55話・決意
二人は綺麗なドレスに身を包んでいた。
ドールは深い蒼色の装い。
膝下辺りまで裾があり、そこから先は黒いストッキングに包まれた両足が伸びている。
体にピッタリと張り付くような生地なのか、彼女のまだ未成熟なボディラインが露わになっていた。
かなり大胆な衣装に少々驚く。
彼女はああいう服装を好まないと思っていた。
普段と催しでは服の趣味が違うのだろうか?
とは言え顔色はいつもの無表情で、コツコツとヒールを鳴らしながら階段を降りている。
その姿はいつもより遥かに大人びて見えた。
次にエストリア。
彼女はドールとは対照的に、纏っている雰囲気はいつもとそう変わらない。
その分魅力が洗練され、誰もが目を奪われていた。
漆黒のドレスは肩と背中を剥き出しているデザインのようで、ドールよりも布地の面積が少ない。
足先まで裾は伸びているが、上半身と下半身の露出の差が言葉にできない妖艶さを生み出していた。
まさに黒と白のコントラスト。
シンプルな色合いだからこそ、着用する人物の美醜に大きく左右されるような衣装だが、エストリアは完璧に着こなしていた。
そんな二人の美女が、広間に降り立つ。
当然大勢の注目を浴びるが、彼女達はまるで意に介さず一点を目指して歩き出した。
俺の居る所へ。
「矢野……あの二人なんかこっち来るけど……お前の知り合いか?」
「あ、ああ。青髪の子は俺の婚約者なんだ」
「へえ……っえ!?」
隠す必要も無かったので、木村にサラリと明かす。
彼は一呼吸置いてからギョッと驚いた。
手に持つグラスがカタカタと揺れている。
「お、俺達まだ高校生だろ……!」
「いつの話をしてるんだ?」
「いやそうだけど……!」
「お前らくらいの歳なら、婚約者がいても別におかしくないだろう? まあ相手が王女というのはユウトくらいか、ふはは!」
ロマノフ団長が俺達に言った。
この国、と言うか世界ではそうなんだよな。
二十歳前後で結婚するのがスタンダードだとか。
「……異世界だ」
「今更すぎるな」
放心する木村。
と、そうこうしてる内に二人がやって来た。
至近距離で見ると、より美しく映る。
「––––ユウト」
ドールが名前を呼んだ。
青色の視線が、真っ直ぐに眼を射抜く。
なにやら俺の言葉を待っているようだった。
もちろん、この状況で言うべき事など一つだけ。
ドキドキはしていたが、動揺はしてない。
ゆっくり落ち着いた口調で、彼女に言った。
「凄く綺麗だよ、ドール。本当に似合ってる」
「……そう」
照れ隠しからか、彼女はそっぽを向いた。
褒めて貰いたくて自分から来たのに。
そこがまた、愛らしかった。
「ユウト君、私はどうかしら?」
「エストリアはいつも以上に綺麗だ」
「ふふ、ありがとう」
エストリアは余裕の態度だった。
彼女もこういう場は初めての筈だが。
物怖じしない性格は演じてるだけらしいので、今のエストリアは魔女としての側面が強いのかも。
「そちらの殿方達は、ユウト君の知り合い?」
「ああ、城で世話になったロマノフ団長と、友人の木村だ」
紹介すると、ロマノフ団長は自ら名乗った。
「フェイルート王国騎士団の団長を務める、ロマノフです。いや、とても綺麗なお方ですな」
「ふふ、ありがとうございます」
流石はロマノフ団長、こういうのには慣れているのか酔っていても普通に受け答えしている。
一方の木村はガチガチに緊張していた。
人間離れしたエストリアの美貌に萎縮している。
その上彼は確か、つい最近まで鮫島の所為で塞ぎ込んでいた筈だ……少し刺激が強すぎたな。
「き、木村大将です……矢野とは、その、一応同郷です……はい……」
「あら、じゃあ貴方も異世界の勇者なの?」
「は……はい……」
「レディ、彼は私の教え子なのですが、今日は調子が悪いようで……この場は失礼させていただきます」
ロマノフ団長が木村に助け舟を出し、木村を連れて椅子とテーブルがあるスペースまで向かった。
「あの二人、大丈夫かしら?」
「木村の方はちょっと色々あって、人間不信気味かもしれないんだ。気を悪くしないでくれ」
「気にしてないわ、悪いオーラは感じなかったし」
ロマノフ団長がいるし、木村は大丈夫だろう。
救護用ゴーレムも巡回しているし。
それより二人に聞きたい事があった。
「二人とも今まで何処行ってたんだ?」
「隠れてた」
「……?」
ドールが言う。
いつもの事だけど、少し意味が分からない。
補足するかのようにエストリアが話した。
「ごめんなさい、貴方を驚かせようと思って、ずっと二階で待機してたの」
「そうだったのか」
「これ、ユウトの為に着たドレス」
ドールが俺の前に立ちながら言う。
まだまだ成長途中だと思っていたけど、こうして見ると凹凸は無いが、十分に艶かしい体だった。
「そ、そういう事、他の男には言うなよ?」
「うん」
「相変わらず仲良しね、二人とも」
俺とドールのやり取りを見てエストリアが微笑む。
恥ずかしくなったので視線を広間に移した。
今立っている所は広間の出入り口に近いので、全体がよく見えて来場者の顔も分かる。
店長、ドール、黒色冠の従業員達、ロマノフ団長、木村、騎士団員、変装したイルザ様とタイダル陛下、彼らの護衛……大勢の人が楽しんでいた。
マーティーンがゴーレム達に指示を出し、足りない料理を追加したり酒を注いだりと働いている。
だが彼もやり甲斐を感じているようで、苦しそうな顔色は一切見せていなかった。
なんか……良いな、こういうの。
安易に幸福という言葉は使いたくない。
何が幸せかなんて、人によって違うから。
でも、俺は今この状況を……心の底から楽しみ、ずっと続けば良いと思っていた。
それだけは本心だと言える。
「俺、守るよ」
「ユウト?」
「勇者として、この国を守る」
「……! うん、ありがとう」
多分、この光景は嵐の前の静けさだ。
今は世界中に不穏な種が沢山眠っている。
世界の危機は勿論、姿が見えないクラスメイト達。
いつ種が悪の華を咲かすか分からない。
でも、もしその『悪』がこの国を、俺が大切だと思った人達を傷付けるなら––––例えクラスメイトだとしても、命を奪う事に躊躇わない。
人が守れる範囲なんてのは限られているものだ。
俺は、俺が守りたいモノの為に戦う。
そして……倒したいと思った相手を、倒す。
偽善かもしれない。
いいさ、好きに偽善者と罵ればいい。
俺はもう、既に罪を背負っているのだから。
「ユウト君は、もう覚悟を決めたのね」
「ああ、かもな」
「––––私も」
と、エストリアが何か言いかけた時。
流れる音楽の曲調が変わった。
ゆったりとした曲から、少しテンポの速い曲へ。
ゴーレム達が素早くテーブルを片付け、複数人が踊れるスペースを即座に確保した。
これは予め演奏家達に頼んでいたので驚きはしないが、もうそんなに時間が経っていたのか。
「ユウト」
「ん?」
ドールが、スッと手を差し出した。
頰は少しだけ赤くなっている。
俺の顔だけを見ながら、彼女は再び口を開けた。
「私と、踊ってくれますか?」
「……喜んで」
ダンスの作法なんて知らない。
けど、その手を取る以外の選択肢は無かった。
えーと、俺がリードするんだよな?
「行ってらっしゃい」
エストリアが手を振りながら言う。
軽く会釈だけしてから、ドールと広間へ。
既に何人か踊っていた。
彼らの真似をするように、下手なダンスを踊る。
一方ドールはダンスの心得があるのか、流れるような所作でクルクルと優雅に回っていた。
引っ張られるように、俺も回る。
これ、どんな踊りだ?
まあ……何でもいいか。
ドールの顔を見る。
彼女は笑っていた。
それだけで、充分。
––––その後も時間は続き、突発的に行われたパーティーは、短い間ながらも無事に終わりを迎えた。