50話・謁見する魔女
「二人とも、無事かしら?」
「な、何とか……」
「同じく」
殆ど墜落に近い着陸だったが、ワイバーンが地面にぶつかる直前にバランスを取り戻してくれたようで誰も怪我をせずに降りることが出来た。
「ありがとう、アナタは休んでて」
「グオオオ……」
エストリアがワイバーンを撫でながら言う。
俺とドールもワイバーンを労った。
その後、目立つからと一旦別の場所へ飛び立つ。
エストリアが呼べば駆けつけるとか。
主人と使い魔は念話のようなものが使えるらしく、また緊急事態には魔法で召喚できる。
「その、ユウト君? さっきの冗談は忘れてちょうだい。些か品位に欠ける発言だったわ」
「……私も、取り乱しすぎた。ごめん」
「い、いや、俺はもう気にしてないよ」
出来れば掘り返したくない。
今思えば二人ともテンションがおかしかった。
これで少しは落ち着いてくれた事だろう。
「まあ、色々あったけど……ようこそ、エストリア。ここがフェイルート王国の王都だよ」
と言っても、まだ外壁しか見えないけど。
しかも所々破損している。
以前起きた魔獣の軍勢との戦いで壊れた箇所の修理は、まだ続いている。
あそこまでの規模の攻撃は戦争でも起きない限り早々無いだろうが、万が一という事もあるので現在急ピッチで修復作業が進められていた。
「この中へはどうやって入るのかしら?」
「検問所を通ればいい、確か王族や貴族専用の門があった筈……ああ、あそこだ」
通常の門よりも広く、無駄に豪華な装飾が施された検問所を見つける。
兵士の数も倍以上だ。
検問所は平民用と貴族用があり、大抵列を成しているのは平民用の方。
貴族用は出入りが少ないので、空いている。
ドールは王族だし、俺も勇者という事で王族所縁だと証明する為の物を陛下から貰っていた。
それさえ見せれば問題無く通れる。
偽物の可能性は疑われない。
何故なら王家の紋章を偽るのはあらゆる罪より重く、そんな事をすれば一族郎党処刑されるからだ。
身分の偽りは重罪。
フェイルート王国だけでは無く、何処の国でも身分詐称は死罪に直結する。
「すいません、通りたいんですけど」
三人で検問所へ。
最初兵士は怪しんでいたが、俺とドールが王家の紋章を見せたら直ぐに門を開けてくれた。
「なんか、俺も久しぶりに感じるなあ」
時間にすれば三週間程度。
それでも半年以上住んだ街には愛着が湧くし、帰って来たという感覚も強かった。
「凄い人の数ね……」
「いつもこのくらい」
「目眩がしそうだわ」
王都の賑わいをドールがエストリアに説明する。
エストリアは人の多さに圧倒されていた。
分かるぞ、その気持ち。
俺も初日は気圧されたからなあ。
ロマノフ団長から黒色冠を紹介されていなければ、路頭に迷っていた自信がある。
「とりあえず王城へ行こう」
「そうね、私も挨拶くらいはしときたいは。助力するかどうかはともかくとして」
そんなワケで適当に馬車を拾って王城へ向かう。
これまた王家の紋章を見せれば乗り手は直ぐに理解してくれて、城まで運んでくれる。
王都内を散策しながら城を目指す手もあったが、寄り道しすぎて日が暮れるなんて事になったら大変だし、エストリアもじっくり見て回りたいから先に素早く挨拶を済ませる方針で決まった。
馬車での移動中、エストリアは子供のように窓から顔を覗かせて景色を見ている。
「使い魔の視覚共有で、多少は見たことがある景色なのに……どうしてか、初めて見た気分だわ」
「映像と実際に見るのじゃ、色々と違うしな」
映像はあくまで疑似体験だ。
実際にその場所で『見る』という事は、その場の空気や匂いを感じる事もセットだと俺は考えている。
で、馬車に乗って約三十分後。
俺達は城に到着した。
最後に見た時に比べ、修繕が進んでいる。
運良く巡回していた騎士があの夜一緒に戦った王妃派のメンバーだったので、事情を話すと直ぐに城内へ通され陛下との謁見が準備された。
「素敵なお城ね。ドールも昔はここに住んでいたのでしょう?」
「うん、でも今はユウトが新しく屋敷を貰ったから、今後はそこに住む予定」
「その屋敷もあとで見たいわ」
そういえば、屋敷あったな。
冥府の森の騒動ですっかり忘れていた。
陛下が諸々の手続きを終えたら、すぐに住めるようしてくれたみたいだし。
多分もう、その手続きも終わっている。
寝泊まりする所はどうしようかと考えていたけど、屋敷があるなら問題無いか。
「失礼、ドール様。謁見の準備が整いました」
「分かった。極秘だから、貴方も下がっていい」
「はっ!」
兵士を下がらせるドール。
王族の風格が漂っていた。
俺だと相手に変な気を使っちゃって「下がれ」とは中々言えないんだよなあ。
「行こう」
「何か気をつける事はあるかしら?」
エストリアは当然、王との謁見は初めてだ。
「頼み事をするのはこっちだし、エストリアはいつも通りでいいんじゃないか? いつも礼儀正しいし」
「褒めてくれてるの? ありがとう、ユウト君」
「そ、そんなんじゃないよ、ほら行こう!」
照れを誤魔化しながら、謁見の間への扉を開けた。
極秘とか言いながら遠慮無く謁見の間を使ってるけど、そこは大丈夫なんだろうか?
まあ誰もエストリアが魔女とは知らないし、どっかの国のお偉い貴族と思ってくれるのだろう。
王族も王族で、客人は謁見の間で迎える、という妙なプライドがあるとドールは言っていった。
「タイダル陛下、ただ今戻りました」
「ご無事で何よりです、勇者ユウト殿」
玉座の間には、半年前と違いタイダル陛下が。
イルザ様は変わら隣に座っていた。
イルザ様の近衛騎士以外は、あとは誰も居ない。
「すみません、想定より遥かに遅い帰還で」
「ユウト殿の所為ではありません。我々が冥府の森を甘く見ていました、深くお詫びを」
イルザ様とタイダル陛下が揃って頭を下げる。
「お母様、その事については私が一度帰還した時に終わった話の筈。今は客人の前です」
「そうな、貴女の言う通りでした、エルザ」
二人はエストリアへと視線を向けた。
エストリアは動じずに立っている。
堂々とした立ち姿は、初対面の時を思い出す。
「貴女が冥府の森の主人……今代の魔女ですか?」
「ええ。先祖が世話になっていたのは、先代より聞いています。私はエストリア・ガーデンウッドと申します、お見知り置きを」
エストリアは完璧な所作で礼をする。
ただ、頭は完全に下げ切ってない。
本来なら大変な無礼だ。
しかし、この場では誰も咎められない。
立場的には、エストリアの方が上だからだ。
「私はタイダル・フェイルート。現在のフェイルート王国の国王です。隣に居るのは王妃のイルザ・フェイルート、エルザ・フェイルートの母でもあります」
この辺りは俺が事前に説明していたので、特に驚く事もなく話は進む。
「エストリア殿、我々が今回貴女に接触したのは」
「単刀直入に言いますと、私はまだこの国に助力をするとは確約できません」
「……そうですか」
話を広げようとするタイダル陛下に対し、エストリアは真っ向から迎え撃つ。
長話は無駄と判断したのだろうか。
「しかし、私はフェイルート王国を見たいと常々考えていました。受け継がれてきたウィッチクラフトの秘伝を使うに値するかどうか、この目で確かめてから決める事にします」
「なんと……我々の国を見てくださるだけでも、ありがたいです。どうか、その目で確かめてください、貴女の力を振るうに値するか」
「ええ、ではまた、後ほど」
エストリアはそう言い、勝手に話を切り上げた。
とは言え他に話す事も無い。
タイダル陛下は俺に視線で「頼みました」とアイコンタクトをしていた。
まあ、連れ出して来たのは俺だし。
その責任は最後まで果たすつもりだ。




