108話・ゴミ掃除
代表戦のメンバーが決まった日の翌日。
俺は木村を連れて、ある貴族の領地を訪れていた。
一枚の用紙を懐に入れながら。
「悪いな、木村。こんなのに付き合わせて」
「荒事になるかもしれないんだろ? 特訓の成果を試すのに丁度良いから、気にしないでくれ」
持っている槍の先端を眺めながら木村は言う。
彼の武器は真紅に染まった槍だった。
昨日の模擬戦でも上手く使いこなしていたと思う。
「けど、何で俺なんだ? 矢野には可愛い婚約者が二人もいるじゃないか」
「それが二人とも忙しそうでな……ドールは客人が来たとかで王城に呼ばれて、エストリアは昨日から帰って来てない」
「まあ、世間はすっかり戦争ムードだからな……騎士団の雰囲気もピリピリしてたよ」
木村は普段、騎士団の仕事を手伝っている。
友人も何人か出来たそうだが、ここ最近はリフレイ王国の話題で持ちきりだと言う。
「一ヶ月後には全部決まるからな……だから、片付けられる事は先に片付けておきたい」
「そういえば、今日って何するんだ?」
「ちょっと厄介なゴミ掃除だ……お、着いたぞ」
二人揃って歩みを止める。
視線の先にあるのは煌びやかな豪邸。
当然、この他の領主の物だ。
「実はあの屋敷の持ち主にはある容疑がかかっていてな、今日はそいつを捕まえて連行する」
俺は王家の紋章が入った用紙を木村に見せる。
それはタイダル陛下直筆の告発書だった。
数々の不正がこれでもかと書いてある。
「うわ、酷いな……街の規模の割にはデカすぎる家だとは思ったけど、これだけ悪どい方法で稼いでいるなら納得するよ」
「しかも数日前に手紙で出頭するよう通告したのに、今日まで無視を貫いている確信犯だ」
普通に騎士団を派遣しても良かったが、この貴族……ルージャン・ズークは俺に暗殺者を送り込んだ阿呆でもあるので、自分の手で捕まえたかった。
「じゃあ、荒事になるかもってのは」
「俺達に捕まれば投獄&爵位の剥奪が待っているからな……ズークは抵抗するだろうよ」
恐らく奴の私兵との戦闘になる。
とは言え所詮は伯爵家レベルの私兵。
俺一人で難無く対処出来るだろうが、念には念をって事で木村を連れて来た。
「そういう事なら任せてくれ」
「代表戦もあるし、無理はしなくていいからな。まあ、無理をするような事態にはならないと思うが」
言いながらズーク邸の門の前に立つと、早速門番と思しき連中がやって来る。
数は十人以上と多く、全員盾と槍で武装していた。
明らかに過剰な警備に目眩がする。
これでは何者からか狙われる、後ろめたい事をやっていますと公言しているようなものだ。
「止まれ! ここから先はズーク伯爵のお屋敷だ! 貴様らのような平民が来ていい場所では無い!」
門番の一人が声高に叫ぶ。
「悪いけど通してくれ、お前らじゃ話にならない」
「何だと……貴様っ」
「ほら、これでもか?」
「っ!?」
こちらを取り押さえようとしてきた門番達に王家の紋章が刻まれたペンダントを見せつけると、彼らはピタリと動きを止めて目を見開いた。
これほんと便利だよなあ……権力、偉大。
「お、王家の紋章……」
「そうだ。コレを持っている俺に逆らうのは、陛下に逆らうのと等しいぞ」
「う……!」
「矢野、セリフが小悪党っぽいぞ」
「し、仕方ないだろっ、事実なんだから!」
木村が苦笑いを浮かべながら言う。
いや、俺もそう思うけどさ。
この方法がズークと会うには一番手っ取り早い。
……そう、思っていたのだが。
「ダメだ」
「は?」
「ズーク伯爵より、例え陛下であってもこの先へ通すなと我々は命令されている……去れ!」
なんと門番は拒み続けた。
王家の紋章を見ても。
どういう事だ……?
「偽物だと思っているのか? お前らも王家の紋章を偽るのは大罪なの、知っているだろ」
「黙れ!」
俺と木村は門番達に囲まれる。
彼らはまるで聞く耳を持っていなかった。
仕方ない……
「木村、強行突破するぞ」
「分かった、ならこの魔法だ……!」
木村は地面に槍を突き立て、詠唱を始める。
「作り出すは大地の亀裂『トラップホール』!」
「うわあっ!?」
彼が詠唱を終えた直後、突如門番達の足元に亀裂が走り、人一人が収まるサイズの穴が出来た。
穴の上に立っていた門番達は足場を失い、当然のように落下して姿を消す。
彼らの声が穴の奥底から聴こえるので、そこまで深い穴のようでは無さそうだ。
「落とし穴を作る魔法か」
「ああ。ロマノフさんなんかは穴が発生する前に察知して避けられるけど、コイツら相手なら通用する」
木村は土属性の魔法が得意なのかもしれない。
そんな彼のおかげであっさりと門番を退けた俺達は、堂々とズーク邸の中に入って行った。
◆
「侵入者だ! 捕らぶはあっ!?」
「はいはい、ちょっとだけ気絶しててくれよー?」
ズークの私兵を殴り飛ばして気絶させる。
強引に押し入ったはいいものの、屋敷内にも沢山の私兵が居て少々手こずっていた。
ていうかこれだけの厳重な警備、まるで何者かに強襲されるのを見越しているかのようだ。
自覚があるのなら、さっさと自首してほしい。
「フェイルート流槍術・乱れ花火! ふぅ……あの扉の先がズークの私室だっけ?」
木村が槍術で私兵を吹き飛ばしながら言う。
「さっき使用人から聞き出した情報が確かならな。まあ、逃げてる可能性もあるけど」
「俺の土人形で屋敷を包囲しているから、大丈夫だろ。それにここまで最速で来たし」
屋敷に突入した段階で、木村は土属性の上級魔法『アースゴーレム』を唱えていた。
土や石などで生成するゴーレムで、エストリアの扱うゴーレムに比べ質は遥かに劣るものの、その分一瞬で大量に作り出せる利点があった。
そのゴーレム達に屋敷を包囲させている。
ズークの私室の窓からも見えている事だろう。
自宅を取り囲まれるってどんな気分なんだろ。
「それじゃ、行くぞ」
「おう」
扉は施錠されていたので、蹴破って開けた。
室内に居たのは小太りのおっさん。
着ている衣服だけが豪華なのでアンバランスだ。
「お前がルージャン・ズークだな?」
「き、貴様ら、一体何者だ……!?」
「先日、お前に暗殺者を送り込まれた勇者だよ」
「なっ……!」
俺はズークに告発書を見せつけた。
「コレはお前の悪事の証拠が載っている告発書だ。しかも発行元は王家……意味、分かるよな?」
「し、知らん! 私は何も関与していない!」
言うと、ズークは壁に飾ってあった杖を取る。
「王家を偽る不届き者め! 今ここで処刑してくれる!」
「矢野、アイツ頭おかしいのか?」
「現実を受け入れられないんだろ」
妄言を喚き散らすズーク。
どうしても自らの罪を認めたくないようだが……俺の役目は奴を捕縛して、騎士団に突き出すだけだ。
言い訳は牢獄の中でたっぷりとすればいい。
「敵を射貫け『フレイムアロー』!」
「大地よ壁となれ『アースウォール』!」
ズークは魔法を唱え火の矢を撃ち出すが、即座に木村が土の壁を生成して防いだ。
俺は土の壁を飛び越え、ズークの目前に立つ。
「どうして俺に暗殺者を差し向けた?」
「う、ぐ」
「答えろ」
「がはあっ……! あ、ぐ……!」
ズークの頭を掴み、床へ叩きつける。
そのまま押し潰しながら尋問をした。
やがて観念したかのように、ズークは呟く。
「き、気に入らないからだ……!」
「気に入らない? 俺の何が?」
「全てだ! 勇者など我らの管理下に置き、好きに使えばいいものを……あの若造は……!」
若造とは陛下の事だろう。
つまり、こいつは俺と陛下に嫉妬し、嫌がらせのように暗殺者を送ったと。
……くだらえねえ。
「お前、どうしようもないクズだな」
「な、何とでも言え! 隠れているだけで、私と同じ思想の貴族は他にも……! 今に見ていろ!」
「負け犬の遠吠え、ありがとさん。残された僅かな人生、せいぜい牢獄で楽しんでくれ」
「き、貴様あ……!」
「『スパーク』」
「あがああああああっ!?」
電流を流し、荒めに気絶させた。
「これでよし、と」
「なんか災難だったな、こんな奴に絡まれるなんて。しかもまだまたいるっぽいし」
木村が同情の目をしながら言う。
成り上がりと新参者が嫌われるのは、世界が違えど共通なのは悲しいなあ。
「ま、直接何かしてこなけりゃどーでもいい。そんな小物より、今は才上の方が遥かに問題だ」
「それもそうだな」
その後、俺達は王都に戻ってズークを引き渡した。
ズークが統治していた領地は後任が決まるまで国が管理する事になり、悪政に苦しんでいた領民達は喜び、俺と陛下の人気が上がった。
ズークは後日処刑されたが……まあ、悪い事はするもんじゃないな。