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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第4章:「ありがとう」と「さようなら」
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118話・木村VSファウスト

 

 リフレイ王国対フェイルート王国。

 フェイルート王国の王である才上京児は、三連勝で試合を終わらせる為に初手からジョーカーを切った。


「ファウスト、分かってると思うが勝てよ」

「勝利そのものは問題無い。私が求めているのは、その内容だ」


 ファウストは自らの得物である槍を見つめる。

 一目見ただけなら優男風の彼には似合わない、黒と赤が入り混じった禍々しい配色。

 刃と棒部分の繋ぎ目には、充血した眼球を連想させる装飾が施されていた。


「出来る事なら、ヤノユウトと戦いたいものだ」

「ファウスト、誰が相手だろうと遊びすぎるなよ。それがお前の悪い癖だ」


 自分の勝利を信じて疑わないファウストに対し、騎士の兜のようなマスクを装着した男が忠告する。

 彼の名はアヴィス。


 ホワイトグリードランキング2位にして、実質的な組織のリーダーだ。

 その素顔を拝んだ事のある人物は殆どいない。


「君はいつも真面目だな、人生は楽しまないと損だろう?」

「仕事とプライベートを分けて考えろと言っている。そして今はまさに仕事中だ」


 息子に説教をする父親のようにアヴィスは言う。

 対してファウストはどこ吹く風だ。

 この光景は二人の間では日常茶飯事だったりする。


「茶番はその辺にして、もう行ってくれ」

「ではそのように」


 呆れたように告げる才上の声を聞いたファウストは、王者のように悠然とバトルフィールドへ進む。

 アヴィスはため息を吐きながら彼を見送った。


「おいファウスト! 一番手を譲ってやったんだ、秒で終わらせろ、秒で。お前もそう思うよな?」

「……」

「ちっ、マジで喋んねーのな、コイツ」


 青髪と鉄腕が特徴的な男はファウストに悪態を飛ばした後、隣で物言わず佇む少女に同調を求めたが、少女は無言を貫く。


 その様子を見て少女に話しかけても無駄と悟ったのか、鉄腕の男……リオン・ハントは控え室の奥の方に引っ込んで自らの機械仕掛けの腕の調整に勤しむ。


「……まあ、奴が負ける事は万が一にも無いか」


 リオンの言葉を無視して戦いに向かったファウストの背中を眺めながら、アヴィスは誰にも聞こえない声量でポツリと呟いた。


 彼の強さに対する、圧倒的な信頼。

 それはアヴィスだけでなく、この場の全員が持つ。

 何故なら彼は––––






 ◆






 ––––間近で見ると、ヤバイな。


 バトルフィールドの中央。

 木村は審判を挟んで対戦相手のファウストと相対していたが、生物としての本能が彼に訴えかけていた。


 この男とは戦うな。

 戦士として、生命体としてレベルが違う。

 今すぐ尻尾を巻いて逃げろ、でなければ。


 死ぬ。


 自らの本能と理性が下した結論に、木村は一つの疑問も抱く事はなかった。

 それはきっと真実だと、彼も理解していたから。


 だが……


「ほお、君が私を楽しませてくれるのかい?」

「……まあ、程々には」


 ここで背を向けるワケにはいかない。

 自分を信じて一番手を任せてくれた仲間達の為にも、木村は臆さずに眼前の脅威を迎え撃つ。


「同じ槍使いとして、多少の興味はあるが……正直、私はヤノユウトと戦いたかった」

「あんたも強気だな」

「気を悪くしたのならすまない、だが私は君の実力を一切把握してないからね。評価しようがない」

「それはどーも……なら」


 木村は槍を構え、殺気を飛ばす。

 殺気を当てられたファウストもまた、自前の槍を空中で一回転させてから両手に持つ。


 あっという間に一触即発の空気が完成した。


「今ここで、証明してやる。俺の強さを」

「それは楽しみだ、落胆させないでくれよ?」


 バチバチと両者の視線が交差する。

 今すぐにでも殺し合いが始まりそうだが、これはあくまでルールのある試合。


 審判が試合開始を告げるまで、互いに手を出す事は許されない。

 緊張に包まれる中、その時は訪れる。


「両者、準備はいいか!?」

「いつでも」

「同じく」

「よし……」


 スゥゥゥゥと、審判は息を吸い込む。


 右手を天に掲げ、肺に沢山の空気が注がれた瞬間。

 大きく目を見開き、勢いよく右手を下ろしながら試合開始の宣言をした。


「試合、開始いいいいいいいいい!」


 仕掛けたのは、木村。

 彼は槍の先端をファウストに向け六度、突いては引くを繰り返して攻撃した。


 狙いは頭部、首、心臓、顔面と急所ばかり。

 自分と相手の実力差を悟った木村は、得意な守りを捨て先手必勝で勝ちに行く戦法に切り替えた。


(本気を出される前に、倒す……!)


 毎日振り続けた木村の槍捌きは、まだまだ拙いながらもしっかりとターゲットを捉えている。

 ロマノフによる鬼の指導が、彼に力を与えていた。


 しかし、今回ばかりは相手が悪いとしか言えない。


「ふむ、基礎は出来ているようだね。上出来だ」

「なっ……!?」


 涼しい顔で立つファウスト。

 彼の体には傷一つ付いていなかった。

 その場から一歩も動いていないのに。


 否、それは少し違う。


 ファウストは確かに回避行動をとっていた。

 ただ必要最小限の動きすぎて、周りからは止まっていたとしか見えないだけ。


「くっ……! ならこれで……!」


 木村は一旦、バックステップで距離を取る。

 ファウストが動く様子は無い。

 横綱相撲のように木村の攻撃を受け切るようだ。


「岩石よ、敵を貫け『ロックブラスト』!」


 土属性の魔法を唱える木村。

 彼の周囲に大小様々な岩石が生成され、一斉にファウスト目掛けて射出された。


 ただ闇雲に射出したのでは無く、それぞれの岩石に緩急をつける工夫もされている。

 致命傷には程遠いが、その場から動かせる事くらいは……と、木村は考えていたが––––


「嘘、だろ……?」


 ファウストは槍を大きく振り回し、飛来する岩石を一つ残らず叩き伏せた。

 粉々に砕け散るロックブラスト。


 その様子を、木村は呆然としながら眺める。


 さっきから果敢に攻めているのは木村だ。

 なのにペースはファウストが握っている。

 両者の実力差は、悲しいくらいに開いていた。


「う、うおおおおおおおおっ!」

「木村! 早まるな!」


 優斗が突進する木村に声をかけるが当然届かない。

 デタラメに繰り出された槍撃が当たる筈も無く、ファウストは丁寧に捌いて逆に木村を仰け反らせた。


 そして、用は済んだとばかりに槍を横薙ぎに振るって木村の腹を捉え、そのまま押し出すようにフィールドの壁際まで吹き飛ばす。


「がっ……!」


 体の中の空気が強制的に排出され、言葉を吐き出す事すら出来ずに木村は飛ばされる。

 刃ではなく棒の部分で攻撃されたので切り傷は負ってないが、それが彼に精神的なダメージを与えた。


 手加減されているのは、誰の目にも明らか。


 力を見せると言いながら、結果はこのザマ。

 その事実に絶望した木村だが、落胆などする暇も無く壁に激突し、痛みと共に視界がグラつく。


「あ、が……!」


 僅かに吐血し、フィールドを血で汚す。

 その後木村はうつ伏せに倒れてしまう。

 決着はついたと、観客達は思った。


 ファウストもそう考えたのか、背を向けて自陣の控え室に戻ろうとする。

 木村の意識はまだあり、続けようと思えばまだ戦闘は続行できるが……王であるタイダルは、棄権を知らせる魔導具のスイッチを押すかどうか思案していた。


 試合は始まってまだ数分。

 だが実力の差は圧倒的。

 このまま続けても木村が勝利する未来がどうしても描けない……タイダルはそう考えていた。


 木村が弱いワケでは無い。

 ファウストが強すぎるのだ。

 その理由を、リフレイ王国は知っている。


「もう終わりか。ファウストの奴、遊んでいたな」


 試合を静観していたアヴィスが呟くと、彼らの雇用主である才上も口を開く。


「そうでないと、お前らを雇った意味がねえ。アイツは性格には難があるが、実力は本物のようだな」

「当然だ、奴は我らの中で最も強い男……ランキング1位の座についているのだから」


 ファウスト・デモンハート。

 その正体は、ホワイトグリードランキング1位。

 そして裏の世界で、彼は時折こう呼ばれていた。


 悪魔の心臓を奪った男、と。

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