40話・魔女、現る
彼女が魔女かどうか、問いただす必要がある。
その前に俺は神纏を解いた。
魔女が襲って来る可能性もあったが、これ以上神纏を維持すれば肉体が崩壊する。
「っ……」
「ユウト!」
「ワオン!」
ドールとフェンリルが駆け寄って来た。
「体は大丈夫?」
「ああ、何とかな。前ほど力は出してないし、二度目だから多少は慣れた」
実際一人で立っている。
前回は解いた直後に倒れたからな。
痛みはあるが、耐えられない程じゃない。
「それより、最後に飛んできた氷の槍、あれドールの魔法だろ?」
「うん」
「ありがとう、助かったよ」
「私は足手まといだったから……せめて、あなたのサポートくらいは」
彼女は自分を足手まといと言ったが、最後の援護魔法が無ければどうなっていたか分からない。
そんなに卑屈になる必要は無いだろう。
「……と、無視して悪かったな」
「いえ、私はもう、貴方達と争うつもりは無いわ」
「そりゃ良かった。俺達も、アンタと話がしたくてここまで来たんだ」
「その前に聞かせて」
ドールが言う。
視線は当然、黒い女へ。
それは俺も聞きたい事だった。
「あなたは、魔女?」
その問いを聞いて、面白そうに微笑む女。
女は上品に口を開いた。
「巷では、そう呼ばれているらしいわね。最も、他人から『魔女』と呼ばれたのは、今日が初めてなんだけど––––ええ、そうよ。私が冥府の森の守護者にして、ウィッチクラフトを受け継ぐ今代の魔女」
彼女は肯定した。
自らが魔女であると。
ご丁寧に能書きまで添えながら。
「名を、エストリア。エストリア・ガーデンウッドよ、仲良くは……無理そうだけど」
魔女は冷たい笑みを浮かべた。
ドールとはまた違う、冷徹な仮面。
ドールの鉄仮面は、周囲の環境が作り出させたモノだけど……魔女の仮面は、意図的に作り貼り付けている、そんな風に受け取れた。
「こちらが名乗ったのだから、貴方達も名乗るのが礼儀ではないかしら?」
「そうだな……俺はユウト、ヤノユウト」
「私はドール。この人の従者」
俺達が名乗ると、魔女はピクンと反応した。
そして俺の方を見る。
何かに気づいたような雰囲気だった。
「貴方……フェイルート人では無いようね」
「よく分かったな」
「魔力の質が違う、そっちの魔法使いは純血すぎるフェイルート人のようだけど……成る程、フェイルート人でないなら、森の誓いを破った事にはならないと考えたのね」
俺達の思惑が一目で看破されてしまった。
どうせ明かす事だったから、問題無いけど。
魔女の観察眼が優れていることは分かった。
「んで、こっちの犬は––––」
「フェンリルの幼体で、名前はルプス」
「は? 名前?」
「ワオンッ!」
魔女が「ルプス」と呼ぶと、フェンリルは親犬を見つけた子犬のように彼女の元へ駆けた。
つまりはそういう事なのだろう。
「やっぱりアンタが飼い主か」
「少し違うわ。少しの間、預かってるだけよ」
ルプスを抱えながら答える魔女。
彼? を撫でる右手は優しい。
預かっているだけとは言え、懐いているようだ。
「この子を見つけて、優しく扱ってくれたお礼よ。貴方が回復するまで、お話を聞いてあげる」
魔女が指を鳴らす。
すると地面に魔法陣が浮かび、陣の中から巨大な黒馬と馬車が出現した。
「召喚魔法。魔女の得意分野」
「そうなのか?」
「魔女のウィッチクラフトは、使い魔の使役や召喚に特化していると、記録には残っている」
いつものようにドールが解説してくれる。
「さ、乗って頂戴。安心して、危害を加えるつもりなら既に不意打ちでもしてるわ」
「まあ、そうだな」
こちらは交渉に来たのだ。
いつまでも疑っていたら話が進まない。
俺達は言われた通りに馬車に乗る。
最後に魔女が乗ると、黒馬は勝手に走り出す。
車輪が周りガタガタと車内が揺れるが、不思議と不快感は無い……と言うより揺れを感じてない。
なにかの魔法だろうか?
チラッとドールを見るが、彼女は首を横に振る。
「酔い止め防止の魔導具よ。仕組みは秘密」
車のサスペンションのようなものかな。
知識として名前を知ってるだけだから、具体的にどう機能しているかは説明できないけど。
魔女は以降、移動中に一度も口を開けなかった。
そんな感じで馬車に乗る事数十分。
大きな洋館が目の前に建っていた。
壁の所々に植物が巻き付いているが衰えている雰囲気は無く、そういう装飾のように見える。
驚いたのはもっと別のこと。
人型の人形……アート作品のような仮面を付けたマネキンが俺達を出迎えた。
「ドール、アレはなんだ?」
「ゴーレム。要するに機械人形」
「機械……ロボットみたいなものか」
ゴーレムは一礼した後に洋館の扉を開ける。
「さ、入って」
そのまま客間らしき部屋へ案内される。
客間にもゴーレムは居て、俺とドールが座るとカップにお茶を注ぎ目前へ置いた。
一連の動作は滑らかで、人間と遜色がない。
「貴方はコレを飲んで、見た感じ……かなり法則を無視した無茶をしたみたいだから」
魔女から手渡されたのはビーカーのような透明器具で、中には青色の液体が入っている。
無臭でただひたすらに蒼い。
「秘伝の薬よ。随分無理してるようだけど、本当はもう立っているだけで辛いのでしょう?」
「それは……」
「飲んで、今は眠りなさい。話はそちらの魔法使いから聞くから」
うーん、いいのだろうか。
仮にも交渉役が交渉を放棄して眠るなんて。
と、悩んでいるとドールが服の袖を引っ張る。
「私に任せて、今は休んで」
「……分かった、お言葉に甘えるよ」
グイッと一口で飲む。
無味無臭なのは助かった。
良薬は口に苦しって言うけどさ。
「う……」
飲んだ瞬間、ドッと体の力が抜けた。
思わず近くのソファに腰掛ける。
まぶたは重く、意識も朦朧としてきた。
我慢していた披露が、一度に押し寄せた気分。
「大丈夫、安心して眠って」
魔女の声がやたらと脳に響く。
まるで子守唄だった。
その声を聴いていると、眠くなる––––
◆
目覚めは快適だった。
薬が余程効いたのか、体の調子が良い。
今ならもう普通に走って動ける。
どれくらい、眠っていたのだろうか。
窓の外を見ると……太陽が昇っていた。
空気は肌寒く、息を吐いたら白くなる。
恐らく今は明け方……つまり俺は、あれから翌日の朝まで眠り続けていたのか。
「ここは何処だ……」
俺はベッドに寝かされていた。
ふと横に顔を向けると。
「ドール」
「……」
ドールが座りながら寝ていた。
一晩中、側に居てくれたのだろうか。
彼女は俺の左手を優しく握っていた。
愛されているなあと実感する。
顔を見ると、とても穏やかな寝顔だった。
吐息も規則正しい。
無理をしてるようではなくて安心した。
看病した側が疲労で倒れたら流石に申し訳ない。
さて、これからどうしよう。
魔女の家の勝手は知らないし。
なんて悩んでいたら、ガシャガシャと音を立てながら甲冑姿のゴーレムがやって来た。
来い、とボディランゲージされる。
ドールをそっと抱えてベッドに寝かしてから行く。
服はいつ着替えさせられたのか分からないが、戦いでボロボロになっていた衣服から民族衣装のような色合いのモノに変わっていた。
で、甲冑のゴーレムに案内されたのは中庭だった。
沢山の花が咲き乱れる花壇に囲まれるように、中央にはテーブルと椅子が添えられている。
魔女はその椅子の一つに腰掛けていた。
上品な所作で手元のカップを口に運ぶ。
お茶を飲んでいるだけなのに、とても美しい。
まるで芸術品のような人物だ。
「もう起きたの? 体は平気?」
「ああ、おかげさまでな。ま、元はと言えばアンタの危ない番犬の所為だが」
「それならお互い様よ。森には入って来るなと、ずっと前の代から忠告してきた筈なのだから」
軽口を叩き合いながら俺も座る。
彼女から敵意は感じない。
なんていうか、思った以上に『普通』だった。
「さて、では状況の整理といきましょうか。私と貴方の、置かれている立場の確認も含めて」
魔女は退屈そうに言った。