23話・帝級の力(一部別視点)
––––押している。
ジャイアントオーガが現れた時はどうなるかと思ったが、ダブレイドの活躍で戦線は維持できていた。
それどころか若干魔獣を押し返している。
これなら光山が来るまで耐えられそうだ。
俺も次々と魔法を撃ち込む。
「君、休まなくてもいいのか?」
「はい。大丈夫です」
「むう、それなら構わないが……」
騎士らしき男に心配される。
俺はさっきから一度も休まずに魔法を使っている。
周りの連中は魔力切れでドンドン控えに交代していたが、俺の魔力はまだまだ無くなりそうにない。
底が見えないとはよく言ったものだ。
俺の唯一の勇者らしい才能である。
「君の働きは立派だ。それにその魔力量……どうだ、もしよければ騎士団に––––」
騎士風の男は、その先を口にできなかった。
「え」
何故なら、上半身が吹き飛んだから。
残った下半身もぐしゃりと潰れる。
外壁に血の池ができた。
「……は?」
目前の光景が理解できない。
騎士風の男は死んだ。
それは理解できる。
不可解なのは、何故死んだのか。
ここは外壁の真上だ。
敵に飛行戦力が皆無なのは調査で分かっている。
なら、どうして。
「ぎゃっ……!?」
男が短い悲鳴をあげながら死んだ。
その隣に居た者も死んでいる。
何かに抉られたような死体。
もしやと思い、下の戦場を見る。
「っ、あいつら……!」
正体はオーガ達。
ジャイアントオーガほどの巨体と怪力は無いが、それでも人間とは比較にならない。
そのオーガ達が、ナニカを投擲していた。
あり得ない、オーガにそんな精密なコントロールができるとは到底思えない。
俺達だって真上という陣地をとっているから、魔法による遠距離攻撃を可能としている。
なにかカラクリがあるはずだ。
投げる瞬間を注意深く観察する。
オーガは『弾』を探してキョロキョロと辺りを見渡し……笑いながらソレを掴んだ。
ソレはアイボールという魔獣。
見た目はサッカーボールサイズの眼球で、それがフワフワと浮いている。
浮くと言っても、地上から2メートル程度。
飛行能力とは到底呼べない。
だが––––
(来る……!)
俺は咄嗟に魔力操作法を使った。
身体能力と視力を強化し……寸前で、オーガが投擲したアイボールを避ける。
「そういう事か!」
アイボールは浮くだけの魔獣。
だけど、空中を移動できる。
恐らくオーガに投げられて空中にいる間に、僅かでも動いて軌道を修正していると考えられた。
「魔力操作法で強化しろ! 狙われているぞ!」
大声をあげるが、後衛は次々と射抜かれていく。
魔獣の異変……それによりオーガやアイボールの能力も向上しているからできる芸当。
これが『世界の危機』の一端なのだとしたら……ああ、確かに世界を揺るがす未曾有の災害だ。
それから俺は投擲攻撃を避け続ける。
半数以上の後衛部隊が命を落としていた。
残った者達も自分の身を守るのが精一杯で、前衛の援護に回せる力はとてもじゃないが無い。
魔法による援護が無くなった前衛部隊は、押しているムードから一転、ジリジリと後退していた。
戦線が崩壊するのも、最早時間の問題。
これまでか––––と、その時。
一陣の稲妻が走った。
雷は雨のように降り注ぎ、魔獣達を貫く。
直ぐに死骸の山が出来上がった。
そして前衛部隊が引き上げられる。
戦いを諦めたワケじゃない。
彼らと交代するように……勇者が、現れた。
◆
ようやくオレに相応しい舞台が『完成』した。
あとは低脳共に見せつければいい。
この世界、真の支配者は誰なのかを。
「世界を作りし九の神よ……今、我が手に宿りその力を発揮せん––––ファイア、アクア、ランド、ウインド、エレクトロ、アイス、シャイニング、ダークネス……ヴィナス・ワールド」
オレの構築した魔法は、帝級の中の帝級。
一つの極致とも呼べる完全な魔法。
さあ驚け、そして跪け!
この! オレの力に!
◆
その光景は、まさしく世界の終焉だった。
天地はひっくり返り、魔獣の軍勢はあらゆる災害に飲み込まれ虚無へと還る。
人間の脳では、およそ知覚できない現象。
なにが起きているのか、理解できない。
いや、理解するのを拒否している。
それを知った時、きっと正気でいられないから。
とにかく魔獣の軍勢は姿を消した。
跡形も無く、一切の存在証明を失って。
まるで最初からそこには何も無かった……そんな風に思えてしまうが、仲間達の遺体がそれを否定する。
戦いは、確かにそこで起きていたのだ。
「勝った、のか?」
誰かが言った。
波紋は徐々に広がり、次第に連合軍全域へ。
そこで初めて、彼らを勝利を確信した。
「我々の勝利だあああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおっ!」
「おおおおおおおおおおっ!」
絶叫で包まれる。
絶望的だった戦局。
それをたった一人が変えた。
「勇者リュウセイ、バンザーイ!」
「異世界の勇者は本物だったんだあああっ!」
「勇者! 勇者! 勇者!」
勇者コールが続く。
光山は笑顔で応えていた。
汗一つ流してない、余裕の表情。
あれが伝説の力、か。
凄すぎてよく分からなかった。
だが単独で一万近い魔獣を一瞬で殲滅したその力は、最早誰も疑う余地は無い。
勇者リュウセイの名はこれを機により轟くだろう。
「……はぁ〜」
どさっとその場で座り込む。
緊張が解けて、力が抜けた。
後半はずっと避けるのに集中していたからか、疲労感が肉体のダメージ以上にある。
チラリと横目で仲間達の遺体を見る。
俺も一歩間違えたら、こうなっていた。
生き残っているのが奇跡のように思える。
「……ごめん、俺も自分の身を守るので精一杯だったんだ。助けられなくて、悪かった」
意味の無い独り言。
でも、どうしても言いたかった。
この戦いの英雄は光山だろう。
でも、彼が到着するまでの時間を稼ぎ、命を落とした者達も––––英雄だ。
前衛も後衛も、被害は甚大。
何人もの人々が犠牲になっている。
これが、本当の戦い。
よく漫画やアニメで『戦いが好き』なキャラクターがいるけれども、俺は彼らのように楽しむ余裕を持つ事など出来なさそうだ。
いや、そんな事はどうでもいい。
今心配なのは……ドールの安否。
彼女なら心配ないと思う一方で、もし何かあったらどうしようと恐れる自分がいる。
けど約束通りなら、黒色冠に来てくれる筈。
そして皆んなで祝勝会だ。
店長とベリーが準備をしてくれている。
今日は目一杯楽しもう。
酒も飲んで大騒ぎだ。
酔った勢いで一夜の過ちを犯してしまうかもしれないが……過ちだから仕方ないよね。
それにドールも満更でも無いようだし。
彼女と抱き合った昨夜を思い出す。
あの時の俺と彼女は完全に通じ合っていた。
……イケる、イケるぞ俺!
いよいよ脱童貞だ!
「生存者の確認だ! 今から名前を読み上げるから、生きている者は反応しろ!」
生存者と戦死者の確認作業が始まる。
死んだことにされないよう気をつけなければ。
そんなワケで後始末は別の部隊に任される。
実戦部隊の役目は終わり。
ゆっくり休んでくれと言われた。
特別報酬も出るらしいし。
生き残った喜びから、浮き足立ってしまう。
汚れを落としてから黒色冠に向かった。
「坊主! 生きてたか!」
「店長!」
店長が笑顔で出迎えてくれた。
「ま、お前はそう簡単に死ぬようなタマじゃねーか! はははっ!」
俺の生存を自分の事のように喜んでくれる店長。
そんな彼を見て涙が出そうになる。
まだ泣いてはダメだ。
涙は、ドールが戻って来るまで取っておこう。
––––しかし。
一日、二日、三日と待っても。
ドールは現れなかった。