35話・平和と暗躍(後半別視点)
「––––魔女はその昔、たった一人で当時のフェイルート王国と争い、打ち勝った」
「へえ」
「これは記録されている正真正銘の歴史。フェイルートは昔から戦争が弱かった」
「国としちゃ致命的だな」
戦争とは政治の最終到達点だ。
国家間の主張がどうやっても合わない時、結局は武力に辿り着くのは人類の歴史が証明している。
軍事力は国を国として成立させる為の大事な要素。
だから前王も勇者召喚を決行したのかもしれない。
足りない戦力を補う為に。
召喚される側は、迷惑でしかないけど。
「そんな魔女と交渉なんて、出来るのか?」
「普通は不可能。その時の争いで、フェイルート人は冥府の森に立ち入ってはならないと決まった」
「なら、ダメじゃん」
ドールが淡々とした口調で言う。
冥府の森に入れない取り決めなら、魔女を交渉のテーブルにすら座らせる事が出来ない。
しかし、と彼女は続ける。
「ユウトは異世界の勇者。フェイルート人では無い」
「……その理屈、通用するのか?」
「魔女は契約に厳格。可能性はある」
フェイルート王国で世話にはなってるけど、生まれも育ちも別の世界だから関係無い。
理屈としては一応通っているのか?
少し強引な気もするけど。
例えばフェイルート王国を亡命して、アルゴウス王国の国民になりました、と言えば魔女は素直に森へ招いてくれるのだろうか……怪しい。
その辺は魔女本人の性格による。
「魔女ってどんな人だろうな」
「分からない、そもそも魔女も代替わりしているから当時とは別人」
「先祖代々森を守る一族ね」
そういう民族は得てして保守的だ。
交渉は困難を極めるかもしれない。
タイダル陛下の頼み、安請け合いしちゃったかな?
「なんか不安になってきたぞ……」
「安心して。陛下もお母様も魔女の力だけに頼るつもりはない、他の方法も考えている。あくまで数ある手段の中の一つでしかないから」
だから、気負う必要は無い。
俺の恋人はそう言ってくれた。
優しさが胸に染みる。
「ありがとう、元気出たよ」
「良かった」
なんか、幸せだなあ。
こういう何気ない会話をするだけでも。
あの時命懸けで頑張ったから、今がある。
「ユウト、体は本当に大丈夫なの?」
「ああ、今は何ともないよ」
神纏の後遺症は無かった。
だけど、今後また使用した時は分からない。
危険だから他人に教える事も禁止されている。
命を代償に、帝級にすら匹敵する力を引き出す。
まだまだ謎の多い技術だった。
そもそも、次使おうとして成功するか分からない。
失敗してそのまま死ぬ可能性もある。
やっぱり出来る限り使いたくない。
俺の命はもう、俺だけのものじゃないのだから。
「……と、ここか」
なんて風にドールと話しながら歩いて暫く。
俺達は目的地へ到着していた。
先の冥府の森では無い。
目前に建つのは洋風の屋敷。
所々経年劣化が目立つものの、修理可能な範囲。
庭も広く、ガーデニングなんかもできそうだ。
「一ヶ月後だっけ? 諸々の手続き終わるの」
「そのくらいの筈」
「まだ信じられないよ、陛下から土地と屋敷を丸ごと貰えたなんてさ」
「ユウトの働きなら、普通。むしろ何処かの領地の領主になってもいいくらい」
「いや、それは流石にやりすぎだろ……」
タイダル陛下が魔女について話した後。
交渉役を引き受けた俺は、彼から報酬の前払いとして土地と屋敷を貰い受けた。
屋敷は王都から少し離れているが、その分静かで過ごしやすい環境だと言っていたけど本当らしい。
空気が澄んでいて、なんか開放的だ。
因みに何故屋敷なのかと聞いたら、王城の修繕が当分の間続くらしく、俺が泊まるのに相応しい部屋が現状無いからと言っていたっけ。
別にその辺の部屋でも構わないと伝えたが、国を背負う勇者を中途半端な部屋に泊まらせる事は出来ないと真剣に言われ、どうせならと屋敷を貰うに至った。
まだ引っ越しはしないが、今日はその事を店長やベリーに伝える為にも外出している。
この後黒色冠に寄る予定だ。
思えばあの店にも、随分と厄介になったな。
三ヶ月以上はあそこで暮らしていたと思う。
濃い時間を過ごしたから、体感時間はもっとある。
一度でいいから、店長に何かお礼をしたい。
「店長にお礼がしたいんだけど、何か良い案ないかな、ドール?」
「……」
「……どうした?」
彼女の反応が無い。
少し前までなら別に珍しい事でも無かったが。
今の関係で無視されるとかなり傷付く。
「……っは」
「ど、ドール?」
どうやら意識が飛んでいたらしい。
彼女の目の前で手を振ると、今度は反応した。
続けて頰を赤らめて俯いてしまう。
「なに考えていたんだ?」
「……な、なにも」
ササっと俺から離れ、彼女は屋敷へと向かう。
気になるが、詮索するのも悪い。
俺との結婚生活を夢想していたのかも、なんて。
「待ってくれ、鍵忘れてるぞー」
その後も平和な時間がゆっくりと流れた。
◆
––––リフレイ王国。
近年は目立った動きは無いものの、裏で軍備の増強を行なってきたこの国は現在、指導者が変わった。
前王は秘密裏に処刑されている。
新たな最高指導者は、まだ十代の若者達。
しかしその全員が超人的な力を有していた。
異世界より召喚されし、特級勇者達。
彼らは勇者リュウセイの命令で他国を侵略し、既に事実上の乗っ取りを成功させていた。
一人では、不可能だっただろう。
それを理解していた一人の勇者は、五人のクラスメイトに声をかけて自分の味方に引き入れた。
名を––––才上京児。
黒髪を短く切り揃え、オールバックにしている。
目つきは鋭く、まるで殺人犯のような顔つき。
丈の長い黒色のロングコートを羽織った姿は、一見だけなら高校生とは思えない程、大人びていた。
フェイルート王国ではあえて目立たず行動していた彼は……自らの情報網で手に入れた『勇者リュウセイの死』を確信し、行動に移ろうとしていた。
「は? 光山が死んだ?」
「状況から見てな」
「いや、ありえないっしょ」
才上は五人の特級勇者達を集め、情報を伝える。
当然五人は信じていなかった。
無理もないと、彼は考える。
「まあ聞け……フェイルート王国では最近、反乱が起きてあの国王が討たれた。ここまでは信じられるだろう? 問題はその先……新たな王として名乗りを上げたのは、息子の王子だ」
「別になにもおかしくなくない〜?」
林田芽衣子が思った事を口にした。
王が死に、新たに王子が即位する。
確かに王子が反王側だったなら当然の帰結。
「そんな事は無い、あの光山なら反逆を利用して自ら王を殺し、自分が新たな王……そうだな、勇者王とでも名乗って民衆を導くとか言う筈だ」
「……あ〜、なんか想像できるかも。流星クン、隠してたけど目立ちたがり屋だし」
「だろ? なのに光山の動きが一切見えない。少し早計な気もするがあいつは死んだか、もしくは身動きが取れない何らかの状況に陥ってる可能性がある」
才上の考察は的中していた。
最も、誰がそこまであのバケモノを追い詰めたのかまでは知らず、ましてや低級勇者が勇者リュウセイを倒したまでには至ってない。
「だからつまり、何が言いたいんだお前は?」
新谷海斗がやぶからぼうに言う。
友人の浜崎直也も頷く。
二人の問いかけに、才上は答えた。
「これはチャンスだ。何をするにしても光山の影がチラついていたが、目の上のたんこぶは消えた。これからはもっと、積極的に動く」
「んでも、これ以上何すんだよ」
「世界征服」
「は?」
「だから、世界征服だ」
才上は真面目に言った。
「ああ、勘違いするなよ? アニメや特撮番組に出るような世界征服とは違う。もっと現実的な、国家間のパワーバランスを利用した政治だ」
「分かりやすく言えや」
「脅すんだよ、他の国を」
才上の計画。
それは特級勇者の力を使った脅迫だった。
「俺達が乗っ取ったここ、リフレイ王国には六人の特級勇者がいる。光山が死んだ今、最強は俺達だ。だが強いだけで物事が全て上手くいくほど、世の中は甘くない。光山のように失敗する」
「じゃあウチらはどーすんのさ、きょーちゃん」
林田は分かっているのか分かってないのか、とぼけながらも才上に続きを促す。
彼は己のプランをハッキリ告げた。
「そこで脅迫だ。俺達に手を出したら、俺達の要求を受け入れなかったら経済的、軍事的に追い詰める。そうやって少しずつ、小さな国から手中に収める。戦うのは力を示す最初の数回だけでいい、あちこちに喧嘩を売っても時間と資源の浪費でしかないからな」
強大な力は、侵略にも防衛にも役立つ。
即ち、抑止力。
暴力は暴力でしか制することができない。
少なくとも彼はそう考えていた。
「上手くいくのか、それ?」
「簡単にはいかないだろう、だから使える『駒』を揃えて少しでも成功確率を上げる」
才上は思う、自分よりも頭の良い人間は沢山いる。
だから足りない分を武力で補う。
自分の頭脳と六人の特級勇者の力。
そしてリフレイ王国の兵力と経済力。
これだけ揃えば、世界征服も夢ではない。
「RPGみたいなものさ。少しずつ、レベルアップしようじゃないか––––ああ、楽しくなってきたぜ」
才上は子供のような笑顔を浮かべた。
(追記)
才上京治の名を京治→京児に変更しました。
また、彼の容姿についての描写も加えてます。