52話・我が家
その後、店長達とは一旦別れた。
エストリアが召喚魔法で馬車とゴーレムを呼び出し、それに乗ってある場所を目指している。
目的地は……自宅。
タイダル陛下から直接貰った、あの屋敷。
謁見した後陛下の家臣から聞いたが、諸々の手続きや準備が終わりあとは住むだけと言っていた。
「いやー、まさか俺が屋敷の主人になるなんて」
「ユウトなら、当然」
「そうね、家を持つくらい普通のことじゃない」
移動中、二人の少女はそう言ってくれる。
むず痒いが、悪い気分では無い。
過剰に謙遜するのも相手に失礼だ。
ここは屋敷を持つに相応しい男になれるよう、日々精進する事を誓う場面だと思う。
何事も前向きに考えようではないか、俺。
「ありがとう、二人とも」
「何が?」
「いや、何でもないよ」
「……撫でて誤魔化さないで」
ドールの頭を撫でながら言うと、彼女は不満を言いつつもされるがままで嫌がってない。
こういう素直じゃないところも可愛かった。
「もしかして、あれがお屋敷?」
「ああ、多分な」
「多分って、どういう事かしら?」
「いや、最後に見た時と微妙に外観が変わってる」
エストリアの疑問に答える。
俺とドールが最後に見た時、つまり冥府の森へ行く前は所々古びた外観の屋敷だった。
しかし今はどうだ?
まるで新築のように綺麗だった。
雑草なんか一本も生えてない。
「スゲーな、俺達あそこに住むのか」
「私の館と大きさは同じくらいね」
「……子供の頃を思い出す」
屋敷を見て、三者三様の感想を言う。
外観が綺麗になっていたのは分かった。
とは言え大事なのは実際に生活する内装の方。
見た目だけ良くしても、それはただのハリボテだ。
まあ陛下がそんな家を用意するとは思えないけど。
むしろ直々なのだから、期待してもいいくらいだ。
「着いたわ」
「おう、サンキューな」
「ありがとう」
「これくらいお安い御用よ」
三人で馬車から降りる。
近くて屋敷を見ると、より圧倒された。
この建物は、既に自分の所有物。
やはり俺も男なのか、思わず顔が三日月に歪む。
一国一城の夢、叶っちまったな。
しかも可愛い婚約者付きで。
「フフ……」
「ユウト君、どうしたのかしら?」
「何かたのしい事でも考えてる」
おっと、一瞬意識がトんでいた。
今の俺は妄想なんて必要ない。
望めば大抵のものは手に入るのだから!
なんて三下悪役ムーブをかましながら屋敷の玄関へ近づき、扉を開けようとドアノブに触れたが––––ギイ、と音を立てながら勝手に開いた。
「お待ちしていました、旦那様」
「だ、旦那さま?」
現れたのは背の高い男性。
燕尾服を着こなす白髪の老人だった。
彼は穏やかに微笑みながら言う。
「はい。貴方様がヤノユウト様でありましょう?」
「ええ、まあ」
「申し遅れました。私、陛下よりこの屋敷の管理を任された老骨、マーティーンでございます」
老人……マーティーンさんは綺麗に一礼した。
えーと、どういう事?
助けを求めてドールに視線を送る。
「……? これだけ大きい屋敷なら、執事や使用人が居て当たり前」
「そうね、私もゴーレムを使っていたし」
ドールとエストリアは驚いては無いようだ。
もしかしてこれがカルチャーショック? 違うか。
まあでも、確かにこの屋敷を一人で管理しろって言われても普通は無理だよな。
陛下が気を利かしてくれたのかもしれない。
執事が必要なんて、完全に意識の外だった。
「陛下に指名された人なら、安心です。これからよろしくお願いします、マーティーンさん」
「旦那様、私は旦那様の使用人です。そのような御言葉使いは不要でございます」
彼は言いながら頭を下げた。
……と、言われても。
日本育ちの俺は年功序列が染み付いているのか、敵対してもない年上相手では、どうしてもへりくだる。
「ユウト、執事や使用人にも誇りはある。彼らの意見を尊重するなら、言葉使いは正すべき」
「……分かった。その方が俺も楽だし、頼りにさせてもらうよ、マーティーン」
「ご理解ありがとうございます、旦那様」
そしてマーティーンは頭を上げると、今度はまるで孫を見るかのような目でドールを見た。
「お久し振りです、エルザ様」
「久し振り、マーティーン」
「……大きくなられましたな」
スッと、マーティーンは跪く。
彼はドールが王族である事を知っているようだ。
しかも、彼女個人とも交友があったようで。
「お二人は知り合いなのかしら?」
「マーティーンは、私の母の執事だった」
「イルザ様の?」
「はい、イルザ様がまだ乳飲み子だった頃より、お仕えしていました」
成る程、だからドールを知っていたのか。
幼少期は王城で暮らしていたようだし。
そして彼女も、マーティーンを覚えていた。
「でも、イルザ様の執事だった人がどうして?」
「実はつい先日、役目を完全に息子へ譲りまして。妻にも先に逝かれた短い残りの人生、どう過ごそうかと考えていたところ……新たな陛下からお声をかけて頂きました」
マーティーンが、真っ直ぐに俺を見る。
「エルザ様を救った英雄殿に仕えるチャンスなど、まさに天啓……旦那様、いえ勇者ユウト様。この度はエルザ様をお救いくださり、誠にありがとうございます。貴方様に、深い感謝を」
涙を滲ませながら、彼は言う。
俺は俺がやりたい事をやっただけ。
しかし、それが結果的に多くの人を救ったようだ。
「改めてよろしく頼むよ、マーティーン。早速だけど、屋敷の中を案内してくれないか?」
「仰せのままに」
◆
それから荷物を置いてから、屋敷内にどんな部屋や設備があるのかマーティーンに案内された。
まあ普通の屋敷で、特別珍しい点は無い。
自宅に奇抜な機能は求めてないので、住居性さえしっかりあれば何の文句も無いが。
ドールは書斎を気に入ってたっけ。
前の持ち主の本がそのまま死蔵されていたようだ。
俺も気になるので、あとで足を運ぼう。
あと個人的に、厨房が綺麗だったのは嬉しかった。
使用人を雇うとしても、趣味で料理は作る。
一通り見終わってから全員でリビングに集まった。
マーティーンが紅茶を淹れてくれたので、飲む。
一息ついたところで、口を開いた。
「マーティーン、初日から悪いけど、少し大掛かりな事を頼みたい」
「何なりと、旦那様」
「実はこの館でパーティーを開きたいんだ、出来れば数日以内に」
「パーティーですか」
彼に事情を説明する。
マーティーンは少しだけ困り顔になりながら言う。
「誠に申し訳ありませんが、それは少し難しいかと……率直に言いますと、人手が足りませぬ」
「そうか……鉄は熱いうちに打てって言うし、なるべく早く皆んなを招待したかったけど……」
「あら、それなら問題無いわ」
エストリアが言う。
パチンと、彼女は指を鳴らす。
そして魔法を詠唱した。
「サモン––––ゴーレムズ」
床に魔法陣が浮かび、そこからゴーレムが現れた。
どれも冥府の森の館で見たことのある顔ばかり。
館から直接召喚したのだろうか?
「おお、これは……」
マーティーンは腰を抜かす勢いで驚いた。
一方のエストリアは、不敵に笑いながら言う。
そういうところは魔女っぽいな。
「私の使い魔のゴーレム達よ。彼らなら仕事は一流だし、頭数もまだまだ増やせる、どうかしら?」
「それならば––––可能です」
「おお!」
流石はベテランの執事。
マーティーンは直ぐに先程までの調子へ戻り、パーティーを開催出来ると言った。
「ですが、ここから先は忙しいですよ、旦那様」
「望むところだ」
エストリアとドールも頷いてくれる。
「かしこまりました。では早速––––」
新居に着いて早々慌ただしく、パーティーの準備が始まったが––––俺は楽しくて仕方がなかった。
皆んなで一つの目標を成功させる為に準備する、という事そのものが初めての試みだったからかな?