56話・侵入者(別視点あり)
ユウト主催のパーティーが終わり、一夜明けた頃。
留守番を任されたケルベロスは、日課の見回りをしながら主人の事を考えていた。
「ったく、あの女……ゴーレムを一度に召喚して、何をするつもりだ? おかげでオレが植物の世話までしなくちゃならねえじゃねえか、くそ」
と、言いながらもしっかり花壇に水を注いでいた。
ケルベロスは反抗的だが、最低限の義理はある。
それにと、彼は見送った際の主人の顔を思い出す。
(んだよ、笑えるならもっと笑えや)
契約してから、一度も見た事のなかった笑顔。
あんな顔を見せられたら、もう何も言えない。
一流の使い魔なら皆そうする……と、人間には分からない使い魔事情を持ち合わせていた。
その時。
「ああん……? なんだ……?」
音が、聴こえた。
発生源は……上空。
音が大きくなると同時に、森の空気も騒ついた。
ナニカが、来る。
ケルベロスは本能的に察した。
直後––––巨大な雷が、冥府の森に轟いた。
バチイイイイイイッ!
「あ……!? なンだあっ!」
森の魔獣達が恐れ慄く。
あの雷と共に、何かやって来た。
自らより強い生物が。
「はっ、面白えじゃねえか……!」
ケルベロスは現場へ急行する。
幻獣の姿で無くとも、身体能力は人を超えていた。
獣道を突っ走り、最短最速で駆け抜ける。
空からの侵入者。
勿論対応策はあった。
エストリアは不可視の結界を張っていたが、先の雷はその守りを容易く貫いている。
「……っ!」
走って、走って––––辿り着く。
ケルベロスはその光景を見て、驚いた。
想定より、侵入者の数が多い。
「お、アレがターゲットか?」
「どう見ても人間だぞ」
「阿保、幻獣は人に化けれるんだ」
お揃いの白服を着た集団だった。
数は目視で三十は超えている。
全員が武装し、既に陣形を組んでいた。
「お前ら、ナニモンだ」
冥府の森の番人ならぬ番犬として、ケルベロスは魔力を発しながら不躾な侵入者達へ問う。
これがもし幻獣の姿だったなら、問答無用で襲いかかっていただろう。
幻獣の姿では感情の振れ幅が大きくなる。
結果的に知能が下がるデメリットがあった。
人間の姿なら、多少は理性が勝る。
「別に、ただの狩りだよ」
「狩りだと?」
白服集団の中から一人、前に出る。
額にゴーグルを装着した男。
無精髭を生やした如何にもな中年男性の風貌だが、白いコートの下は分厚い筋肉で覆われていた。
加えてコートの胸辺りには『7』と刻まれている。
白服、集団、数字。
ケルベロスはこれらの要素から、彼らの正体をぼんやりとだが掴んでいた。
「ま、獲物は今……目の前にいるんだけどね!」
ゴーグル男はそう言いながら、指を鳴らす。
同時に背後から何本もの鎖が現れた。
鎖はケルベロスを搦め捕ろうと迫る。
加えてゴーグル男の背後に控えていた集団が、援護とばかりに魔法を複数同時発動した。
鎖と魔法を合わせた、全方位攻撃。
普通ならまず、回避も防御も間に合わない。
……だが、ケルベロスは『幻獣種』。
普通とは最もかけ離れた存在だった。
「ウオオオオオオオオッ!」
魔力を乗せた咆哮。
ただそれだけで、鎖も魔法も吹き飛ばした。
驚愕に顔を歪める白服集団。
「嘘だろ……?」
「おいおい、冗談じゃねえぞ」
「前情報以上だな、これは」
自然と後退する白服集団。
しかし、逃亡を許すような番犬では無い。
ケルベロスは矢のように飛び出し、一瞬で白服集団の間を通り抜ける……瞬間、両手を素早く動かし、二人の白服の首を切断した。
真っ白な衣服が、新鮮な血で染まる。
ケルベロスは口元を三日月に歪めながら、鷲掴みにしていた二つの『頭』をゴロンと地面に投げた。
「んで? 誰がエモノだって?」
ポタポタと、両手から血の雫が溢れる。
彼は紛う事なき、生まれながらの殺戮者。
戦いと勝利を求める、飢えた獣。
「チッ……あー、君達はもう下がっていいよ? 捕獲の時にだけ手を貸してくれたら、オーケー」
「了解」
ゴーグルの男が仲間を下がらせる。
白服集団は軍隊のような統率された動きで、守りを固めながら森の奥へと消えていく。
「ま、流石は『スリーファンタジー』の一角。そう簡単には捕まってくれないか」
「黙れ」
ゴーグルの男が集団のリーダー。
ならば奴だけを生け捕りにし、残りは全員殺す。
殺意に身を任せながらも、ケルベロスはゴーグルの男の四肢を切断しようと前へ出る。
が、しかし。
突如彼の前に炎の壁が出現した。
ゴーグル男が詠唱した様子は無い。
急停止し、周囲を伺う。
瞬間、今度は氷の刃が降り注ぐ。
一つ一つが即死級の鋭利な氷刃。
ケルベロスは回転しながらギリギリで避けた。
「やっぱり、俺達の力が必要みたいだな」
「イキってんじゃねえぞ、オッサン」
「あーはいはい、悪かったですよ。あと俺はまだ二十代後半だ、覚えとけよクソガキコンビ」
耳障りな声が、二つ重なる。
嗅覚を総動員して場所を特定。
炎の壁の先に、乱入者は佇んでいた。
「は? その顔で二十代? 詐欺だろ」
「海斗、そろそろ真面目にやるぞ」
リフレイ王国に属する、二人の特級勇者。
新谷海斗と浜崎直也。
二人の勇者が、ケルベロスの前に立ち塞がった。
(コイツら、あの時のユウトには劣るが……強えのは確かだ。ハッ、上等じゃねえか……!)
ケルベロスは、高らかに笑った。
◆
「まさか……」
「どうした、エストリア?」
パーティーを開催した翌日の朝。
俺達は屋敷の食堂で朝食を食べていた。
作ったのはおなじみの調理師ゴーレム。
その最中、エストリアの様子がおかしくなる。
額に手を当て、瞳を閉じていた。
まるで何かと会話するかのように。
「……冥府の森に、侵入者が現れたみたい」
「侵入者だって?」
「ええ。しかも上空の結界を壊しながら、派手にやって来たようね」
彼女はガタリと立ち上がる。
行き先は聞かなくても分かった。
ドールと顔を合わせ、互いに頷く。
「俺達も行く」
「ダメよ、これは私の問題だから––––」
「そんなの今更」
エストリアの反論を、ドールが封じた。
そう、俺達はもう一ヶ月近く共に暮らしている。
たかが一ヶ月かもしれない。
けど、繋がりに長さは関係無かった。
「俺はエストリアの手助けをしたい、断っても強引について行かせてもらうぞ」
「私も」
譲らないという強い意志を込めながら言う。
エストリアは目を大きく見開き、続けて呆れた風にため息を吐いてから言った。
「もう、貴方達は……でも、ありがとう」
「おう。サクッと準備して行こうぜ、ルプスが心配だし。あと一応、ケルベロスも」
「そうね、ルプスはともかくケルベロスなら大丈夫だと思うけど……」
ケルベロスは最強の幻獣種だ。
負傷しているとは言え、早々負けない筈。
侵入者が何の目的かはまだ分からないけど、彼が戦闘で遅れをとる事は滅多に無いだろう。
「でも、今のあの子は幻獣化出来ないのよね……」
「え、どうして?」
「ユウト君の魔力の影響よ。最後に放ったアレが、毒のようにあの子の体を未だ蝕んでいるの」
「……マジですか」
最後に放った神滅拳。
確かに拳に乗せた魔力を叩きつけた記憶はあるが、そんな副次的効果まであったのか。
「特効薬は無いから、自然回復を待つしかないのが現状なのだけれど」
「なんか悪い事をしたな……」
「気にしないで、お互い様よ」
まあ、主人がそう言うなら。
俺も手酷い傷を負ったワケだし。
でも一応、今度謝っておくか。
––––で、数十分後には準備は終わった。
俺は片手剣を、ドールは杖を携えている。
エストリアはいつもの格好だ。
屋敷の外に出て、彼女は魔法を唱える。
「サモン」
現れたのは、青い鱗のワイバーン。
この前のワイバーンとは違う個体のようだ。
「この子は持久力は無いけど、速度なら一番よ。一時間もあれば森に着くわ」
「凄いな」
「さ、行きましょう」
三人で青いワイバーンの背に乗る。
出発する直前……やけに胸騒ぎがしていた。
・送雷
対象を瞬時に目的の場所へ送り届ける移動魔法。
便利だが特級魔法使い四人でようやく行使できる。
移動ではなく、一度限りの奇襲に向いている魔法。
つまり作中でやって来た彼らの帰りは徒歩確定。
(2020年8月18日追記)