51話・王都散策
「ふぅ……」
謁見の間から出た後、エストリアはため息を吐く。
緊張していたのか、若干震えている。
誰にも物怖じしないと思っていたから、意外だ。
「エストリアも、緊張とかするのか?」
「当然よ、普段のあの態度は舐められない為の演技みたいなものだし……そもそも、私まともに人と話したのは貴方とドールだけだったのに、いきなり一国の王様と謁見なんて、ほんとよくやったわ」
「はは、そういえばそうだな」
魔女としてのエストリア。
それは身を守る為の仮面であり、鎧。
中身は普通の少女なのだから。
「ドールはお母様とそっくりね」
「自慢の母親」
「そうね、とても知的で高貴そうな方だったわ」
イルザ様を「知的で高貴」と評するエストリア。
間違って無いが、彼女のある意味『素の部分』を知っていると簡単には首を縦に振れない……
良い人なのは間違いないんだけどね。
娘を溺愛しすぎてるような気もする。
前王程では無いけどさ。
やはり人には、良くも悪くも二面性がある。
「よし、じゃー早速王都を見て回るか」
「お願いするわ」
「何処に行くの?」
「そうだなあ……」
王都は広い。
ある程度、目的を絞った方がいいだろう。
エストリアの目的は国を知ること、なら。
「まずはやっぱり、大通りだろ。国中から物が集まってるから、基本何でも揃ってる」
王都は王国の流通の要。
色んな物が集まるし、流れもする場所。
保存の関係で輸送できない物や、その土地の特産品以外ならば何でも手に入る。
国を知りたいエストリアにとってはうってつけだ。
「それじゃ、ユウト君にエスコートしてもらおうかしら」
芝居掛かった様子で言うエストリア。
ならばと、俺も演劇のようなセリフで返す。
こういうノリは嫌いじゃない。
「俺に務まるなら、喜んで」
「まあ、嬉しい」
「私も居る」
ドールが俺の視界にヌルッと現れた。
不安そうに片手を握ってくる。
俺は彼女の頭を撫でながら言った。
「もちろん忘れてないよ、行こう」
城を出て、王都へ向かう。
途中、両手に花という状況に気づいた。
しかも二人とも現実離れした美少女。
前世の俺は、きっと相当徳を積んだのだろう。
◆
それから大通りを中心に色々と見て回った。
「ユウト君、あれは何?」
「出店だよ。色んな所を移動しながら商売をしている、ここら辺だと広場に集まってるな」
「なんだか人相の悪い人達が集まっているわ」
「ああ、冒険者ギルドな。人から依頼を受けて魔獣の討伐をしたりすんだ。俺も一応冒険者だし、ドールなんてかなり凄腕なんだぞ?」
「照れる」
「へぇ、王都にもこのレベルの魔導具が売っているのね……普段使い魔に買わせるのは日用品ばかりだから、興味深いわ」
「それは売り物じゃなくて店の備品だ!」
「これが王都の料理? まあ、普通ね」
「エストリアの調理師ゴーレムが凄いんだよ」
––––とまあ、彼女が興奮のあまり暴れ出すようなハプニングも起こらず、至って平穏に時が過ぎる。
知識としては知っているのだから、当然か。
それでも彼女の瞳は輝いていた。
情報でしか知らなかったモノが、目の前にある。
俺もソシャゲのキャラクターはフレンドから借りるんじゃなくて、自前で引かないと気が済まなかったタチだから気持ちがよく分かった。
……いやそれとこれはまた別か。
とにかく、エストリアは楽しんでいた。
「おう、いらっしゃい! て、坊主じゃねえか」
「お久し振りです、店長」
で、いくつか店を回ってから黒色冠にやって来た。
店内は最後に訪れた時とさほど変わりない。
ラインナップが若干変わったくらいだ。
「嬢ちゃんも、久しぶりだな」
「うん」
「で、そっちの綺麗なお嬢さんは?」
店長がエストリアを見ながら言う。
ま、そうなるよな。
彼女は美しすぎてやたらと目立つ。
周りを威圧するタイプの美しさなので、男に声をかけられる事は無かったが、それでも歩いてるだけで周囲の視線を釘付けにしていた。
「ユウト君の友人の、エストリアです」
「何だい坊主、お前も中々やるじゃねえか」
店長はニヤニヤしながら俺達を見る。
考えている事は何となく分かった。
ただ、取り乱すと負けた気がするので、あえて突っ込まないで話を進めた。
「暫く顔を見せれてなかったんで、来ました」
「そういやそうだな、何かあったのか?」
「ちょっと怪我を……」
はは、と笑いながら言う。
店長は呆れながらため息を吐く。
まるで悪戯ばかりする息子を叱る父親のようだ。
「ったく、お前は放っておいたらその内ぽっくり逝きそうだな……頼んだぜ、ドールの嬢ちゃん」
「頼まれた」
店長の中では、俺は早死にするタイプらしい。
俺、自分では臆病だと思っているんだけど。
基本的に生き残ることが最優先だし。
ただ、光山やケルベロスと、命を削らないとそもそもその場で死ぬ強敵と運悪く連戦してるだけだ。
うん、やっぱり理不尽!
「ユウト君は確かに危なっかしいわ」
「そうか?」
「ええ、だってケルベロスとしょっちゅうじゃれあっていたし」
「あれはアイツが……」
ケルベロスが喧嘩を売るから、リハビリに代わりに買って遊んでいただけだ。
アイツも普通に組手をしようと誘えばいいのに。
年齢は知らないけど、思春期の中学生みたいだ。
恥ずかしくて本音を言えないところとか。
ま、それは俺にも思い当たる節があるので、あまり悪く言うつもりは無いが。
出会い頭に飛びかかってくるのはやめてほしい。
おかげで奇襲にはある程度強くなったけどさ。
「あ、ユウトさん!」
「よっ、ベリー。久し振り」
「ほんとですよもうー!」
店の奥からベリーが出て来た。
黒色冠を手伝いに来ていたのか。
彼女と会うのも、久し振りだ。
「やや、こちらの美人さんはどちら様ですか?」
「紹介するよ、彼女は––––」
そんな感じで、黒色冠で働いている顔馴染みの店員達にも一通りエストリアを紹介する。
彼女は笑って受け答えをしていた。
「それで坊主、今日は顔を見せに来ただけか?」
「いえ、実は相談があって」
「相談?」
ドールが疑問の声をあげた。
「ああ、思い付いたのは今朝だからドールにも話してなかったけど……俺達の屋敷に店長達を招いて、パーティーでも出来ないかって。例の祝勝会と、エストリアの王都訪問を祝ってさ」
「私の?」
「へえ、そりゃいいな」
店長が笑いながら頷く。
俺はこの場に居る全員に聴こえるよう話した。
「貰った屋敷が、丁度今日から住めるんだ。だから明日か明後日くらいに、皆んなを招いてパーティーを開きたい、より親睦を深める意味も込めて」
似合わないと、自分でも分かっている。
教室の隅っこで一人で居た俺が主催になり、人を集めてパーティーを開くなんて。
でも、俺はこの世界で大切な事を学んだ。
人と人との、繋がり。
互いに助け合えば、どんな困難も乗り越えられる。
だから––––
「良いんじゃねえか? 俺は賛成するぜ」
「私も。祝われる側が言うのも、おかしいけど」
「楽しそうですねー! 勿論参加しますよ!」
次々と賛同の声があがった。
やろうと、強く後押しされる。
なんか……嬉しい。
「皆んな、良い人。よかったね、ユウト」
「ああ……ほんとに良かった……」
側に居たドールが、微笑みながら言う。
俺は思わす泣きそうになった。
辛い事ばかりが続いていた、異世界生活。
でも、俺は確かなモノを手に入れてたんだ。
前の世界……現代日本の教室で手にする事が出来なかった、大切なモノを。
光山達のような特別な力は貰えなかったけど……自分の力で築き上げた、繋がり。
目に見えなくて、ふとした瞬間に消えてしまうかもしれないけど––––だからこそ尊く、守りたい。
「坊主」
「店長……」
店長が、柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「初めて会った時に比べて……ちったあマシな顔になったじゃねーか」
「……はい!」
俺は大きく、頷いた。