109話・アルゴウス王国の姫
ズークを騎士団に突き出した翌日。
今日もエストリアは不在だった。
彼女なら心配する必要は無さそうだが。
心配するべきは市井の人々かもしれない。
世間は日に日に緊張が高まっている。
最初は代表戦が何なのか分かっていなかった国民もいたが、時が経てばそういう人も減少していく。
規模が小さいだけで、代表戦も戦争。
しかも敗北すれば国家そのものを奪われる。
どれだけ能天気な者でも不安を抱えるだろう。
同時に、よくない噂を耳にする機会も増えた。
例えば商人について。
通常の戦争が起こった場合、彼らは喜ぶ。
戦争の影響でモノが沢山売れるからだ。
しかし今回の戦争は少数精鋭同士の戦い。
必然的にそこまでモノは売れない……と言うか、国民への実害も限りなくゼロに近いので、戦争に備えて物資を備蓄する必要も無くなる。
要するに儲ける事が出来ないのだ。
大きな商会なんかはそれに腹を立て、裏で市民を扇動して代表戦の中止を求めているとか何とか。
商魂逞しいのは結構だが、少しは自重してほしい。
酷い者だとプラカードを掲げて『国の命運を簡単に決めるな!』とデモ活動をしているようだ。
言いたい事は分かるが、こちらにも事情がある。
リフレイ王国と我が国の圧倒的な軍事力の差。
それらを比べた場合、例えリフレイの思惑に乗る形になっても代表戦の方が勝利する可能性は高い。
まあ、商人にそんな事を言っても仕方ないけど。
ある意味、既に戦争は始まっていた。
相手が内側なのは悲しいけど。
と、憂鬱な気分に浸りながら紅茶を飲んでいると。
「今日はユウトにも、城に来てほしい」
普段と変わらない様子でドールが言う。
彼女は白シャツと黒のミニスカート、ここまでならいつもと変わりない服装だが……今日はなんと、タイツもストッキングも履いてない生脚だった。
いつもは布一枚に隔てられている純白の太ももは、特別な事は何もしてないのに艶めかしい。
控えに言ってエロかった。
食い入るように見つめていると、彼女は俺の視線に若干引きながら続ける。
「……会ってほしい人がいる」
「へえ、どんな人なんだ?」
「内緒」
澄ました顔でそう言われる。
はは、こいつめ。
でもまあ、可愛いからいっか!
そんなワケで昼頃にドールと城を訪れた。
そういえば、最近彼女はよく城に通っていたけど、会わせたい人と関係があるのだろうか?
なんて考えながら城の中を歩いていたが、最後に訪れた時よりも警備が厳重になっていた。
物々しい雰囲気は、代表戦を控えている事を考えればおかしくは無いが……
「ドール、一体何が起きているんだ?」
「客人を警護している」
「客人?」
「うん……着いた」
そこは来客用の部屋の一つ。
ドールは軽くノックしてから扉を開ける。
室内に居たのは人物は、二人。
「お久し振りです、ユウトさん」
「イルザ様……こちらこそ、久し振りです」
一人はドールの母親であるイルザ様。
長い青髪と落ち着いた雰囲気は変わってない。
最近は忙しくて彼女とも会っていなかった。
会わせたい人物とはイルザ様……では無いだろう。
わざわざ勿体ぶる必要も無いし。
となると、もう一人。
「……どなたですか?」
イルザ様の対面に座る少女が呟く。
年齢は十二歳前後くらい。
背は低く、体も小柄で華奢。
両肩が露出している以外は、概ね日本の巫女服と変わらない衣服を着用していた。
黒髪と赤目の組み合わせは攻撃的な印象を受けるも、彼女本人が纏う雰囲気は大和撫子のそれに近い。
「こちらの方は我が国の勇者、ヤノユウト様です」
「まあ! 貴方が!」
少女は満面の笑みを浮かべた。
子供にしか作れない、キラキラの笑顔。
見ているこっちにも元気が流れてくる。
「イルザ様、彼女は?」
「彼女は––––」
「ありがとうございます、イルザ様。けど大丈夫、私、きちんと自己紹介してみせます」
「……ふふ、ではお願いします」
黒髪の少女は立ち上がり、俺の前に立つ。
その様子をイルザ様は見守っていた。
「はじめまして。私はアルゴウス王国の第三王女、シャリア・アルゴウスと申します」
少女シャリアは最後まで言い合えると、拙いながらもぺこりと頭を下げて一礼した。
一方の俺は、少々驚いている。
高貴な身分の子だとは思っていたが、まさかあのアルゴウス王国の姫だとは予想出来なかった。
道理で警備が厳重な筈だと納得する。
巫女服に似た衣服も、アルゴウス人なら納得する。
あそこは昔の日本の文化と酷似していた。
文化の大元は鎖国中のカゲヌイとやらそうだけど。
「丁寧な自己紹介、ありがとう。イルザ様の言う通り、俺は勇者のユウトだ。気軽にユウトって呼んでくれて構わないよ」
改めて名乗りながら、友好の握手を申し込む。
相手はまだ子供なので、いつもより気持ち優しげな感じで接する。
「そんな、私のような子供相手に……」
「年齢は関係ないよ」
「そうなのですか? なら……よろしくお願いします、ユウト様」
シャリアは恐る恐る俺の手を取る。
けど直ぐに俺が敵対者では無いと分かったのか……優しく握り返してくれた。
その後四人で丸いテーブルを囲む。
さて、今日のこの集まりは何の為に……と俺が言う前に、ドールが口を開いた。
「シャリア様は、アルゴウス王国から逃げて来た」
「え、一人で?」
彼女の言葉に驚く。
アルゴウスとフェイルートがどの程度離れているかは知らないが、仮に近いとしてもお姫様が一人で国と国を行き来するのは難しいと思われるが。
「その辺りの事も、今お聞きしていたのですよ」
「ええ。ユウトさん、聞いてくださいますか?」
「勿論」
まず、既にシャリアが話した情報を、イルザ様が分かりやすく纏めて話してくれた。
ドールと一緒になって聞く。
「リフレイ王国が主張する、真偽不明の魔法兵器についてですが……陛下の予想通り、虚言の可能性が高いと思います」
「何故ですか?」
「シャリア様によりますと、リフレイがアルゴウスに攻め込んだ日……突如大きな音と眩い光が発生し、その直後に各地で破壊活動が行われたようなのです」
「確かに奇妙ですね」
主に、タイミングの面で。
音と光で油断を誘い、潜ませていた別働隊を動かして破壊活動を開始する。
音と光の後に街が破壊された……これだけなら、魔法兵器の成果ですと言われても疑わない。
しかもシャリアによれば、街を破壊し城に攻め込んで来たのは白い服の集団だと言う。
明らかにホワイトグリードの仕業だった。
「城を占拠し、王族を捕まえれば国を盗ったも同然。リフレイは直ぐにアルゴウスの国境を封鎖。各地域との行き来も制限して、情報操作をしていたようです」
「それが全て、存在しない魔法兵器を作り出す為の布石……やっぱり侮れない」
ドールが冷や汗を流しながら言う。
俺も同じ気持ちだった。
そこまで計算してアルゴウスを狙うなんて……
「城の中にも突然白い服を着た人達が現れて大変でした……ですが私を助けてくれたのも、同じく白い服を着た人だったと思います」
「え? どういう事だシャリア?」
「実は……」
そこから先はシャリアの脱出劇の話になる。
ホワイトグリードの手で使用人や兵士が次々と殺される中、シャリアは専属の使用人と逸れてしまい一人で逃げ回っていたと言う。
「けど、逃げ回っていたらある人が助けてくれました。十代前半くらいで、紫色の髪をした女性です」
紫色の髪。
なんか、何処かで見覚えがあるような。
尚もシャリアは続ける。
「その人について行ったら、城の外に出れて……眠らされました。そして目が覚めたら、フェイルートの城の近くに倒れてて……偶々お会いした事のあるイルザ様に見つけてもらって、今に至ります」
「そんな事が……」
シャリアの説明は分かりやすかったが、彼女を助けた人物は何故そんな事をしたのか等、細部に関しては謎が残るばかりだ。
「でも、命が助かって良かった」
「ドール様……」
ドールがシャリアに微笑む。
最近ドールが忙しそうにしていたのは、同じ王族で年の近い同性、という事でシャリアの話し相手を務めていたからだと本人が言う。
目覚めた直後のシャリアは錯乱が激しく、まともな会話すらも危うい状態だったとか。
まあでも、仕方ないよな。
突然城が襲撃されたかと思えば、その襲撃者の仲間に助けられて国外に連れてこられた。
彼女の年齢だと現実を受け止めるのに時を要する。
「私、母上や父上が……国民が心配です」
シャリアは縋るような目で俺を見ながら言う。
「お願いします、ユウト様。フェイルートまでリフレイの手に落ちたら、三大国家全てが悪い意味で統一されてしまいます。此度の代表戦、どうか勝利してください……!」
彼女は勢いよく頭を下げる。
勢いが良すぎてテーブルに頭をぶつけていた。
少女の精一杯の願い。
応えてあげなければ、何が勇者だ。
「ああ、任せろ。元より勝つ事しか考えてない!」
「ユウト様……!」
「だからシャリアも、安心してくれ」
ぶつけた箇所を撫でながら言う。
ドールにジト目を向けられるが、流石に年相応のリアル幼女に手を出すつもりは無いから……
今日より新作『シークレットスキル【復活】から始まる英雄譚』の投稿を開始しました。
日曜朝に放送している某特撮作品をモチーフにした主人公が異世界で人助けをする物語です。
https://ncode.syosetu.com/n5337gp/
↓の方にもリンクあります。
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