41話・交渉
「私は最初、貴方達を殺すつもりだった」
いきなり物騒な話題だ。
「貴方本人はフェイルート人では無いけど、従者と言っている魔法使いのあの子はフェイルート人。貴方がフェルートの関係者なのは一目瞭然よ」
「ま、そうだな」
「だから私は『掟』に従い、侵入者を排除しようとした。簡易契約していた沢山の使い魔を使ってね」
道中襲って来た魔獣は全て魔女の仕業だった。
簡易契約とはある程度の思考誘導を送信する程度で、細かい指示も飛ばせないと彼女は言う。
しかし知能の低い魔獣ならそれくらいで充分らしく、実際簡易契約していた魔獣達は俺達を襲った。
が、そこで一つ問題が発生する。
フェンリルのルプスだ。
「あの子は知人……いえ知獣? から預かっている子なのよ。だから使い魔契約もしてない、なのに広い冥府の森で迷子になってしまったから大変だったわ」
「そのルプスと偶然、俺とドールは出会った」
「ええ」
その様子は使い魔を通して彼女も見ていたようだ。
「貴方達がどんな人間か分からなかったから、力づくでルプスを取り戻そうとしたわ。結局失敗したけど……でも貴方達はあの子を見捨てようとせず、大切に扱って親元に帰そうとしてくれた」
「利用してただけかもしれないぞ?」
「それでも、よ」
お茶を一口飲む魔女。
俺もつられて一息ついた。
ほんのりと甘い味に舌が落ち着く。
「……それでまあ、私なりに判断したわ。貴方達は悪い人じゃないって。けどまさか、ケルベロスが守っているルートをルプスが見つけるとは思わなかった」
「そういえば、あの番犬は明らかにルプスも獲物として見ていたけど、なんでだ?」
聞くと、彼女は頭を抑えてため息を吐いた。
「あの犬だけは、私に反抗的なのよ。実力は申し分ないから飼っているけど……命令よりも自分の楽しみを優先するから、本気で貴方もルプスも殺すつもりだったと思うわ」
成る程、そういう事か。
確かに嫌な性格してからなあ、アイツ。
無駄に強かったし、出来ればもう会いたくない。
「ケルベロスは死んだのか?」
「いいえ、貴方にやられる直前に転送して直ぐに治癒を始めたから生きてはいるわ。ただ、暫くの間治療が必要だけど」
しぶとい奴だと思う。
神纏でなければ絶対に倒せなかった。
通常の俺なら三秒で殺される。
「でも、あのケルベロスを倒した貴方は何者なの? アレは強さだけなら私の手持ちの中で二番目よ」
「あの強さで二番目なのか……」
そっちの事実の方が驚く。
幻獣種とやらは勇者より強いのでは?
帝級勇者の光山と良い勝負すると思う。
「まあ、色々代償にしてる自覚はある」
「でしょうね。あんな事を繰り返していたら、貴方直ぐに死ぬわ」
彼女は俺とケルベロスの戦いを見ていたようだ。
「ケルベロスの目から見ていたのよ。結果的に勝ったけど、オーバーキル過ぎたわ」
「悪い、俺も全力だったんだ」
「そう、それよ」
「……?」
途端、魔女の顔が研究者のようになり、一人で俯きながらブツブツと何か呟いている。
自分の中の理論を証明したいと表情が訴えていた。
パッと顔を上げたかと思うと、怒涛の勢いで話す。
「あの状態に至る過程は何となく分かったわ、魔力を意図的に暴走させて力を引き出しているのでしょう? でも、あれじゃ効率が悪いわ」
「どういう意味だ?」
「あそこまでの魔力を使わなくても、ケルベロスは倒せたわ。寧ろ余計な力を使っているから自滅して不利になっている場面があったと思うけど」
図星だった。
ケルベロス戦のピンチは、全て神纏に肉体が耐えられてない事で起きたと記憶している。
「そうだけど、意図的に暴走させてあの状態を作っているんだ。あとからコントロールなんて……」
「暴走した魔力を分散させる事が出来れば、貴方の体の負担も減少すると思うけど、問題はそのやり方ね。例えば誰かと使い魔契約を交わして、主人となる相手に魔力のコントロールを––––」
「ちょっと待ってくれ、話しが逸れてる」
言うと、ハッとした顔つきにかる魔女。
そして咳払いで誤魔化してから一度落ち着いた。
その仕草が妙に可愛らしい。
ギャップ萌えというのを初めて見たかも。
「一方的に喋るなんて、品が無かったわ。ごめんなさい」
「や、品とかはよく分からないからいいけど、えーとなんの話だっけ?」
脱線しすぎて思い出すのに苦労する。
俺と魔女の立場の確認だったよな?
彼女は俺達を殺すつもりだったけど、ルプスとのやり取りを見てその考えを改めた。
しかし唯一反抗的な使い魔ケルベロスと運悪く遭遇し、それを撃退した俺に彼女は驚きと同時に興味を抱いた……という事で大体合ってるはず。
「そうね、お互い相手に危害を加えるつもりが無いのは分かったし。大体の事情は昨夜、貴方の従者から聞いたけど、もう一度聞かせて」
改めて、という事だろう。
それに昨夜は答えを出してないようだ。
俺が目覚めるまで待っていたらしい。
全く律儀な人物だ。
「フェイルート王国は現在、ある事情で防衛力が著しく低下している。そこで現国王のタイダル陛下は過去の歴史から冥府の森の魔女の存在を知り、かつてフェイルートを撃退したその力を貸してくれないかと考え、俺が代理になって助力を頼みに来た」
「貴方を代理に選んだのは、フェイルートの人間では無いからよね。一体どこの国出身? リフレイ? アルゴウス? それともグランダウス帝国?」
アルゴウス以外は知らない国だった。
当然だが、フェイルート以外にも国はあるらしい。
そしてこれまた当たり前だが、俺はこの世界の国出身ではなく……別世界の生まれだ。
「どれも外れだ。俺の故郷は、別の世界にある、つまり俺は……異世界の勇者だ」
「……へぇ、そうだったの」
初めて魔女の仮面が剥がれる。
失言を隠す為の照れでは無く、想定外の事を聞いて純粋に驚いた、そんな表情だった。
ただ、予想以上に彼女が冷静でこちらも驚く。
「もっと驚くかと思ったよ」
「そうかしら? これでも驚いているわ。ただ、異世界の勇者がフェイルート王国で召喚されたって事は知ってたし、何ならこの前大々的に宣伝してたじゃない、その時は一人しか居なかったけど」
そういえばそうだった。
勇者の存在は既に公になっている。
彼女は外の情報を手に入れる手段があるようだし、なら大して驚いた様子がないのも納得だ。
「それで……協力は、してくれるのか?」
「申し訳ないけど、無理ね」
瞬殺だった。
ただ、少し引っかかる。
嫌だでも断るでもなく、無理と彼女は言った。
意味としては同じだろうが、微妙に含まれているニュアンスが違うような気がする。
「即答だな、理由を聞いてもいい?」
「––––外の人間とは関わるな。魔女の一族は一生をこの森で過ごし、秘伝を守る……これ、私の母の言葉ね。私も娘が産まれたら、同じ事を伝えるでしょうけど」
「つまり、一族の掟だと」
「ええ」
掟だから、協力できない。
言ってしまえばそれだけ。
だがその掟には何十年、何百年、何千年と時間が積み重なっている気がした。
「だから貴方も、傷が治ったら直ぐに帰って」
突き放すような言い方。
さも当然のように彼女は告げる。
それが『掟』だからと。
釈然としない気持ちはあるが、仕方ない。
タイダル陛下も本気では無かったし、ここは素直に帰って失敗しましたと報告しよう。
「分かった、今日中にはもう出て行くよ」
言うと、彼女は真剣な顔で。
「貴方、聞いてなかった? 傷が治るまで、よ」
「え、でも体はもう」
「今だけよ、長距離の移動なんてとてもじゃないけど耐えられない。寝てる間に調べさせてもらったけど、体の中が大変な事になってたのよ」
「……マジかよ」
と、言った。
どうやら俺が考えているよりも容体は酷いらしい。
「薬も朝昼晩、三回きっちり飲むのよ」
「お、おう」
「それに激しい運動は控えること、完治するまで安静が絶対条件よ。分かったかしら?」
「はい……」
学校の先生に指導されているみたいだ。
ともかく完治するまでの間、魔女と共同生活を送る事になってしまったが、もしかしたら仲良くなってフェイルート王国への助力を得られるかもしれない。
ケルベロスと戦う事になったのは不運だったが、ルプスと遭遇したりと、俺の天運はまだ完全に見放されたようでは無かったようだ。