57話・ホワイトグリード
ワイバーンに乗っての移動中、エストリアは森の使い魔を総動員して事態の確認を急いだ。
主人と使い魔は、ある程度五感を共有できる。
その力を使い、情報を集めていた。
「どうやらケルベロスは戦闘中のようね……さっきから念話を送っているのに反応が無い事を考えると、かなり手強い相手のようだわ」
「ケルベロスでも手こずる相手か……」
エストリアの話を聞く前までは、アイツの強さなら本当に心配ないと考えていたが今は事情が違う。
俺との戦いの後遺症で、全力が出せないのだ。
「侵入者は大勢居るみたい。でも全員白服でおかしな連中ね……一人だけ、胸の辺りに7の数字が刻まれたコートを羽織っているわ」
「大勢、白服、数字」
ポツポツと、ドールが呟く。
そして何かに気づいたのか、ハッと顔を上げた。
彼女は早口気味に言う。
「侵入者の正体は恐らく『ホワイトグリード』」
「誰だ、そいつ?」
「個人名じゃなくて、組織名」
ホワイトグリード。
聞いた事の無い名だった。
エストリアも知らないようで、説明を待つ。
「暗殺、強盗、脅迫。金さえ積めば何でもやる違法な闇ギルドの一つ」
「あからさまに悪そうな奴らだな」
「実際、悪党の巣窟」
ホワイトグリードの被害を受けた国は多く、国境を超えて所属メンバーが指名手配をされる程らしい。
よくもまあ、そこまで好き勝手にやれるものだ。
「ホワイトグリードは裏の世界で突然結成された闇ギルド。にも関わらず急速に力を持っているのは、ランキングで構成員の成果を格付けして、闘争心を煽っている」
ドールの情報を纏めるとこうだ。
ホワイトグリードには冒険者ギルドのランク制度のように、所属メンバーを実力で線引きしている。
それが『ランキング制度』。
冒険者ギルドは色で区別しているが、彼らは数字。
1位〜10位まではトップランカーと呼ばれ、その実力は一騎当千とまで言われる。
で、エストリアが確認した胸に7と刻まれている男はトップランカーの一人だと思われる。
7位か……実際どの程度の強さなのだろうか。
「その7位がケルベロスと戦っているのか?」
「いいえ、その男は手を出してないわ」
「……じゃあ誰が? 他にランカーがいるのか?」
エストリアに聞くと、難しそうに表情を歪める。
「ケルベロスと戦っているのは二人の少年よ、服装からしてホワイトグリードでは無いみたい」
「ややこしいな……」
「そうね、でも特徴をあげるとするなら」
彼女はチラリと、俺の顔を見ながら言う。
「ユウト君に、似ているわ」
「俺に?」
「ええ、顔のパーツというワケでは無くて、人種的に似ていると言った方が正しいかしら」
人種……つまりは同じ国の人間って事か?
俺は日本人で、当然日本は別世界の国だ。
現在エデンに居る日本人は俺を除けば、同じように召喚されたクラスメイト達だけ。
つまり、ケルベロスの敵は俺のクラスメイト?
亡命した誰かがホワイトグリードと手を組んで、何らかの理由で冥府の森に襲撃をかけた。
辻褄は合っている。
それにもし、その二人が特級勇者だったなら、ケルベロスでも倒すのは難しい。
根拠としてはかなり良い線をいっていると思う。
「急ごう……嫌な予感がする」
「大丈夫、もうすぐ着くわ」
エストリアの言う通り、冥府の森が見えた。
今更だけど、結界なんて張ってあったんだな。
地上の出入りには無いようだけど。
「このまま空から直接現場へ向かうわ。多分戦闘になると思うけど……」
「大丈夫、準備も覚悟も出来てる」
「同じく」
そう、俺は誓ったのだ。
俺にとって大切な人を傷付け、繋がりを断とうとする相手は……例えクラスメイトでも、容赦しない。
「三……二……一! 降りるわ!」
エストリアのカウント。
瞬間、ぐいんとワイバーンの軌道が変わった。
ほぼ垂直で落ちるように冥府の森へ。
地面と激突する直前、エストリアとドールが魔法を唱えてフワリとワイバーンが急停止した。
俺は一番に飛び降りて叫ぶ。
「ケルベロス! 無事か!?」
「あア……? お前、ユウトか……?」
丁度、ケルベロスと勇者の間に着陸した形だった。
落ち着きながら周囲の状況を確認する。
目立つ敵は前情報通り、三人。
ホワイトグリードのランカーと、勇者二人。
奴らは三人とも驚愕に顔を変化させていた。
とくに、俺を見ながら。
「お前、矢野か?」
「久し振りだな、浜崎」
「……何の用だ……テメエ……ごほっ……!」
「そっちは新谷か? 随分ボロボロだけど」
やはり、二人とも特級勇者だった。
浜崎直也と新谷海斗。
彼らは所謂不良生徒で、俺とはあまり接点が無い。
で、新谷の方は既に満身創痍だった。
全身傷だらけで右腕が変な方向に曲がっている。
片膝をついて、苦しそうに胸を押さえていた。
浜崎も多少はダメージを負っている。
対して7位のランカーはほぼ無傷のようだ。
そして肝心のケルベロスだが……
「は……今日は賑やかだなあ、オイ……」
新谷と同じくらいボロボロだった。
が、彼の方はもう立つことすら出来ないのか、地面に倒れ伏して新谷達を睨みつけている。
「待ってろ、直ぐに治してやる」
「ンなもんあとでいい! まだ敵が目の前にいるんだぞ! 油断すんな!」
「……確かに、そうだな」
ケルベロスの言う通りだ。
ここは既に戦場。
一瞬の油断が命取りになる。
「貴方達、私の庭で随分と暴れてくれたようね」
そんな中、冷徹な空気を纏った魔女が現れた。
「へぇ、アンタが魔女さんか?」
「ええ。そういう貴方は、ホワイトグリード?」
「魔女にまで名前が知られるとは、ウチの組織も大きくなりすぎたねえ」
それまで沈黙を貫いていた7位のランカー、ゴーグルを付けた男はエストリアの登場で口を開く。
彼は自らが闇ギルドの一員であると肯定した。
「それで、一体何の目的かしら?」
「それを教えちゃあつまらないでしょ」
「––––うるせぇ」
ゆらりと、新谷が立ち上がった。
凄まじい魔力の渦が、彼を中心に形成される。
これは……暴走?
「どいつもこいつも、ごちゃごちゃうるせえんだよっ! 全部燃えちまえ!」
「っ、落ち着け海斗!」
「うっせえ! あらゆるモノを燃やし尽くして灰と化せ『インフェルノ』!」
新谷がデタラメに魔法を唱えた。
恐らく火属性の特級魔法。
この距離で直撃したら確実に死ぬ。
「ドール! エストリア!」
「分かってる! サモン!」
「堅牢なる水の壁よ––––!」
ドールとエストリア、ワイバーンは俺の声とほぼ同時にこちらへやって来て同時に魔法を唱えた。
俺もケルベロスを庇うように立つ。
「来なさい! ガーディアンゴーレム!」
「我らを守り抜け『アクアディフェンド』!」
「水と石よ盾になれ『ウォーター』『ペブル』!」
三者三様の守り。
新谷の魔法より一瞬早く展開出来た。
直後、奴の体が赤く光り––––爆発音と共に炎が吹き荒れ、視界が真っ赤に染まる。
空気が一種にして熱くなった。
皮膚がチリチリと焼ける感覚。
魔力操作法で肉体強度を上げ何とか耐える。
「ぐうううう……!」
これ以上は危険かもしれない。
そう思ったところで、獄炎は止まった。
焼き焦げた匂いが充満している。
辺りの草木は一つ残らず黒炭と化していた。
ガシャンと、エストリアが召喚した大盾を持ったゴーレムが膝をつき、崩れ落ちて壊れる。
そのゴーレムは岩で出来ていた。
にも関わらず、殆どが燃え尽きている。
果たしてどれだけの火力だったのか……
「皆んな、大丈夫か……?」
「ええ、何とか」
「私も無事」
「クソが、あの野郎……」
「グオオオ……」
ワイバーンを含め、全員軽い火傷は負ったようだが深い傷にはなってなかった。
まずはその事実に安心する。
「ユウト、アレ何?」
「ん?」
ドールが指を指す。
そこには……巨大なカエルが佇んでいた。