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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第4章:「ありがとう」と「さようなら」
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117話・代表戦、開幕

 

 この日、ラックは異様な空気に包まれていた。

 老若男女問わず闘争心を刺激されているのか、道行く人々の顔色はまだかまだかと訴えている。


 アウトローな者達に至っては興奮が抑えきれず、あちこちで喧嘩が勃発し治安維持部隊が出動する事態にまで陥っていた。


 ……古来から奴隷同士の決闘が見世物にされていたように、戦いは人の注目を集める。

 それは日本だろうが異世界だろうが同じだ。


 しかもそれが、国の存亡を賭けた『戦争』であるなら尚の事……人はどうしてか、一度限りの舞台というものに強く惹かれるもの。


 血染めの決闘場は既に満員。

 立ち見の客も溢れんばかりに収容し、そのボルテージは秒レベルで上昇している。


 そんな爆発寸前の客の前に、縁がピンク色の胡散臭いサングラスをかけた男が現れた。

 彼は拡声器の魔導具を口元に持ちながら、叫ぶ。


「騒がしい紳士淑女の諸君! 前代未聞のブッ飛んだバトルを観戦する用意は出来てるかあ〜?」

「「「ウオオオオオオオッ!」」」

「オーケー! 野蛮な返事ありがとう! そんなお前らが俺は大好きだぜコンチクショウ!」


 観客の歓声で空気が震える。

 司会進行を名乗る男のマイクパフォーマンスは暫く続き、会場内を否が応でも湧かせた。


 その後は簡単なルール説明と今回の経緯を話す。

 完全にショーか何かの催しだったが、それがこの会場を借りる上での条件なので仕方ない。


 一方の俺は、微かな緊張を胸に残している。


 今日はいよいよ代表選当日。

 あと数十分もすれば一回戦が始まり、フェイルートとリフレイ、互いの戦士を一人ずつ送り出す。


「それでは、私達は戦士の控え室へ向かいます」


 ロマノフ団長が言う。


 今俺達が居るのはVIP席だ。

 通常の観客席よりも上の方に位置し、前面がガラス張りの個室なので快適に試合を観戦できる。


 対角線上にあるもう一つのVIP席には、リフレイ王国の面々が座していた。


「国の存亡がかかっているとは言え、一番大事なのは皆様の命です。危ないと思ったら、すぐに棄権を」

「大丈夫ですよ、イルザ様。命の危機があると判断したら、直ぐに僕が棄権を申し出るので」


 イルザ様とタイダル陛下がそれぞれ口を開く。

 代表戦のルールでは王が自国の戦士の戦闘続行を不可能と判断した場合、敗北を認めれば棄権できる。


 だからタイダル陛下も代表戦士と同じように、VIP席では無く控え室の方へ向かう。


「ご安心を。我らが必ずや勝利してみましょう」

「俺、頑張ります!」

「カカッ、オレは目の前の奴をぶっ飛ばすだけだ」

「大丈夫ですよ、王様と王妃様。私がサクッと勝ってきますから!」


 出場メンバーが意気込みを語る。

 安心出来るような、逆に不安になるような。

 しかしもう何を言っても試合は始まる。


 俺も何か言うべきか……と、悩んでいると、くいくいっと服の袖を引っ張られる。

 振り向くと、ルプスを抱えたシャリアが居た。


「シャリア? どうかしたのか?」

「ユウト様……約束、覚えていますか?」

「約束……ああ、勿論だよ」


 シャリアと初めて会った時。

 俺は彼女と、ある約束をした。

 代表戦で必ず勝利し、彼女の国を救うと。


「シャリアの国も、家族も、全部助けてみせる。だから応援してくれると嬉しいな」

「はい、ユウト様の勝利は私も信じています、ですが……無理はしないでください」


 シャリアは今にも泣きそうな顔をしながら続ける。


「イルザ様も言ってましたが、もし命に危険が及ぶようでしたら、迷わずに棄権してください」

「でも、そしたらシャリアの家族が」

「確かに家族は心配です、けど……今日まで一緒に暮らして、私、気づいたんです。ユウト様は、とても多くの人に慕われていて、心の支えになっている。そんな貴方に何かあったら……上手く言えませんが、それはきっと、とても良くない事です」


 強い子だと思った。

 乗っ取られた自分の国を優先して当然なのに、彼女は俺の事を心配してくれている。


 まだ幼いのに、他人を思いやる心があるのだ。

 これは……是が非でも勝たないとな。

 シャリアのような子を、泣かせたくない。


 勿論、出来る限り自分の命も優先する。

 その為の特訓もしてきたからな。

 俺はシャリアの頭にポンと手を置く。


「安心しろ、俺は死なない」

「ユウト様!」

「ルプスもシャリアを頼むな?」

「ワオン!」


 ルプスは吠えると、前足で俺の体に触れた。

 頑張れよ! と言われた気がする。


「ユウト」

「ユウト君」


 ああ、この二人とも話さないとな。

 彼女達が近付いて来ると同時に、賢いシャリアは気を使ってササッと側から離れた。


「どんな相手と戦うか分からないけど……ユウト君ならきっと勝てるわ」

「うん、ユウトは最高の勇者だから」

「二人とも……はは、今日は無茶するなとは言ってくれないのか?」


 戯けたように言ってみる。

 すると二人は変わらぬ様子で答えた。


「だって、私達が何を言っても結局は頑張りすぎちゃうのが、ユウト君でしょ?」

「だからもう、何も言わない。信じて待つ」


 揺らぎのない信頼を送られた。

 そんな風に思わせてしまったのは申し訳無いが、これで遠慮無く戦える。


「ありがとう、ドール、エストリア……じゃ、行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」

「がんばれ、ユウト」


 二人の婚約者にエールを貰いながら、仲間が待つ控え室まで向かった。






「こうして見ると、また雰囲気が違うな」


 バトルフィールドを眺めながらポツリと呟く。

 戦士の控え室は野球場のベンチのような作りになっていて、フィールドとは地続きだった。


 この控え室から毎回戦士を一人送り出し、出場しない戦士は観客と同じように試合を見届ける。

 ある意味VIP席以上に観戦を楽しめる場所だ。


「皆さん、オーダーを審判側に提出して来ました。もうすぐ試合が始まります」


 タイダル陛下が緊張した顔つきで告げる。

 オーダーとは出場する戦士の順番を記した用紙だ。

 いよいよ始まるってワケか……


「でも、本当にお前が一番最初でよかったのか? ––––木村」

「……」


 オーダーの最も上……つまり一回戦に出場する戦士の記入欄には、木村の名前が刻まれている。

 本人の強い希望により、彼が一回戦に選ばれた。


「チッ! オレが一番最初に暴れたかったのによぉ……キムラ、なンでオメエそんなやる気なんだよ、腹に悪りいモンでも食ったか?」


 ケルベロスは少々乱暴な言い方すぎるが、考えている事は俺も同じだった。

 木村はあまり我を出さないタイプだと思っていたから、一回戦の出場を強く主張した時は驚いた。


「別に大した理由じゃない、ただ……もし負けられない重要な場面に俺が回って来た時、皆んなは俺に安心して任せられるか?」

「それは……」


 確かに彼の実力はケルベロスやベリィーゼに比べると劣るかもしれないが、決して弱くは無い。

 本人にもそう言おうとしたが、木村は手で制した。


「卑屈な理由で一番目を志望したワケじゃない。相手がどの程度の実力なのか……勿論個人差はあるだろうけど、雰囲気とかを確かめる必要はある。俺にはそういう役割が似合うと、自分で思ったからだ」

「確かにタイショウは攻めよりも守りに重きを置いている、そう簡単にやられる男では無い」


 木村は自分なりの考えがあって、行動している。

 長く共に居たロマノフ団長もああ言っているし、これ以上は不躾だな。


 俺は木村に向けて右手の拳を突き出す。


「お前の想いは伝わったぞ、木村」

「矢野……ああ、任せてくれ」


 木村も自分の拳を突き出し、俺と重ねる。

 彼の拳は僅かに震えていた。

 しかし瞳は闘士に燃え、何がなんでも勝つという強い意志を宿している。


 これなら問題無いだろう。


「タイショウ、今までの修行の成果を見せてやれ」

「ロマノフさん……はい!」


 木村は立て掛けてあった自分の武器である槍を手に取り、バトルフィールドへ向けて歩き出す。

 時を同じくして、司会の男が一回戦の対戦カードをハイテンションに読み上げた。


「おーまたせしましたあ! リフレイ王国VSフェイルート王国! 一回戦目の対戦カードを発表しまあああああああす!」


 反対方向にあるリフレイ側のベンチに注目する。

 バトルフィールドにやって来たのは……


「まずはリフレイ王国側! なんとなんと、何かと世間を賑わすあの闇ギルドからの刺客! 甘いマスクに似合わない禍々しい槍を振るう謎の男! ファウスト・デモンハート! 対するリフレイ王国側の戦士はこれまた驚き! あの伝説の存在、異界の勇者の一人にして同じ槍使い! キムラ・タイショオオオオオオオオ!」


 観客が発狂に近い声音を張り上げる。

 リフレイ王国が一回戦に送り込んで来たのは、特別危険だと注意していた男……ファウストだった。


 気をつけろよ、木村……そいつは、普通じゃない。

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