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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第2章:冥府の森の魔女
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37話・森の洗礼

 

 幼体のフェンリルを仲間に加えて約一時間後。

 魔女の痕跡は未だに無い。

 だが……森の雰囲気が、変わった。


 それまでは良くも悪くもただの森、という感じだったが、今ではあちこちで魔獣の気配を感じる。

 既に何度か戦闘もしていた。


「魔女の住処に近付いていると思いたいな」

「ユウト、また来た」

「あー、面倒だ……」

「ブギイイイイイイイッ!」


 真正面からイノシシ型の魔獣が現れる。

 ブラックボア……その名の通り全身真っ黒な獣だ。

 反りのある牙が特徴的で、突進攻撃の衝撃は軽トラックに匹敵すると思われる。


「ワオン……」

「大丈夫だ、頭隠しとけよ?」

「クゥーン」


 フェンリルが不安そうに鳴く。

 かなり臆病な性格のようだ。

 森に居るなら早く親元に返してやりたいが。


「ブギイイイイ!」

「はああああっ!」

「ブギイッ!?」


 ブラックボアの突進を真正面から受け止める。

 俺の桁外れの魔力は魔力操作法による身体強化にも大きく作用し、一時的に超人の力を宿す。


 止められるとは思っていなかったのか、ブラックボアは驚きながらも四本の足で地面を蹴る。

 だが、俺は微動だにしない。


 その隙にドールが魔法を完成させた。

 彼女の魔力が氷へと生まれ変わる。

 生み出された氷は更に槍へと変形し、鋭利な先端を剥き出しにしながらブラックボアの脳天を突き刺す。


 情け無用の一撃。

 痛みが無いのがせめてもの手向け。

 ブラックボアは力無く倒れた。


「ふぅ」


 この程度の相手ならまず負けない。

 森の魔獣の強さは個体ごとに差はあるにせよ、絶望的な気持ちになる程の相手には遭遇してなかった。


「時間的に、そろそろ危ないか?」

「……一旦戻る?」


 ドールが言う。

 確かにその選択もあり得る。

 事前情報が無さすぎて探すにも探せない。


 これは帰ったら陛下に抗議しなければ。

 まあ、向こうも本気で魔女の助力を得られるとは思って無さそうだったけど。


「そうだな、一旦戻ろう。探すにしても作戦を練らなくちゃ話にならない」


 物事は柔軟に対応するべきだ。

 目的達成が難しいなら、無理に続ける必要は無い。

 別の方法を考えればいいだけだ。

 一つのやり方に固執するのは歯車が噛み合っていれば問題無いが、違う場合は余計に悪化させる。


「目印はつけてある」


 ドールには迷うのを防ぐ為、定期的に目印を残しておくよう頼んでいた。

 その目印を辿れば森の入り口に戻れる。


 ––––はず、だった。


 戻り始めて数時間。

 既に夕暮れ時だった。

 真っ赤な夕陽が緑の植物達を照らす。


 どんなに歩いても疲労感が積もるだけ。

 魔獣との戦闘も極力避けながら進み、適度に休憩しては目印を頼りにまた歩く。


 なのに、入り口には一向に辿り着けない。


「これは、あれか? 遭難ってやつなのか?」

「ごめんなさい」


 しゅん……と俯くドール。

 目印が意味を成してないのが、自分の所為だと思っているようだ。


 それは絶対に違うと言える。

 こんなの明らかにおかしい。

 何かしらの魔法的な影響に決まっている。


 もしくは森そのものに、そういう特性があるか。

 例えばだが、入るのは自由だが立ち去るには何かしらの条件を満たさないといけない等。


 日本の創作物にもよくあった。

 迷いの森、迷宮、脱出不可の地下洞窟。

 異世界ならどれも本当にあってもおかしくない。


「気づかなかった俺も悪い、自分を責めるな」

「うん……」

「ワオン」


 フェンリルも彼女を励ましてくれる。

 ペロペロと彼女の頰を舌で舐めていた。

 俺も舐めたい……じゃなくて。


「なあ、お前ほんとになにか知らないか?」

「クゥンー?」


 鞄からフェンリルを出して抱える。

 愛くるしい顔をしていたが、この状況から脱する唯一の希望はこいつの存在くらいだった。


 するとフェンリルは鼻を動かし匂いを嗅ぎ始める。

 なにかを探っているようだ。

 地面へ降ろすと、それはより顕著に。


「ワオン!」


 匂いで何か見つけたのか、ある方向へ叫ぶ。


「そっちに何かあるのか?」

「ワオン」

「行って見る価値はある」


 ドールもそう言うので、俺達はフェンリルの嗅覚に頼りながら森の中を進み始めた。

 変化は直ぐに起きる。


 少しずつだが、道のようなものが現れ始めた。

 何度も人が通った跡のようなものもある。

 その道に合わせて歩き続ける事数分。


「魔獣だっ!」

「ワオン!?」

「あなたは鞄に入っていて」


 再び魔獣が現れたので、対峙する。

 逃げようと思えば逃げれるが、この道はようやく見つけた魔女への手がかり。


 手放すには惜しいチャンスだ。

 だから魔獣と戦ってでも、この先へ行く。

 俺は鞘から剣を抜いた。


「シャアアアアアアアッ!」


 現れた魔獣はパープルフライリザードが四匹。

 体長30センチ前後のトカゲだ。

 ただのトカゲではなく、昆虫のような羽が生えて自由に空を舞う機動力を有している。


 攻撃力は低いがとにかく素早く、しかも数匹の群れで行動するので連携されると厄介だ。

 30センチの体と羽で飛べる原理は不明だが、この世界の物理法則を俺が理解してないので分からない。


 そんな野暮な突っ込みを内心でしてる間にも、パープルフライリザードは散開しながら襲ってくる。

 四匹が交互に入り混じりながらの攻撃。


 剣で払うも、空を切る。

 魔法で一網打尽にしたいところだが、ドールが呪文詠唱を始めると必ず妨害してくるのだった。


 魔法を理解する程度の知性を有しているのも厄介だが、ならば逆に利用させてもらおう。

 パープルフライリザードの連携攻撃を避けつつ、狙う的を一匹に絞って低級魔法を行使した。


「吹き荒れろ『ウィンド』」

「シャアアアアッ!?」


 風の衝撃波がパープルフライリザードに直撃する。

 それもそのはずで、パープルフライリザード自ら突っ込んで来てくれたのだから。


 奴らは強い魔法の行使に時間がかかる事を知っていたが、工夫次第で短い詠唱で済む低級魔法の威力が上がる事は知っていなかった。


 飛んで火に入る夏の虫……いや、トカゲか。

 ともかく中途半端な知識が仇となり、パープルフライリザードは自滅のような形で死んだ。


 仲間の死を動揺したのか、空中でホバリングしながら様子を伺うパープルフライリザード達。

 詠唱する絶好のチャンス。


 ドールは逃さず、既に魔法を詠唱していた。


「幾百もの風の刃よ、我が敵を切り刻め『ハンドレッド・エアカッター』」


 風の刃がパープルフライリザード達に直撃した。

 三匹の内二匹は仕留めたが、残る一匹は直前に危険を察知していたようで上空へ逃げている。


「シャアッ!?」


 だが、流石はドール。

 一撃で仕留められない事を考慮し、予め風の刃を上下左右に散らして放っていた。


 その中の一つに当たり生き残っていたパープルフライリザードは、それがトドメとなり地面に堕落。

 地面にぶつかった衝撃で死骸がかなりグロテスクな事になっていたのは申し訳ないが、こちらも身を守る為の正当防衛なので許してほしい。


「ドール、魔力の残量は大丈夫か?」

「……少し不安。でも戦闘に支障はでない」


 彼女は言いながら魔力回復薬を飲む。

 あの薬は短時間に何度も飲むと効力が薄まる。

 本来は自然回復まで待つべきモノを、薬を使って回復しているからだろうか。


 因みに俺は神纏を使った時以外では、未だに魔力切れの経験が無かった。


「そうか、本気で危なくなったら言えよ?」

「わかってる」


 それからも魔獣の襲撃は続いた。

 危ないのでフェンリルはずっと鞄に避難させて、方向がズレてないか確認する時だけ嗅いでもらう。


 そんな事を繰り返す内に、広い空間へ辿り着いた。

 背の高い草木は無く、殆どが雑草。

 原っぱのような所で広さは野球ができるくらい。


 道だけが真っ直ぐその先を示している。

 だが……その道に、立ち塞がる存在が。

 ソレは眠っていたが、俺達が一歩でも近づいたら直ぐに目覚めそうな雰囲気だ。


 三つの顔と首を持った犬。

 紫色の体毛で、手足は強靭。

 日本の平均的な一軒家くらいの大きさだ。


 俺はソレの名称を、日本で聞いた事がある。


「番犬にしちゃ、似合いすぎるキャスティングだよ、ほんと……ドール、あれ知ってる?」

「––––地獄の番犬(ケルベロス)


 彼女は声を震わせながら言った。

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