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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第2章:冥府の森の魔女
58/118

58話・騎士

 

 そのカエルは全身粘液塗れだった。

 大人三人は余裕で丸呑み出来るだろう巨体。

 見た目だけなら普通のカエルなのが不気味だ。


 それ以上に驚くのは、カエルが無傷な事。

 多少火傷はしているが殆どノーダメージのようで、今すぐにでも元気にゲコゲコと鳴きそうだ。


 ……と、思っていたら。

 突然口を開け、ナニカを吐き出す。

 舌も規格外に長かった。


 長い舌に巻かれていたのは……浜崎。

 続いてゴーグルの男が悠然と口内から這い出る。

 二人とも粘液塗れだったけど。


 男のぬるぬるプレイとか、誰得だよ。

 少なくとも俺にその手の趣味は無い。

 出来れば視界にすら入れたくなかった。


 ……冗談はともかく。

 ゴーグル男と浜崎は、あのカエルの胃の中に身を潜めて獄炎から身を守っていたようだ。


「ふー、危ない危ない。間一髪だったよ」

「……海斗、生きてるか?」

「いやいやいや、流石に死んだでしょ、アレは」


 浜崎が自らの相棒の名を呼ぶ。

 しかし、声は返ってこなかった。

 そもそも、今この場に新谷の姿は無い。


 奴は恐らく、強引な魔法の行使により自滅した。

 あれだけの威力の火属性魔法だ……反動で肉体が消し炭になっても何らおかしくない。


 いや、神纏も一歩間違えればそうなるのか。

 目の前で自分の未来を見せつけられたような感覚。

 強大な力には、やはり相応のリスクが伴う。


「頭に血が上りやすい奴とは思っていたが……」

「まー、あれだけボコボコにされればね」


 チラリと、ゴーグル男がケルベロスを見る。

 その瞳が一瞬にして怪しく輝き始めた。

 まるで獲物を狩る算段をつけた狩人のように。


「だからこそ、手駒にする価値があるんだけど!」

「っ!?」


 突如、地面から沢山の鎖が生えた。

 ゴーグル男が何かしたようだが、直前まで一切の予備動作が無かったので気づくのに遅れる。


「チッ……!」

「ケルベロス!」


 鎖の狙いは、ケルベロス。

 直ぐに魔法で何本か撃ち落としたが足りない。

 エストリアもドールも詠唱が間に合わなかった。


 これが、全魔法使い共通の弱点。

 魔法を使うには呪文詠唱が付きまとうので、不意の一撃にはどうしても対処が遅れる。


 結果、満身創痍のケルベロスに不意の攻撃を避ける事は叶わず……何本もの鎖で雁字搦めにされた。

 絶対に逃がさないという、強い意志を感じる。


 ホワイトグリードの目的は、最初からケルベロス?


「はい、いっちょあがり」

「離せゴラアッ!」


 ゴーグル男は釣りのように鎖を引き寄せる。

 そして懐から一冊の本を取り出した。

 黒く薄汚れているが、妙なオーラを発している。


「アレは、不味いわ……!」


 エストリアが焦る。

 しかし、もう遅い。

 ゴーグル男が本を開くと––––ケルベロスは鎖と共に本の中へ吸い込まれてしまった。


 信じられない光景に、目を疑う。

 明らかに質量保存の法則を無視していた。

 日本の学者達に今のを見せたら石を投げられる。


「ふー……依頼達成、と。さっさと帰りますか」

「お前の仲間は置いて行くのか?」

「どうせさっきので死んでるだろうし、所詮は『番外』連中だからさ、どーでもいいよ」


 撤退の準備を始めるゴーグル男と浜崎。

 やはり狙いは最初からケルベロスだった。

 何故、という疑問は頭の片隅に置いやる。


 今はアイツらを捕らえる事が先決だ。


「逃すかよ!」


 肉体を強化しながら突撃する。

 その前に、浜崎が立ち塞がった。

 右ストレートを繰り出されるが、僅かに体を逸らして避け、逆に左脇腹を狙って蹴り上げる。


 蹴りは直撃したが……硬い。

 浜崎の体は、異様なまでに硬質化していた。

 まるで岩でも蹴り上げたような感触。


 思わず追撃の手を緩めてしまう。

 このまま攻撃を続けても、先に俺が潰れる。

 一旦バックステップで距離を取り、スペルブーストで強化した雷属性の低級魔法を唱えた。


「雷よ迸れ『スパーク』!」

「……無駄だ」


 黄色の電流が浜崎に降り注ぐ。

 通常の人間なら即感電死するレベルの電圧だったが、奴はまるで意に介さず自分の魔法を唱えた。


 魔法にまで耐性があるのかよ!

 心の中で悪態を吐きながら、奴の魔法に備える。

 が、放たれた魔法は攻撃系統では無かった。


「頑強なる土の牢獄よ。全てを拒絶、封殺し、大地の力で覆い尽くせ『パーフェクトアースプリズン』」

「しまった……!」


 突如、周囲の地面が変質する。

 不自然に盛り上がりながら巨大化し、逃がさないと言わんばかりに俺を中心にドーム状へと形を変えた。


 青空が見る間もなく土の塊で埋め尽くされる。

 詠唱時間からして、土属性の拘束系特級魔法。

 完成したら破るのは至難の業だ。


 直ぐに脱出しようとしたが、足元の地面だけが沼のようにドロドロになっていて動けない。

 これも魔法効果の一つだろうか。


 とにかく、俺が捕まっていたんじゃ話にならない。

 神纏ほどでは無いが、魔力を大量放出して壁を破壊する……イチかバチかの方法を考えた時。


 土の牢獄が、凄まじい速度で切り刻まれた。


「––––行きなさい、私の騎士ナイト達」


 エストリアの声。

 静かな怒りを感じる声音に呼応するかのように、二つの人影は浜崎の特級魔法を容易く破壊した。


 シュタッと、俺を助けた影が目前に現れた。

 感じる魔力は、ゴーレムと酷似している。

 だが、姿形はいつものマネキンでは無く、明らかに戦闘用を思わせる西洋の甲冑姿。


 一体は、漆黒に染まった黒鉄の騎士。

 オールブラックで統一された姿は、昼間なのに夜だと錯覚してしまう程に色濃い。


 発する魔力は闇属性。

 右手には同じく黒色に染まった剣を手にしている。

 兜の奥は、青色に発光していた。


 もう一体は、純白に染まった白銀の騎士。

 白銀と僅かな青色が施された鎧は芸術品のように美しいながら、獣のような凶暴性も秘めている。


 発する魔力は光属性。

 左手には白と青の剣を手にしている。

 兜の奥は、赤色に輝く。


黒騎士ランスロット白騎士ガウェイン。私の敵を始末してくれるかしら?」

「……」

「……」


 二体の騎士は、エストリアの言葉に黙って頷いた。


「良い子よ、じゃあ……やりなさい」


 彼女の命令。

 瞬間、疾風のように二体の騎士は駆け出す。

 黒と白の閃光は、複雑に交差しながらゴーグル男と浜崎を狙い剣技を炸裂させた。


「うおっ!? はやっ!」

「っ! こいつら、強いぞ!」


 ゴーグル男は複数の鎖を背後から蜘蛛の糸のように展開するが、黒騎士はその全てを叩き斬る。

 絡め取るのは難しいと判断した奴は、バラバラに出した鎖を柱のように纏めた。


 束になった鎖は強固で、黒騎士でも斬れない。

 しかし黒騎士の持つ剣に闇が生まれ、霧のように包み込むと切断能力が向上したのか、束になった鎖をバターのように切り裂く。


 ゴーグル男は防戦に徹するしかなかった。

 そして浜崎と白騎士の戦いだが、速度は白騎士が優っているものの、浜崎の防御力を突破できずにいる。


 とは言え浜崎も決定打は与えられず、千日手のように攻防は長く激しく続く。

 その隙に俺とドール、エストリアは合流し、状況確認の時間を作る事が出来た。


「エストリア、あの騎士もお前の使い魔か?」

「そうよ。私が作った戦闘特化型ゴーレムのランスロットとガウェイン、性能は言うまでもないわ」

「そっか。さっきは助かった、ありがとう」


 一先ず助太刀のお礼を言う。

 彼女は気にしないでいいと言うと、ケルベロスが吸い込まれた本について語った。


「あの本は『強欲の魔本』。古代に作られた物で、レガシーと呼ばれる魔導具の一種よ」

「レガシー?」

「聞いた事がある」


 俺の疑問をドールが答えてくれた。


「今の技術では再現不可能な、古代の魔導具。一つ一つが国宝級の代物で、現存数は極僅かの筈」

「強欲の魔本は、所持してるだけで魔法の鎖を自由自在に生成する事が出来るようになるわ。その上鎖で縛った対象を、本の中に閉じ込める事が出来る」


 強欲の魔本は反則級の力を秘めていた。

 鎖を生み出すのに詠唱も無かったし。

 ホワイトグリードはそんな物まで所持していると。


「でも、本を奪えばケルベロスは取り戻せるよな」

「ええ。その場で破壊すれば封印が解かれる筈よ」

「なら、やる事は簡単だ……」


 今もエストリアの騎士と交戦中のゴーグル男と浜崎を睨みながら、俺は言った。


「あの二人を、倒す」

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