42話・「行ってらっしゃい」
魔女と語り合った後、ドールが目覚めた。
「おはよう」
「ん……おはよう」
いつもの無表情ではなく、ぼーっとしてるような顔はとても新鮮だった。
彼女について、まだまだ知らない事だらけだなあ。
「いつの間に起きてたの?」
「ああ、ちょっと目が覚めてな。現状確認も含めて魔女と二人で話してた」
「……!? 詳しく」
ガシッと肩を掴まれる。
さっきまで寝ぼけていたようだが、何故かもう覚醒して瞳はパッチリと開いていた。
「話すも何も、お互いの目的とか、危害を加えるつもりは無いとか……多分、ドールが昨日魔女と話していた事と変わりないよ」
「……本当?」
「もちろん、嘘を言う理由が無いよ」
「そう」
魔女と話していた内容を根掘り葉掘り聞かれる。
とは言え本当にただの現状確認だ。
隠す必要も無いので全部話したけど。
すると彼女は満足した風にホッとした。
俺と魔女が逢引でもしていたと疑っていたのかも。
あり得ないが、俺だってドールが良い男と二人きりで話していたら心配してしまうので、とくに何も言わずにスルーした。
で、そのあとゴーレムが現れ朝食に誘われる。
食堂は広く、映画で見るような白いクロスが掛けられた長いテーブルが印象的だ。
テーブルの上座には既に魔女が座っていて、俺とドールが着席するとゴーレムが次々と料理を運んで給仕をしてくれる。
朝食の最中に、ドールが言った。
「私は一度、フェイルートへ戻る」
「なんで?」
「ユウトは傷が治るまで動けない事を伝える。報告をしないままだと捜索隊を出されて、大事になる」
「ああ、確かに」
タイダル陛下には数日かかると言っているが、傷の完治はどう考えても数日で終わるとは思えない。
タイダル陛下やイルザ様なら、俺達を心配して冥府の森に捜索隊を派遣してもおかしくなかった。
「報告を終えたら、また戻って来る」
「それなら私の使い魔を貸すわ、この屋敷までの最短ルートを覚えているから楽よ」
「ありがとう」
と言うワケで、この後ドールは国へ帰る。
往復で一日以上経つから、その間魔女と二人きり。
別に何も起こらないと思うけど。
「それよりこれ、なんてお茶なんだ? 青色のお茶なんて見たことも聞いたことも無い」
「その茶葉はこの森でしか採れないモノよ、名前は……知らないわねそういえば」
彼女はきょとんとしながら答えた。
森の主人も知らないのか、と思いつつ飲んでみる。
ミントを口にしたような爽やかな口当たりだ。
味の濃い食事と合わせたら丁度良い。
「思ったんだが、アンタは普段どうやって生活しているんだ? 森から出ないのが掟なんだろう?」
「使い魔に王都へ買い出しに行かせてるから大丈夫よ、だから情報もある程度入ってくるわ」
「へえ、自給自足のサバイバル生活かと思ってた」
「嫌よそんなの」
なんて風に、魔女とは普通に話せていた。
とくに壁を感じるような事もない。
なにかを隠されているような気はするけど、秘密の一つや二つは誰にでもある。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「美味だった」
「どういたしまして、作ったのはゴーレムだけど」
ガチャンとゴーレムの一体が現れる。
ソイツの仮面にはナイフとフォークが描かれていたので、料理専門のゴーレムだろうか。
「今度は俺が作るよ」
「貴方、料理出来るの?」
意外そうに聞かれる。
この世界、使用人でもない男性が家事を担当する文化はまだ根付いてない。
バリバリの身分制度社会だから仕方ないけど。
「人並みだけどな」
「なら楽しみにしてるわ」
「ハードルを上げても損するだけだぞ?」
「馬は叩けば速く走るのよ」
「急かされても良い物は出来ないと思うなぁ」
なんて風に小気味好く彼女と会話を続ける。
すると、若干不機嫌なオーラを感じた。
出所は勿論、ドール。
「……」
彼女は複雑そうな表情を浮かべていた。
ドールも俺の目的は理解しているだろう。
その為に、魔女とのコミニュケーションは必須だが……自分の婚約者が目の前で他の女と自らを差し置いて楽しく話していたら、そりゃ面白く無い。
俺だって仕事だと分かっていても、ドールが光山のような男と楽しく話していたら怒りのあまり無意識に神纏を発動してしまうかも……許さん、光山。
……まあ、冗談はさておき。
まさかこんな風に困る日が来るなんて。
今までは自分の事ばかり考えて、誰かと積極的に距離を詰めようとなんて少しも考えていなかった。
「悪い、ドール」
「あなたは悪くない……私が、子供なだけ」
そうは言っても、彼女の機嫌は良くならない。
本人も自覚しているようだが、理性と感情を完全にコントロールできる人間なんて中々いないだろう。
「全部終わったら、陛下から貰った屋敷で暮らせる。手続きも終わる頃だから丁度良い」
「……そういえばそうだった」
「だろ?」
屋敷で暮らす。
この言葉を聞いて彼女は納得してくれた。
全国のモテる男達は、こうして一生懸命女性の機嫌を伺っているのだろうか? 大変だなあ……
「仲が良いのね、貴方達」
「婚約者同士だから」
「あら、そうだったの」
俺が言うよりも早くドールが告げた。
まるでなにかの牽制のように。
魔女の方はとくに何の反応も無い。
そんなワケで、朝食は微妙な雰囲気で幕を閉じた。
暫く準備してから、ドールの出発を見送る。
彼女は不安そうな顔で言う。
「なるべく早く戻って来る」
「嬉しいけど、道中気をつけてな」
「うん」
魔女が用意した使い魔は鳥だった。
見た目は地球の鷹に似ている。
成人男性三人を背に乗せれるくらい大きい。
「行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい」
「……」
ドールが鳥の使い魔に乗る。
が、その手前で何故か引き返した。
再び俺の元へ近づく。
「どうした?」
「……キスして」
「え?」
「だから、キスして」
頰を赤らめながら彼女は言った。
俺達は婚約者同士。
キスくらい、何でもない。
「わ、分かった」
「……ん」
彼女が目を瞑る。
身長差があるので、俺が腰を下げた。
徐々に顔を近づける。
改めて見ても、整った顔だ。
こんなに可愛い女の子が、俺の婚約者。
日本に居た頃では考えられない。
絶対、大切にしよう。
そう思いながら唇を重ねた。
彼女の腰を抱き寄せる。
ドールも手を回してくれた。
キスは二度目。
あの時よりも、長く重ね合わせ続けた。
「……どうしたんだよ、急に」
「……めんどくさい女で、ごめんなさい」
「そんな事、少しも思った事無いよ」
本心だった。
優しくドールの頭を撫でる。
潤んだ瞳で、彼女は俺を見上げた。
「ずっと、一人だった」
「……」
「これからも一人だと思ってた、けど……ユウトが救ってくれて、全部変わった。だから––––また一人になるのが、怖い。もしそうなったら、今度こそ耐えられなくなって壊れちゃう」
やっぱり俺は馬鹿だった。
ドールが従者になるとまで言って付いてきた理由。
単純に、寂しかったのだ。
ようやく手に入れた人との繋がりと平穏。
それを失いたくなくて、必死だったんだ。
なのに俺は、理由があるとは言え魔女にばかり意識を向けていて……
「次からは、ドールとの時間を大切にするって約束する。だからそんな顔しないでくれ」
「ほんと?」
「もちろん、俺だってドールが全部だからさ」
そう言って再びキスをした。
「ありがとう、嬉しい」
「……こんな俺を好きになってくれてありがとう」
「ううん、もうユウト以外は考えられない……」
別れを惜しみながらも、離れる。
時間にしてたった一日だけ。
大丈夫、何も起きやしないさ。
「今度こそ、行ってくる」
「おう、行ってらっしゃい」
ドールは鳥の使い魔の背に乗り、鳥へ飛翔するよう指示を出して青空の彼方に消えた。
「随分と通じ合っているのね」
「まあ、色々あってな」
背後から魔女が現れる。
ずっと見られていたようだ。
多少の気恥ずかしさを覚える。
「来て、屋敷を案内してあげる」
しかし彼女は至ってクールだった。
「助かるよ」
「これから暮らすのだから、当然よ」
「お、おう」
……直前にあれだけドールとキスをしていたが、目の前の魔女を見るとやっぱり美しくて、どうしてもドキドキしてしまう。
これは浮気に入らないよな?