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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第2章:冥府の森の魔女
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44話・変化

 

 昼を軽く過ぎた辺りで、ドールが帰って来た。

 俺とエストリアは二人で彼女を出迎える。


「おかえり」

「ただいま」


 大鳥から飛び降りたドールは、そのままの勢いでピョンっと俺に抱きついた。

 こちらも手を回して抱き返す。


 その間、エストリアは使い魔の鳥を労っていた。


「ありがとう、ゆっくり休むのよ」

「グエ〜」

「ここまで運んでくれて、ありがとう」


 ドールも俺と抱擁した後にお礼を言う。

 のしのしと、鳥は森の奥深くへと消えた。


「それじゃ、魔法使い……いえ、ドールさんも帰って来た事だし、お昼にしましょうか」

「え?」


 ピクンとドールがエストリアに反応する。

 自らの名前で呼ばれたからだろう。

 当の本人は恥ずかしいのか、そっぽを向いていた。


「エストリアはお前とも、友達になりたいんだ。その第一歩って事で」

「……」


 一瞬戸惑うも、ドールはいつもの調子へ戻る。

 そして平坦な声音で言った。


「呼び捨てでいい、私もそうする。エストリア」

「っ! じ、じゃあ、改めてよろしく、ドール」

「こちらこそ」


 二人は顔を合わせながら言う。

 エストリアは顔が綻ぶのを我慢しながら、一足先に館へと戻って行った。

 その様子を見ながらドールが聞いてくる。


「何かあったの?」

「本音を聞いただけだよ」

「そう」

「ほら、俺達も行こうぜ」


 ジトッとした目で見られたが、やましい事は少しもしていないので大丈夫だろう。

 ドールとエストリア、何となく似ている二人だが、仲良くしてほしいと心の底から願った。


 それから三人で昼を食べる。

 今日は俺が作ると言ったが、ドールからまだ病み上がりなのだから無茶するなと言われてしまった。


 なので今回も調理師ゴーレムの料理が振舞われる。

 赤いスープと焼いた鶏肉、サラダにパン。

 スープは唐辛子でも使っているのかと思ったが、見た目は辛そうなのに味は寧ろ甘かった。


 森で取れる木の実を使っているらしい。

 今度ゴーレムの調理を見学させてもらおう。

 彼らの腕は下手な人間よりも遥か上だ。


「そういえば……」

「どうしたの?」


 食事の最中、ふと気付いた。

 エストリアが聞いてくる。

 ドールも耳を傾けていた。


「いや、昨日の午前中に紫髪の少年と中庭で遭遇してな。いきなり襲いかかってきたと思ったら、チョーカーから電流が流れてゴーレムに連れて行かれた」

「なにそれ」


 ポカンとするドール。

 一方、エストリアはこめかみを抑えている。

 心当たりがあるようだ。


「ごめんなさい、愚かな使い魔で」

「エストリアの使い魔だったのか?」

「ええ、ケルベロスよ」

「へぇ……って、ケルベロス!?」


 思わず持っていたフォークを落としそうになる。

 何故、アイツの名前が?

 彼女の言い方だと、まるで昨日の少年がケルベロスのように聞こえるが……まさか。


「ケルベロスは幻獣種の中でも別格……『スリーファンタジー』と呼ばれる最強の幻獣の一角なの。だから人間の姿になれて、会話もできるわ」

「そりゃまた大層な存在だな」

「けど、高度な知性と品格は別のようね、はぁ」


 エストリアは力無くため息を吐く。

 息子の非行を嘆く母親のようだった。


「常に自らの品を考えて行動しなさいと教えてるのだけど、無理そうね。所詮は野良犬かしら」

「厳しいコメントだな」

「ごめんなさい、ユウト君。あの馬鹿犬はもう一度躾直すから……」

「いや、別にいいよ。もう興味無いし」


 どうやらあのチョーカーは首輪のようで、エストリアが設定したルールを破ると電流が流れて行動を抑制する効果があるようだ。


 それなら安心なので、特に言うことは無い。

 それよりも……目下の問題は別にあった。


「ユウト君……」


 今発言したのはエストリアでは無い、ドールだ。

 彼女は俺とエストリアを交互に見ている。

 そして独り言のように「ユウト君」と呟いていた。


 俺とエストリアの仲が気になるらしい。

 あらぬ誤解を与えてそうだ。

 しかし必死になって説明するのも、それはそれで怪しいし……なんて考えている内に昼食は終わる。


 悶々とした気持ちを抱きながらも時計の針は進み、気づけば一日が終わろうとしていた。




 ◆




「ふぁ……」


 大きなあくびをする。

 昨日はあまり眠れなかったからな。

 今日はよく眠れそうだ。


 そう思いながらベッドに入ろうとした時。

 コンコン、と部屋の扉がノックされる。

 こんな時間に誰だ? 野良ゴーレム?


「開いてるぞー」

「……こんばんわ」

「ドール?」


 寝間着姿のドールが現れた。

 片手には枕を携えている。

 一体何をしに来たのか。


「どうしたんだ、こんな時間に」

「……」


 彼女は無言で、ベッドに腰掛ける。

 ぎし、と一人分の重さが加わった。

 夜、枕を持った恋人が部屋にやって来る。


 淫らかな妄想が脳内で展開された。


 ……ごくり。

 いやでもここ友達の家だし。

 変な期待はよしておこう。


 常識的に考えてあり得ない。

 俺は性欲を持て余す中学生じゃないんだ。

 ドッシリと構えてればいい。


「ユウト」

「うわっ!?」


 どん、と突然胸を押される。

 仰向けに倒れる俺。

 その上から、ドールが覆いかぶさった。


「ど、ドール?」

「教えて」

「な、何を?」


 ズイッと、顔を近づける。

 表情も目も笑ってなかった。

 こ、怖い……


「きのう、なにが、あったの」

「は、はい!」


 俺は包み隠さず全てを話した。

 つい最近、似たような事があったなー。

 それも同じ人物と。


「……と、いうワケなんだ。名前で呼び合うくらい、友達なら普通だろ?」

「それは、そうだけど」

「ドールが想像しているような事は、誓ってない」

「……分かった、信じる」


 伝わったみたいで安心する。

 しかし彼女はまだ釈然としてないようだ。


「寝る」

「お、おう」


 枕を置き、俺の隣に寝転がるドール。

 このまま一緒に眠るのをご所望のようだ。

 それだけなら別に問題無い。


「ん……」

「近いな……」


 ピタッと、彼女は張り付くように寄り添う。

 吐息や温もりが直に感じられる。

 すぐ近くにあるという男の征服欲が満たされ、何だか危ない雰囲気に。


「ドール……」


 気づいたら右手を伸ばしていた。

 が、ペシッとはたき落とされる。

 彼女の顔を見ると、純粋な目をしていた。


「今日はダメ」

「え、あ、その」

「……この前は変な勢いだった、反省してる。未婚の男女が交わるなんて、言語道断。創造神ヴィナスの誓いを破ってしまう」


 そうだった、エデンはそういう世界だった。

 神が実在して、誰もがその戒律に従う。

 ていうか初夜も決められているのかよ。


 創造神ヴィナスって女神らしいけど、本当はおっさんの神さまなんじゃないか?


「はい……」

「でも」


 ドールの顔が迫った。

 甘い息が鼻腔をくすぐる。

 青い瞳は見ているだけで吸い込まれそうだった。


「キスは、別」


 言いながら、彼女の方からキスをしてきた。

 とは言え一瞬触れる程度の軽いキス。

 終わったら、彼女は本当に眠り始めた。


 ……俺も寝るか。

 今は、これで充分だ。


「おやすみ、また明日な」

「ユウトも、おやすみ」

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