38話・幻獣種との戦い
ケルベロスと、ドールは言った。
フェンリルの次はケルベロスか。
勇者の能力で翻訳されてるだけなんだろうけど。
ギリシャ神話のケルベロスは確か、大英雄ヘラクレスの手で倒されたんだっけ。
果たして異世界のケルベロスは、ヘラクレスのような英雄を引っ張って来る必要があるのかどうか。
今回も頼もしいドール先生に解説をお願いする。
「ドール、ケルベロスって強いのか?」
「……強いなんてものじゃない。ケルベロスは幻獣種の中でも特に戦闘能力に秀でた個体」
「幻獣種? 神獣とは違うのか?」
専門用語の連続はややこしくなる。
「神獣は魔獣の中のカテゴリーの一つだけど幻獣種は違う、全く別系統の生物。存在そのものが魔法みたいで、睨むだけで大抵の魔法を打ち消せる」
「それはまた厄介だな……」
番犬にしては過剰すぎる守りだ。
だが、逆にそれが可能性の補強になる。
そこまで強い存在を配置しているなら、この先に魔女が居ると言っているようなものだ。
「あのまま起こさずにやり過ごすって無理かな」
「魔女がそんな手ぬるい事をするとは思えない」
「だよなあ」
「それに……ケルベロスは好戦的で残虐、むしろ何もしなくても人の気配を感じ取って––––」
瞬間、ケルベロスのまぶたがパチリと空いた。
見開かれた赤い瞳は、俺達をジッと観ている。
合計六つの目玉にしっかり認識されてしまった。
「––––勝手に起きる可能性がある」
「いつも解説ありがとう、ドール。助かってるよ」
むくりと、静かにケルベロスが立ち上がる。
立つとより威圧感が増す。
大地と空気が振動しているのは錯覚だと願いたい。
「逃げよう」
「んでも、どうやって?」
「……」
ドールは額から汗を流す。
そしてゆっくりと口を開いた。
何となく、発せられる言葉が予想できる。
「私がおと––––」
「ドールが囮になって俺が逃げる、なんてのはナシな。そういうのはもう、やめようぜ」
「え、あ……でも」
ポンと、いつものように頭を撫でる。
同時にケルベロスが大きく吠えた。
地獄の底から響くような声音は、不気味かつ濁ったような音なので上手く聴き取れない。
「––––■■■■■■■■ッ!」
ビクリと、ドールが震えた。
彼女は博識だから、如何に対峙している存在が規格外なのかキチンと理解しているのだろう。
俺? 正直よく分かってない。
強いってのは本能で理解しているが、知ったのは今日初めてなので目前に居ても実感が湧かなかった。
「大丈夫、いざって時は俺が何とかするから。それまでは抗ってみようぜ」
「それはまたあの時の……ううん、了解」
表情を曇らせるドール。
神纏の後遺症を気にしているのだろう。
けど、次の瞬間にはいつもの鉄仮面に戻った。
「あなたが望むなら、私は従う」
「ありがとう、でも危なくなったら逃げてくれよ」
「それはユウトも同じ……来る」
「■■■■■■■ッ!」
咆哮しながら突進。
言ってしまえばそれだけだが、実際は言葉以上の『重み』がある一撃だと悟る。
まともに受けたら、その瞬間に死ぬ。
「っ!」
ドールを抱えて大きく横に飛ぶ。
彼女の身体能力では、魔力操作法を加えても回避できない速度の攻撃だった。
「氷よ、槍となりて敵を穿て『アイスランス』!」
「雷よ迸れ『スパーク』!」
飛び退きつつ魔法を行使する。
氷の槍と電流がケルベロスに向かうが……どちらも体に到達する前に消滅した。
「マジで魔法無効化するのかよ……」
「もっと強力な魔法でないと、ダメ」
もっと強力な魔法。
その為には長い詠唱時間が必要だ。
幸い、俺はケルベロスの動きに対応出来ている。
確認を取る必要も無い。
俺とドールは互いの役割を瞬時に判断し、健闘を祈りながら実行に移した。
「こっちだワンちゃん! 『ウィンド』!」
「■■■ッ!」
風の低級魔法。
当然あっという間に消されたが、ケルベロスの注意を引く事には成功する。
「うおっ!? 危なっ……!」
一足で間合いを詰めたケルベロスは、前足を振り払って叩き潰そうとしてくる。
その猛攻を凌ぎつつ、チラリとドールの方を見た。
順調に詠唱をしているようで安心する。
俺の魔法じゃ多分、どれだけスペルブーストで強化しても全て無効化されてしまう。
元の低級魔法が弱すぎるからだ。
悲しい事実に涙しつつ、いつもの片手剣を鞘から抜いて物理攻撃の方向へシフトする。
体格差は歴然としていたが、ケルベロスの足元をかき乱すように動いて撹乱させた。
その隙に剣の一撃を叩き込む。
「っ、嘘だろ……!」
刃は肉を通った……が、即座に傷が塞がった。
驚異的な自己再生能力。
加えて魔法の無効化に、優れた身体機能。
これが、幻獣種。
成る程確かに、ドールが怯えるだけの事はある。
だからと言って諦めはしない。
俺は知っている、諦めなければ道は開くと。
「であああっ! 『スパーク』!」
「■■■■ッ!」
剣術と魔法を織り交ぜた攻撃。
俺の場合どちらもまだ中途半端だったが、時間稼ぎの役割は果たせたようだ。
「ユウト、離れて」
杖を頭上に掲げるドール。
杖の先では銀色の液体が蠢いていた。
あれは……水銀? 液体金属?
「三つの属性の合成魔法––––魔力の消費も、詠唱の長さも凄まじいけど……これなら」
狙いを絞るドール。
ケルベロスは彼女が行使しようとしてる魔法の危険性に気づいたが、もう遅い。
「––––『流鋼乱舞』」
組み上げられた魔法が放たれる。
銀色の液体は形を複雑に変えながらケルベロスに取り付き、動きを封じてから竜巻のように変化して巨体を物ともせずに飲み込んだ。
液体はケルベロスを拘束しながら回転を続ける。
暴れ狂うケルベロス。
しかし銀の水流は決して奴を逃さなかった。
その間に俺はドールの元へ急ぐ。
彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、倒れた。
「ドール!」
「……ちょっと疲れた、休む」
「ああ、やっぱりドールは凄いよ。あんな複雑な魔法を一人で使うなんて、天才だ」
「……褒めすぎ」
とは言いつつ満更でもないのか、照れていた。
「アレってどんな魔法なんだ?」
「水、風、土属性の合成魔法。土を物質変換で銀に変えて、水と風の性質『流体』を付与。あとは呪文詠唱で形を制御できれば完成」
彼女はサラリと言っているが、まず三つもの属性を合成する事が果てしなく難しい。
適当に混ぜたら魔法は不発に終わる。
更にそこへ瞬間的とは言え物質変換を行い、水と風の性質を付与……魔法を齧っただけの俺でも分かる、高等テクニックだった。
「あの液体は動きを封じる鎖であると同時に、命を奪う鎌でもある。見て」
「おお」
ケルベロスは未だに拘束から抜け出せず、竜巻の中で身体中を切り刻まれているようだ。
再生能力があるので直ぐには倒せないだろうが、その内奴の魔力も尽きて絶命するだろう。
「ドール、今の内に行っちまおうぜ」
「うん」
「フェンリル、あの先でいいんだよな?」
「ワオン!」
ずっと隠れていたフェンリルが顔を出す。
クンクンと匂いを嗅いでから、ケルベロスが立ち塞がっていた道の先を示した。
やはりこいつは魔女と関係がありそうだ。
前途多難かと思ったけど、案外なんとかなるものだ––––何て思っていたら。
「っが!?」
「ユウト!」
「ワオンッ!」
突然物凄い衝撃に襲われる。
そのまま吹き飛ばされ転がった。
反射的に肉体強度を上げたおかげで何とか命は繋いだが、今の一撃で戦闘不能にさせられる。
「ぐ、何が……っそんな……!?」
どうにか顔を持ち上げて状況を確認する。
そこには––––無傷で佇むケルベロスの姿が。
奴の三つの顔全てが、愉悦に歪んでいた。