113話・血染めの闘技場
「血染めの闘技場って、物騒な名前だよな」
歩きながら木村が呟く。
「最初は闘士が死ぬまで戦う『デスバトル』が売りだったみたいだからな。毎回闘士が死んで効率が悪いってんで、今は無くなったみたいだけど」
「クカカッ、良い趣味してんじゃねぇか」
現代日本の価値観を持つ俺と木村はデスバトルに対して忌避感を抱いたが、弱肉強食の世界で生きていたケルベロスにとってはそうでもないらしい。
「大体、オレらも似たような事をこれからするじゃねえか。今からビビってどうすんだ、オイ」
恐らく代表戦の事を言っているのだろう。
確かに試合では死ぬかもしれない。
それに敗北したらリフレイ王国の言いなりになり、事実上の死を意味している。
「いやまあ、それもそうだけどさ……」
「ケルベロス、お前は血気盛んすぎるんだよ」
「チキン野郎にはなりたくねーだけだオラァ!」
道端で叫ぶケルベロスを見て、木村が引いている。
二人とも、まともに話すのは今日が初めてだった。
なーんか相性悪そうなんだよなあ。
俺もケルベロスと相性が良いとは思ってないけど。
ただまあ強さに対しては真摯で、自分が認めた相手には割と真面目に接する。
性格が捻じ曲がっているのは確かだけどさ。
「お、アレ食ってみようぜ。なんか美味そうだ」
微妙な空気を払拭する為、屋台に目をつける。
ラックは何処もかしこも煌びやかで高貴なイメージがあったが、どうやら区画によって違うらしい。
俺達が今歩いている所は一般エリア。
平民でも金さえあれば遊べるところで、故に屋台や露天販売等も並んでいる。
もう一つのエリアは貴族専用で、キチンとした身分や服装をしてないと入る事すら出来ない。
血染めの闘技場は大きすぎて一般エリアと貴族エリア、双方の土地に建っている為か、どちらの客でも入って観戦する事が出来る。
最も、貴族達は所謂VIPルームで一般客とは離れた場所から観戦しているようだけど。
ここでも身分社会は徹底されていた。
ま、一般客からしても貴族に因縁でも付けられたら面倒だし、別々の方が気楽でいいか。
閑話休題。
俺は売っているモノが何なのか確かめる為に、屋台の店主に話しかけた。
見たところ何かの肉を串焼きにしてるようだが。
「すいません、コレって何ですか?」
「お、興味あるのか? こいつはチキンフィッシュの肉だ。魚だが鶏肉に似た味と食感がするぜ」
「へえ。それじゃ、試しに一つ」
「まいど! 一本五百ヴィナスだ!」
金を払って串焼きを受け取る。
匂いは完全に焼き魚だ。
味付けはシンプルに塩だけのようだが、さて……
「あむっ……ん!」
美味い。
パリッとした表面に対し、中はジューシー。
鶏肉とにている、と言うよりほぼ鶏肉だった。
味付けも素材の味を活かす塩のみだけあって食べやすく、あっという間に平らげてしまう。
それを見ていた木村も食欲を刺激されたのか、ポケットから五百ヴィナスを取り出して串焼きを買った。
「うお、美味いなこれ」
「だろ? ケルベロスも食わないか?」
じーっと串焼きを見つめるケルベロス。
明らかに興味を示していたが、彼は呟く。
「……金がねえンだよ」
「何だよ、それならほら」
木村が再び五百ヴィナスを払い、串焼きを買う。
彼は新たな串焼きをケルベロスに差し出した。
「……何のマネだ?」
「食いたいんだろ? あ、代金は後で貰うからな」
「……」
パシッと、無言で串焼きを奪い取るケルベロス。
そして物凄い勢いでチキンフィッシュを平らげた。
いや、どんだけ食いたかったんだよ。
「な、美味いだろ?」
「ハッ、まあまあ美味かったな!」
「どっちだよ……ま、いいか」
その後俺達は血染めの闘技場に着くまでの間、色々と買い食いしながら話し合った。
あれは美味い、これはイマイチだった等。
何でもない、それこそ男子高校生のような会話。
気づけば木村とケルベロスの間にあった壁も多少は綻び、話すくらいなら普通に出来ていた。
◆
「おーおー、やってんなー」
腹を満たした俺達は、ようやく本来の目的である血染めの闘技場へと来ていた。
闘技場はドーム状の建物で、中央に土で出来た円形の大きなフィールドがある。
観客席も円を描くようにあり、今この瞬間にも観客達は叫び声を上げながら試合を見届けていた。
その熱気は激しく、試合が行われているフィールドに近ければ近いほど客の必死さも増している。
行った事ないけど、日本の競馬場とかもこんな雰囲気なのだろうか?
「ラックの雰囲気とも、またなんか違うな」
「カカッ、欲に駆られたニンゲンの匂いがプンプンするぜぇ」
目前で繰り広げられている試合を見下ろす。
今闘っている二人は両方とも筋肉質の巨漢で、同じ剣と盾を装備している。
純粋な技比べ、力比べとなっていた。
どちらがダメージを負っても悲鳴と歓喜の声が聴こえてくるので、両者の実力は拮抗しているのだろう。
「うっしゃー! やれー! ぶっ殺せー!」
嵐のような声音が跋扈する中、聞き覚えのある声が一瞬だけ聴こえた。
まさか……と思いつつ、耳に魔力を集中して聴力の強化を試みる。
く……雑音が酷い!
聴力の強化は初めてやったが、想像以上にキツイ。
普段は聴こえない音も拾ってしまうので、結果的に特定の音を探すのが難しくなってしまう。
それでも耳を澄まし、先程の声を探す。
「ああっ!? やばいやばいやばい! 私アンタに手持ちのお金全部つぎ込んだんだけど!?」
……そっちか。
聞き覚えのある人物の声が聴こえる方向へ進む。
目を凝らして探すと、直ぐに見つかる。
彼女は観客先に座りながら拳を突き上げ、他の客と同じように叫んでいた。
「––––こんな所で何やってんだよ、ベリィーゼ」
「あ!? 今ちょっと忙しいからまたあと……へ? 優斗!?」
俺の顔を見て驚愕するベリィーゼ。
輝く銀髪に燃えるような赤色の瞳は健在だった。
ただ今の彼女はギャンブルに夢中のようで、直ぐに視線をドーム中央に戻したが––––
『試合終了! 勝者はジャルゴ!』
「ああああああああああああっ!? また負けたああああああああああああああああ!」
どうやら賭けた闘士が敗北したようで、結果を聴いた直後に泣き崩れてしまった。
そんな彼女を見ながら、思う。
人選、間違えたかなあ……
「あはは、ごめんごめん。ちょっとだけギャンブルに熱中しすぎちゃってさ」
あの様子はちょっとどころじゃないだろ……ストロさんと里長が見たら泣くぞ? と思ったが、話が進まなくなるので黙っておく。
「矢野、この子が……」
「ああ。久保安ベリィーゼだ」
「久保安……」
やはり木村は日本人だった先代勇者の子孫たる勇者の里の関係者に興味があるようだ。
一方のベリィーゼも、木村を上から下まで眺める。
「アンタは初めてね、名前は?」
「木村大将、一応勇者の一人だ」
「え、アンタも? あー、でも、前に優斗が勇者は複数いるって言ってたわね……」
木村が勇者と知り対応に困るベリィーゼ。
彼女も勇者を信仰しているが、俺以外の勇者と出会うのは初めてでどう接したらいいのか分からないのだろう……と、そんな雰囲気を感じ取ったのか木村は。
「俺は自分が勇者だとは思ってないから、普通にしてくれていいよ。実際、長い間勇者としては活動していなかったし」
「ほんと? ならそっちの方が楽だし、そーさせてもらうわ。私はベリィーゼ、よろしく!」
「おう、こっちこそよろしく頼む」
木村の柔軟な対応とベリィーゼの気楽な性格が上手く噛み合い、面倒な事にはならずに済んだ。
これが他の里出身の者ならまた違っただろうな。
そもそも先代の勇者は光助一人だけだった。
なんで今回は俺を含む沢山の少年少女が勇者に選ばれたのか……光助もその辺は知らなかったようだし。