112話・商業都市ラック
広野を駆ける馬車の一団。
先頭はロマノフ団長率いるフェイルート騎士団の精鋭達が先行し、国の金で雇った信頼できる冒険者達が馬車団の両脇を固めながら進む。
俺は馬車の一団の中央……最も大きく、豪華な装飾が施された王族専用馬車に乗っている。
乗客はタイダル陛下にイルザ様。
それから俺とドールだ。
エストリアは一つ後ろの馬車にシャリアとルプスと一緒に乗っている。
これから向かう商業都市ラックには、シャリアの国を襲ったリフレイ王国の面々も来るだろう。
彼女の不安を少しでも取り除く為、仲の良いエストリアとルプスには同じ場所に乗ってもらった。
フェイルート王国とリフレイ王国。
前代未聞の代表戦は、一週間後に行われる。
今日中には開催地となるラックに着く予定だ。
「いよいよですね、ユウト殿」
「はい、陛下。必ず勝ってみせます」
「頼もしい言葉です」
緊張した顔つきで陛下は言う。
敗北国は、勝利国に絶対服従を誓わされる。
最後のルール決めの会議で、そう決まったようだ。
そして、その時に陛下と才上が交わした『契約』。
「けど、この世界には便利なものがありますね。交わした契約を絶対に履行させる魔導具なんて」
血の契約書。
それが今回使われた魔導具。
この契約書に記された事に反した者は、耐え難い苦痛の後に全身から血を吹き出して命を落とす。
「私はそう便利なモノとは思いませんね」
「イルザ様? どうしてですか?」
「どんな力を持つ道具であれ、人が使う以上は必ずそこに悪意が潜みます。実際、血の契約書を悪用した犯罪は毎年起こりますから」
確かに彼女の言う事も一理ある。
記した契約内容を絶対に履行させる……つまり例え騙されていたとしても、自分の命がかかっている以上は解約も破る事も出来ない。
使い方を誤れば、文字通りに詰む。
地球の悪徳業者が知れば、夢のようなアイテムだとさぞ喜ぶだろう。
「ですが、今回のような国家規模の約束事に関しては非常に有用です。勿論負けたら全て終わりですが」
「丁度良い緊張感ですよ」
戯けながら言う。
明らかな空元気だったが、陛下もイルザ様もドールも、分かっているから何も言わなかった。
「……見えた」
そんな空気を変える為か、単に偶々か……ドールがヒョイっと窓の外を眺めながら呟く。
俺もつられて窓から顔を出して覗くと。
「おお、アレが」
ラックのシンボルである巨大な塔が見えた。
螺旋状に空へと伸びる、煌びやかな黄金色。
景観以外に特に何の役割も無いその塔は、富で溢れる商業都市をよく表していた。
決められた名前も無く、現地人からは適当に『ラックタワー』だの『黄金塔』だの言われているとか。
緩くいい加減、だけど金のやり取りには敏感。
ラックの住民はそんな者達ばかりらしい。
それが良いのか悪いのか、余所者の俺には分からないが……少なくともこうして各国から人が集まり、経済の中心として成功を収めていた。
「まさかこんな形で来る事になるとはなあ」
以前は聖剣探しの旅のついでに寄ろうとしていたが、ユナオンで暗殺者と遭遇した為予定を早め、ラックには行かず勇者の里へ直行したっけ。
そんな前の事でも無いが、こっちの世界に来てからとにかく毎日が濃く……もうずっと昔の出来事のように思えてしまった。
◆
「やあやあやあ! よく来てくださりましたなフェイルート王国の皆様! ラック市民の代表として、心より感謝致します!」
「場所を借りるのはこちら側ですから、お気になさらず。それにしてもお久し振りです、オウル市長」
「いやはや、実に数年ぶりですね殿下……失礼、今ではもう立派な陛下でしたな!」
やたらとハイテンションな中年男性。
彼こそ商業都市ラック『六代目市長』のゴルルドン・オウル……現在のラックの支配者だ。
ラックに入都して早々、待ち構えていたオウル市長とその部下に連れられた俺達は、彼の所有する来賓館にて旅の疲れを癒していた。
「おっともうこんな時間ですか、今日のところはここでお暇させて頂きます。この館は好きに使って構いません、欲しいものがあれば遠慮無く使用人に。お金さえ払って頂ければ何でも揃えます……では!」
本当に忙しいのか、オウル市長は最後にそれだけ言ってから早足で来賓館を後にする。
残された俺達は暫くポツンとしていた。
「……嵐のような人でしたね、陛下」
「はい、昔一度会ったことがありましたが……良くも悪くも相変わらずで安心しました」
苦笑いを浮かべるタイダル陛下。
さてと、これからどうしようか。
荷物は既に各々の部屋に届けられている。
何せここは金と遊びの街だ。
やろうと思えば何でも出来る。
護衛の冒険者達は交代で遊びに行くようだし。
しかし、まずはやはり……
「皆んな、俺はこれから代表戦会場の下見に行くけど、一緒に行かないか?」
皆んなとは当然、代表戦出場メンバーだ。
「丁度俺も同じ事考えてたよ、行こうぜ」
「カカッ、しょうがねえから付き合ってやらあ」
「ふむ、本音を言えば同行したいが……私は騎士だ、陛下の側を離れる事は出来ん。すまんな」
ロマノフ団長だけが下見を辞退する。
因みにベリィーゼはもう既にラックへ来てるようだが、外出中のようで来賓館には居なかった。
まあ、夜になれば会えるだろう。
「私はちょっと疲れたから、部屋で休ませてもらおうかしら」
「私も、エストリア様と一緒に居たいです」
「……じゃあ、私も」
女性陣は来賓館に残るようだ。
ていうか、ここ一ヶ月の旅路でエストリアは随分とシャリアに懐かれているなあ。
「ルプス、お前はどうする?」
「ワオン……ワオ!」
ルプスはピョンっと跳ねて俺の胸に飛び込む。
落とさないよう抱きかかえる。
どうやら俺達と一緒に行きたいようだ。
「それじゃ陛下、行って来ます」
「はい、お気をつけて」
俺達主戦力が陛下の元を離れるのは少し心配したが、エストリアやドール、それにロマノフ団長率いる騎士や冒険者も居るので大丈夫だろう。
「ケルベロス、街の人に迷惑をかけたらだめよ?」
「アアッ!? ガキ扱いすんじゃねーよ!」
何かと荒っぽいケルベロスに対しエストリアが注意を促すが、当の本人は反抗期の中学生のように反発する……これは子供扱いされても仕方ないなあ。
「はあ……そういう態度が子供かしら」
「グ、グガアアアアアッ!」
指摘されて吠えるケルベロス。
自覚がある分、余計に反り返ってしまうのだろう。
俺も中学生の時は意味も無く母親に反抗的な態度をしていたから、気持ちは分かる。
「落ち着けって、ほら行くぞ?」
吠え続けるケルベロスを木村と二人掛かりで引っ張りながら歩き出す。
代表戦が行われる場所と建物は既に聞いてある。
そこは都市内に数ある娯楽場の中で、カジノと並び立つ人気を誇る巨大施設。
名を……『血染めの闘技場』。