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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第2章:冥府の森の魔女
45/118

45話・ケルベロスの過去

 

 ある日の午後。


「ワオン!」


 ルプスが元気に走り回っている。

 こうして見ると犬にしかみえないな。

 実際は神獣フェンリルなんだけど。


「ルプス、このボールを投げるから咥えて戻って来るんだ、出来るか?」

「ワオン!」


 任せろ、とばかりに吠えるルプス。

 賢い子だから大丈夫だろう。

 俺は適度な力加減でボールを投げた。


「それっ」


 ボールは弧を描きながらルプスを超える。

 同時にルプスも走り出した。

 そして地面へ到達する前に空中でキャッチする。


 器用な事するなあ。

 素直に感心する。

 俺は何にも教えてない。


「ワオッ!」

「はは、凄いなお前!」

「クゥーン!」


 ボールを咥えて戻って来るルプス。

 ご褒美に頭を撫でる。

 すると気持ち良さそうに目を細めた。


 なんか、撫でてる時のドールに似ている。

 彼女は華奢な体つきをしてるからか、時折小動物のような可愛さを感じる事があった。

 本人には絶対言えないけど。


 フェイルート王国の文化ではどうも『良い女』の価値観が日本とは大きくズレている。

 フェイルート人の男が好む女性は、背が高く胸も尻も大きい肉感的なタイプだ。


 ドールのような女性は庇護の対処でしかなく、恋愛対象として見られる事は殆ど無い。

 そんな文化基準の世界で、女性に『君は小動物みたいで可愛いね』なんて言ってみろ。


 皮肉か普通にバカにされた、としか思わない。

 俺もそこまでマヌケじゃ無かった。

 いや、ドールは俺の好みだけどね。


「ワオン?」

「何でもないよ」


 尻尾をぶんぶん回しているルプス。

 かなり懐かれてしまったようだ。

 エストリアは預かっているだけと言っていたが、いつ親元に返すのだろう?


 別れは悲しくないといいけど。

 と、そんな時。

 ルプスの両耳がピーンと伸びる。


 続けてキョロキョロと辺りを見回した。

 何かに怯えているのか?

 俺はルプスを安心させる為、優しく抱きかかえた。


「どうした」

「クゥーン……」


 弱々しく吠えるルプス。

 すると見た事のある人物、いや獣がやって来た。


「よォ、やっと会えたなア、人間」

「お前は……ケルベロス」


 獰猛な笑みを浮かべるケルベロス。

 今日も人間の姿だった。

 傷はまだ治ってないのか、相変わらず包帯だらけ。


「は、ようやく思い出したか」

「いや、エストリアに教えてもらっただけだ」

「……まあいい」


 微妙な顔つきになったケルベロスだが、直ぐにどうでもいいと呟きながら俺の顔を睨む。

 そうか、ルプスはこいつに怯えていたのか。


「おい、ルプスを怖がらせるなよ」

「あぁ? 別にそんな気はねえ」

「クゥーン……」


 本人はああ言っているが、実際怖がっている。

 それに殺気を隠そうともしてない。

 会話が通じないタイプと思われる。


 面倒だなあ、こういう奴の相手は。


「ま、いいか……それより何の用だ?」

「もう一度オレと戦え」

「断る。またな」

「ちょっ、待てやコラ!?」


 即答した、俺もお前も重傷人だろ。

 病み上がり状態で戦う理由が無い。

 万全でも戦いなんてしたく無いけどさ。


「そこは受けて立つところだろうが!」

「幻獣界隈ではそうかもしれないが、生憎俺は人間だからな。付き合う理由が無い」

「ぐ……」


 おや? キレて再び強引に勝負を仕掛けて来ると思っていたが……拳を握るだけで耐えている。

 エストリアとの契約で逆らえないのだろう。


 若干だが、既にチョーカーが淡く光っている。

 より厳しい罰則を追加したのかもしれない。

 彼女ならやりそうだ。


「なあ、どうしてそこまで戦いにこだわる?」

「何だと……」


 純粋に、疑問に思った。


「俺にとって、戦いや勝負は手段だ。だけどお前は、戦いそのものを欲してる、違うか?」

「そうだ。オレは、オレの強さを証明したい……とくに、人間相手にはなあ……!」


 執念のようなものを、ケルベロスから感じる。

 彼にも色々事情があるようだ。

 ただ、俺にぶつけられても困る。


「何があったか知らないが……それなら、お前のご主人様を説得するのに協力してくれ」

「どういう意味だァ?」

「実は––––」


 俺はケルベロスに『世界の危機』について話した。

 各地の魔獣が強く賢くなって暴れている事も。

 彼は意外にも最後まで聞いてくれた。


「強さを証明したいなら、そういう奴らと戦えばいい。エストリアが俺達に協力してくれたら、戦う機会はきっと増える筈だ」

「……は、面白そうな事になってんじゃねえか!」


 ニヤリと笑うケルベロス。

 好戦的な性格で助かった。

 ま、彼の言葉がエストリアに通じるとは思えないが、何かキッカケを与えてくれるかもしれない。

 あくまで布石の一つだ。


「じゃあな、人間」

「俺の名前はユウトだ。よろしく、ケルベロス」

「……チッ、わーったよ、ユウト」


 右手をヒラヒラさせながら、彼は去った。




 ––––翌日。


 俺はエストリアと紅茶を飲んでいた。

 ドールは書斎で本を探していたっけ。

 王国には無い貴重な本が沢山あると喜んでいた。


「貴方、ケルベロスに色々吹き込んだみたいね」

「何の事だ?」

「もう、とぼけちゃって。案外強かなのね、あの猛獣を言いくるめるなんて」


 彼女はティーカップを持ちながら言う。

 俺の小細工を瞬時に見抜いていたが、言葉に棘は少なく寧ろ感心していた。


「ケルベロスは、ユウト君の事気に入ったのかも。自分を負かした相手なんて、初めてだろうし」

「そうか? 敵意や殺意が剥き出しだったが」

「人との接し方が分からないのよ……私以外の人間が相手だと、余計に」

「なんかあったのか?」


 憂いを見せるエストリア。

 ケルベロスにも何かあるのは分かっていた。

 彼女が知っているなら、聞きたい。


「ユウト君には迷惑をかけているし、話すわ。ケルベロスは昔––––」


 彼女の話を纏めるとこうだ。

 約十年前、ケルベロスは親の幻獣種と暮らしていたが、ある日人間のハンターに狙われてしまう。


 ケルベロスはまだ幼く、そして親の幻獣種は年老いて全盛期の力をとっくに失っていた。

 それでも最後の力を振り絞り、ケルベロスを逃す事には成功したが……自らは捕まってしまう。


 それ以降、ケルベロスは親とは会ってない。

 親の幻獣種がどうなったかも分かってなかった。

 ただ、生存は絶望的だと。


「ケルベロスは許せなかったの、自分達を狙った人間は勿論……何も出来なかった自分自身が」

「……」

「だから、まだ魔女として未熟だった当時の私であっても進んで契約した。あの日の自分を超える、強い力を手に入れる為」


 一通り話してから、エストリアは再び紅茶を飲む。


 弱い自分が許せない。

 それがアイツの行動原理か。

 なんか、俺と似ている。


 低級魔法使いの烙印を押され、それでも強くなろうと抗い……大切な人を守る為、最終的には命すらも減らして強さを手に入れようとした。


「少しは分かったよ、アイツの事。ありがとな」

「私こそ、ケルベロスと仲良くしてくれるのなら嬉しいわ。あの子もずっと、一人だったから」


 孤独は人を歪ませる。

 ケルベロスの場合、心細さを払拭する為の手段が自らの強さの証明なのだろう。


 だからしつこく、俺との再戦を求めた。


「今度、無理のない範囲なら相手してやるか、俺も体が鈍っていた事だし」

「絶対安静なの、もう忘れたのかしら?」

「加減は弁えているから、大丈夫だよ」


 ジロッとエストリアに睨まれる。

 俺は苦笑いを浮かべながら誤魔化した。

 彼女は若干呆れながら続ける。


「はぁ……男の子って、皆んなそうなの?」

「それは俺にも分からないなあ、ただ––––」


 男だろうが女だろうが、自分が譲れない、やりたいと本気で思った事には全力を尽くすと、俺は思う。

 それが『信念』ってやつなのかもしれない。

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