46話・手料理と故郷
冥府の森に来て一週間が経つ。
体も徐々に調子を取り戻している。
そこでずっと流れていた、エストリアに俺の手料理を振る舞う約束を果たそうと思う。
彼女から厨房使用の許可は取ってある。
ドールも手伝うと言ってくれたが、彼女の料理経験がゼロと聞いて今回は遠慮させてもらった。
なんか、嫌な予感するんだよなあ……
料理とは無縁の生活を送っていたようだし。
ドールが学びたいならイチから教えるけど。
まあ、俺の料理だって一般家庭レベルだ。
調理師ゴーレムの料理で舌が肥えているエストリアに美味いと言わせられるかは分からないが、作る以上は妥協せずに挑む。
「今日は俺が作るから、休んでいてくれ」
厨房でそう言うと、調理師ゴーレムは頷いた。
ガチャガチャと音を立てながら場所を開ける。
人語を理解している辺り、本当に優秀だ。
が、厨房室からは出て行こうとしない。
配膳用のお盆を持って待機している。
運ぶのを手伝ってくれるようだ。
「はは、ありがとな。さて……」
厨房にある材料を眺めながら献立を組み立てる。
エストリアとドールの好みは事前に確認済みだ。
エストリアは乳製品が好きで、比較的少食。
ドールは何でも食べるが濃すぎる味付けは苦手。
つまり求められているのは乳製品を使い、どちらかと言えば薄味で量も調節できる一品。
「……コレだ!」
材料の中にあった卵を手に取る。
散らばっていたパズルのピースが集まった。
その料理は、母さんとの思い出でもある。
「ポテトとベーコンのチーズオムレツ……母さんが得意でよく作ってくれたっけ」
オムレツにポテトとベーコン、更にはチーズも加えてボリューム満点にした一品だ。
チーズは乳製品の王様だし、オムレツだから食べられる量だけを取り分けることができる。
味も調味料を控え目にすれば、素材本来の味を出せて尚且つ濃すぎないようにも可能。
作るのも簡単で、手料理としても適している。
うん、コレしかないな。
早速調理に取りかかった。
勿論手洗いは済んでいる。
まず、玉ねぎをみじん切りに。
じゃがいもとベーコンは千切りにする。
フライパンに油を垂らして熱し、ベーコンと玉ねぎを入れて玉ねぎがしんなりするまで火を通す。
炒め終わったら取り出し粗熱をとる。
次に最も重要な卵。
ボウルに卵を割り入れて、本来なら塩と胡椒を入れるが今回は何も加えずに混ぜる。
混ぜ終わったらフライパンの油を拭き取り、新たに油を垂らして再び熱してじゃがいもを投入。
この時、敷き詰めるように入れる。
平べったい器具で押さえつけながら焼き、カリッとするまで弱火のまま焼く。
タイミングを見計らってチーズを乗せて、チーズが溶けるまで焼き続ける。
あとは溶き卵を注ぎ加えてフタをし、火力にもよるが12〜15分の間焼く。
焼き終えたらひっくり返し、同じように。
皿に盛り付けてパセリを散らしたら……完成。
表面がこんがりと焼けた丸い形のオムレツ。
チーズとベーコンの匂いが食欲を促進させる。
メニューはこれだけだと寂しいので、簡単なサラダを盛り付けて作った。
あとは調理師ゴーレムが昨日作ったスープ。
付け合わせのパンも用意すれば、立派な昼食だ。
「よし、食堂へ運ぶぞ」
ぎぎ、と調理師ゴーレムが食器を用意する。
果たして二人に美味しいと言わせる事が出来るのか……でも、食べてもらう前のこの時間が、不安であると同時に一番楽しい時でもあるんだよな。
「ユウト君、本当に料理出来たのね。いえ、疑っていたワケでは無いのだけど……」
「はは、とにかく食べてくれ」
食堂へ料理を運び、二人を呼ぶ。
エストリアはオムレツを見てやたら感心していた。
ドールは目を輝かせながら、早速ナイフとフォークで切り分け自分の分を小皿へ移す。
俺とドールもそれぞれ切り分けた。
それとは別に、手のひらくらいの大きさにカットして別の小皿へ移す。
ここには居ない番犬の分だ。
あとで差し入れとして持って行く。
素直に食べるかどうかは分からないが。
「じゃ、食べよう。いただきます」
「ええ、我らが神に感謝を」
「創造神ヴィナスに感謝を」
凄い今更な事だけど、この世界の「いただきます」って言葉は創造神への感謝に置き換わるんだよな。
世界に存在する全ては神の恩恵らしく、食べ物はその最たるものだから感謝を捧げるとか。
食べ物があるのは人間が頑張って狩猟したり牧畜したりしてるからだと思うが……まあ俺が口を出す事でもないので、何も言わない。
「ユウト君、とっても美味しいわ」
「うん、おいしい」
「そうか? だったら嬉しいよ」
エストリアとドールがさらりと言う。
グルメ漫画のようなオーバーリアクションでは無いが、彼女達の気持ちは確かに伝わった。
俺の料理はこれでいいんだよな。
以前ベリーにハンバーグをご馳走したけど、その時も似たような反応をされた。
やはり腕前は家庭レベル止まりらしい。
それ以上を望むつもりは無いけど。
身近な人が喜んでくれるなら、それでいい。
元々その為に身につけた技術だ。
「このオムレツ、母さんの得意料理だったんだ」
「ユウト君のお母様の?」
「ああ、よく作ってもらってた」
「……でも、ユウトの家族って」
ドールが悲しそうな顔を浮かべる。
エストリアも察したのか、複雑な表情に。
二人とも、俺が別世界の人間なのを知っている。
……もう半年以上、母さんと顔を合わせてない。
恐らく一生、再会する事は叶わないだろう。
でも、俺は死ぬまで絶対に家族を忘れない。
「心配しなくていいよ。もしかしたら、会える機会があるかもしれないし」
「そう、よね」
「うん……絶対そう」
エストリアもドールも賢いから、場の空気を暗くしないよう話題を変えようとしてくれる。
「そういえば、ユウト君の世界ってどんな所なのかしら? とっても気になるわ」
「俺の世界?」
エストリアは別の世界に興味があるようだ。
「この世界とは、かなり違うよ。まず、魔法なんてものは存在しないし」
「本当?」
ドールが心底驚いたように言う。
それだけ魔法が生活に馴染んでいるのだろう。
俺だって電気が無いのは未だに慣れない。
「それはとても興味深いわ」
「そうか? 俺が住んでた国は窮屈な所だよ、その代わりに治安の良さは世界一だと思うけど」
こちらの国に比べても、日本は不自由だ。
しかし女性が夜道を一人で歩ける、と二人に言ったらまるで物語の世界のようだと言われる。
まあ、女性が夜一人で歩いても、硫酸かけられて誘拐された挙句に殺されないからな日本は。
住みやすさは文句無しに世界で一番だ。
その後も俺の世界、日本について話す。
エストリアは興味津々だった。
ドールはそうでもないのか、興味があったのは最初だけで今はオムレツを夢中で食べている。
「ふふ……文化が何もかも違うのに、社会を形成しているのは世界が違えど同じなのね、面白いわ」
「確かに、人間ってそういう生き物なのな」
その割にエストリアは社会から隔絶されている。
退屈は、しないのだろうか。
「エストリアは、森を出たいとは思わないのか?」
「……そう、ね」
カチャンと、彼女はフォークを置く。
悩んだ表情を浮かべながら、言った。
「興味が無いと言えば、嘘になる。使い魔を通じて情報を見たり聞いたり出来ても、実際にこの目で見て触れないと、霧のようにモヤモヤするだけ……でも、森を出ることは許されない」
「前から思ってたけど、なんで?」
「掟だからよ」
掟だからと、彼女はハッキリ言う。
「それ、破ったらなんかあるのか?」
「さあ? でも罰があるから掟を守るなんて、品が無いわ。仮に罰則が無くても、私は掟を破らない。それが高潔な精神だと、私は信じている」
その言葉には、一つの偽りも無かった。
眩しい程に純粋で真っ白。
そして覚悟が見て取れた。
エストリア・ガーデンウッドを形成する覚悟が。
でも……と、俺は考える。
一生をこの森だけで終えるなんて、いいのか?
少なくとも彼女は、外の世界を知りたい……未知への欲求が強いとさっきの会話で分かった。
「ユウト君?」
「いや、何でもない」
ふと、思いつく。
屁理屈のようなやり方だが、これなら彼女の意思を尊重しつつ、外の世界を見してやれる。
彼女が容認するかどうかは不明だが。
「ユウト、悪い顔してる」
「え、そうか?」
「うん」
ドールに言われる。
確かに悪巧みだが、別に誰かを不幸にするような思惑では無いとだけ、彼女に伝えた。