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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第1章:エデンの勇者
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17話・勘違い

 

 ジュエルクローラーとの激闘から一週間が経つ。

 俺もドールも完全に回復していた。

 彼女は既にギルドで依頼も受けていると言う。


 あの後……傷付いた俺をドールは行きのように魔法で王都まで運んでくれ、治療院へ駆け込んだ。

 それから道中の不自然な魔獣の大量発生と、本来ならあり得ない強さを有していたジュエルクローラーについてもギルドに報告している。


 そこで判明した事は、最近他の冒険者も同じような出来事に遭遇していた事実だった。

 魔獣の大量発生や急激な成長。


 ギルドは近いうちに調査隊を派遣するようだ。

 この異変でまだ死者は出てないが、重傷者は出ているようなので死者が出るのも時間の問題だろう。


 ここから先はギルドに任せるしかない。

 初心者冒険者が手を出していい領分じゃなかった。


 とは言え暗い話ばかりでも無い。


 まず店長が報酬をくれた。

 これは最初から決まっていた事だが、かなりの額を貰えたので当面の生活は更に安定する。


 加えて魔獣の異常現象が頻発しているにも関わらず依頼に行かせてしまった迷惑料だと、謝罪と共に追加の金銭をプレゼントされた。


 予測できないから仕方ない、と断ったが、店長は「事前に情報を集めるのも依頼主の仕事だ。それを怠った俺には責任がある」とのこと。


 断るのも無粋なのでしっかり受け取った。

 イルザ様から頂いた金も考えると、半年間くらいは働かなくても食べれる額が手持ちにある。


 生まれて初めて大金を手にした。

 日本では飽きっぽくて新しい物が好きな性格だからか、貯金が下手でいつも金欠だったっけ。


 今じゃ懐かしい思い出だ。

 最近はこうしてふと、故郷を思い出す事がある。

 ホームシックだろうか?


 帰りたくても物理的に帰れないのが分かっているから、案外早く治まるのは不幸中の幸いだ。

 で、あれからの俺はと言うと。


「いらっしゃいませー」


 黒色冠で普通に働いていた。

 初の依頼が色々と濃すぎて、二度目の依頼を受ける決心が中々つかずにいる。


 生活するだけなら今の日常で充分だから、問題無いと言えば無いのだが……何か、物足りない。

 贅沢な悩みだった。


 そんな時。


「いらっしゃいま……ドール?」

「……」


 黒色冠にドールがやって来た。

 新しいローブを購入したのか、以前の物とはデザインが微妙に違う黒いローブを羽織っている。


 だがローブ以上に注目したのは眼鏡だ。

 いつも付けていた眼鏡を、していない。

 似合ってない部品がパージした為か、純度100%の美少女の顔面が完成していた。


 控えめに言って可愛すぎる。

 俺、あんな子と依頼とは言え一夜を共にしたのか。

 今更ながら興奮してきた。


 ただまあ相変わらずの無表情で、あの時見た笑顔は幻覚だったのでは? と思ってしまう。

 彼女は店内の商品には目もくれず俺の元へ。


「何か用か? 見ての通り仕事中だから、長くなるなら後にしてくれ」

「借りを返しに来た」

「え」


 借りを返すって……何の?

 思い当たる節が無いので混乱する。

 まさかあの時、下半身を見られた事への報復か!?


 許してくれるって言ったのに!

 店にまで乗り込んで来るなんて、かなりお怒りのようだ……いやまあ、よく考えたらそりゃそうだよな。


「……分かった、俺の負けだ」

「……?」

「ただし、この店は関係ない。やるならなるべく人気の無い所にしてくれ」

「よく分からないけど、分かった。今夜、ギルドの前に来て。待ってる」

「ああ……」


 今夜、な。

 きっと魔法でぶちのめされたあと、騎士団にでも突き出されて性犯罪者の汚名を被るんだろうなあ。


 ごめんなさい、父さん母さん。

 貴方達の息子は、異世界で犯罪者になりました。

 また会えたら、真っ先に謝ります。


 俺は心の中で涙を流し、どうせ捕まるならと退店するドールの後ろ姿を見ながら、あの時の光景を思い返しながら妄想に耽った。




 ◆




 夜、約束の時。


「よお」

「はやい」


 ギルドの前で待っていたら、ドールが現れる。

 俺は晴れやかな気分で彼女を待っていた。

 もう、思い残す事は何も無い。


「移動するのか?」

「こっち」


 彼女に先導され着いたのは、空き地。

 枯れた草木が哀愁を漂わせている。

 およそ王都とは思えない所だった。


「王都にこんな所があったのか」

「ここは裏の住民達の世界」

「スラム街みたいな所か」


 どこの世界にも『弾かれた』人間は居るようだ。

 人が社会を形成する以上、仕方のない事だが。

 こうして目の当たりにすると複雑だ。


 ただまあ、ここなら確かに人目につかない。

 私刑にはピッタリの場所だ。

 おまけに夜で視界も悪い。


 俺は全てを受け入れるかのように、両手を広げた。


「さあ、一思いにやってくれ」

「……何を?」


 ドールが首を傾げる。


「? 俺をぶっ飛ばすんじゃないのか?」

「私が? あり得ない、どうしてそんな事を」

「それは、俺があの時お前の何も着けてない下半身を目撃したから……」


 途端、彼女の頰が赤く染まった。

 妙な違和感を覚える。

 俺はなにか、勘違いをしているのでは?


「忘れるって言ったのに……」

「あ、いや、ちが! 忘れてたよ!? でも、その、ドールが怖い顔で『借りを返す』とか言うから」

「違う。あの時魔獣の注意を引いて助けてくれたから、そのお礼がしたかった」


 しゅん、と落ち込むドール。

 こんな時、女を食いまくってるイケメンならなんて声をかけて「いただきます」まで辿り着くんだ?

 分からないので俺なりの方法をとる。


「ご、ごめん、俺変な勘違いしちゃって、はは」

「……私も、誤解を招く言い方をした」

「ドールの気持ちは嬉しいけど、二人で協力してジュエルクローラーを倒したんだから、お礼とかはいいよ」


 どうだこれ、満点の解答だろ。


「でも、あなたに何かしてあげたい」

「ちょ、近っ!?」


 彼女が一歩近づく。

 互いのパーソナルスペースを超えていた。

 距離感の掴み方がおかしい。


 至近距離に迫る顔に見惚れる。

 白い肌に、知的な瞳。

 美人は三日で飽きるって、美人美少女に嫉妬した人が吹聴した嘘っぱちだと瞬間的に理解した。


 美少女に真剣な顔で「何かしてあげたい」なんて言われたら、もう……

 俺はつい、自分の欲望を口走ってしまった。


「キスしてください」

「え」


 パキンと、誰も氷魔法を唱えてないのに、何かが凍って固まった音が聞こえた。

 ドールは瞬きを繰り返した後、くるりと反転。

 そして短く呟いた。


「ふざけてるなら、帰る」

「じょ、じょじょ冗談だよ冗談!」


 やらかした。

 だからお前は童貞なんだと、もう一人の俺に呆れながら指摘される。


 だって、だって! キスしたかったし!

 何ならそれ以上の事を口にしなかったのを褒めてほしいくらいだと、自分に言い訳した。


 手に入りかけた果実が零れ落ちた事に絶望しながら、軌道修正できないかと試みる。


「本当は魔法を教えてほしかったんだ!」

「魔法?」

「ああ、実は俺低級魔法の適性しか無いんだ。でも、魔法使いの夢を諦めきれなくて……」

「やっぱり」


 勢いで低級魔法使いである事を明かしてしまったが、彼女は知っていたような雰囲気だ。


「知ってたのか?」

「使う魔法が低級魔法ばかり。流石に分かる」


 既に見抜かれていたようだ。

 なら、話は早い。

 魔法の師事を頼みたいのは本心でもあった。


「低級魔法について、自分なりに色々考えてたんだけど、一人じゃ限界があって……ドールさえよければ、一緒に研究を手伝ってほしい」

「それなら、問題無く請け負える」


 空気の悪さを払拭できてホッとする。

 それにシルバーランクの冒険者である彼女から魔法の指導を受ければ、何か変わるかもしれない。


 結果的に良い方向へ転んでよかった。


「魔法の練習なら、ここをそのまま使える」

「確かに、人の気配も建物も無い」

「早速明日から始める、いい?」

「もちろん! 頼むよ師匠!」

「……名前で呼んで」


 恥ずかしそうに俯くドール。

 今更だが、以前に比べ表情が柔らかくなり、口数も増えたような気がした。

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