアが相対していた。
大丈夫……二人とも強い。
浜崎の使う魔法の正体はまだ分かってないが、きっと何とかしてくれる。
俺のやるべき事はゴーグル男に追いつき、強欲の魔本を奪い、リクを縛る首輪を破壊すること。
単純明快、難しいことは一つも無い。
俺は疾走するリクの背中を追いかけた。