107話・二刀流の剣士
「ロマノフ団長、騎士団員の中でホワイトグリードに対抗できそうな騎士は貴方以外にいますか?」
「うーむ……毎日俺が鍛えているが、残念ながら奴らと渡り合う程の実力は無いな」
やはりロマノフ団長クラスの騎士は居ないようだ。
勿論、騎士団員も日々訓練に励んでいる。
しかしリフレイ王国が代表戦に送り込んでくる奴らは、きっと普通じゃない。
「実力者を探しているのなら、騎士では無いがダブレイドはどうだ?」
「ダブレイド?」
聞いた事のある名前だ。
はて……何処で聞いたのやら。
記憶を探るが、中々思い出せない。
「シルバーランクの冒険者で、二刀流のダブレイドという通り名で有名だった筈だ」
「……ああっ! 思い出した!」
二刀流のダブレイド。
魔獣の大軍勢がフェイルートを襲った時、萎縮していた冒険者達に発破をかけていた人物だ。
戦場での活躍も、俺は知っている。
鮮やかな剣術で沢山の魔獣を倒していた。
確かに彼の実力なら申し分ない。
「なんだユウト、お前も知り合いか?」
「いえ、ギルドで見た事があるだけです。ロマノフ団長は彼と知り合いなんです?」
「知り合いと言うより、教え子だ。アイツは元々騎士で、俺の部下だったからな」
意外な繋がりに驚く。
ダブレイドは五年くらい前に騎士団を脱退し、冒険者として活動を始めたとロマノフ団長は言う。
道理で荒くれ者が多い冒険者の中で小綺麗な筈だ。
演説が上手かったのも、騎士時代に部下を率いた経験があったからかもしれない。
「なにかと自由な男でな、国を愛してはいるが規則の多い騎士団は肌に合わないと言って脱退したんだ」
「そんな事が」
「ああ、だからきっと力を貸してくれる筈だ」
良い情報を手に入れる事が出来た。
冒険者というのは盲点だったな。
一応俺もまだ冒険者だけど、完全に忘れていた。
「これからギルドに行って彼を探してみます、今日はありがとうございました」
「おう、気をつけてな。よしタイショウ! 俺達は代表戦に向けてトレーニングだ!」
「望むところです!」
俺は再び模擬戦を始めた師弟コンビを背に、冒険者ギルドへ向かう為歩き出した。
ついでに黒色冠へ行って店長の顔を見に行こう。
◆
一時間も経たない内にギルドへ到着する。
懐かしい……と言える程入り浸っては無いが、ドールと出会った思い出の場所と考えると感慨深い。
中へ入るが、相変わらず騒がしくて逆に安心した。
冒険者達は昼間から酒を飲み、隙あらば乱闘……うーん、やっぱあんまり好きじゃねえなここ。
今の立場が無ければ、冒険者として一生を過ごしていたかとしれないと考えると恐ろしい。
あの荒くれ者達を相手に年中冒険なんて無理だ。
なんて事を考えつつ、ダブレイドを探す。
しかしその姿は一向に見つからない。
もう依頼を受けた後かもしれないな。
受付嬢に聞いてみよう、と思った瞬間。
不意に背後から声をかけられる。
振り向くと見覚えのある顔が三つ並んでいた。
「よお、あん時は世話んなったなあ、ガキ」
「……誰だっけ?」
「テメェ! 忘れたとは言わせねえぞ!」
目前の厳つい男は怒鳴り散らかす。
一方、残りの二人はいつのまにかギルドの隅っこへ隠れるように移動していた。
「へへ、俺は今じゃシルバーランク手前の可能性があると言われるくれえに成長したんだ。もうお前みたいなガキには負けねえ……!」
手前の可能性って、随分と遠回りだな。
と、そこで俺はようやく思い出す。
コイツ、以前俺に絡んできた冒険者だ。
路地裏へ連れて行かれたけど、その時の俺は既に自分の特異性を理解していていたから、あっさり返り討ちにした……と、思う。
朧げだけど、多分そんな感じ。
で、コイツは偶々ギルドを訪れていた俺を見つけて、良い機会だと報復に来た……と。
「あー、お前な。うんうん、思い出したよ」
「だったら話は早え……ここで死にやがれ!」
厳つい男は腰に付けていたナイフを鞘から抜き、一切の戸惑い無く俺に向かって振り下ろす。
おいおい、ここギルド内だぞ?
仮に勝利したとしても、奴には処罰が待っている。
最低でも謹慎、最悪でギルド除名。
まあ、奴の勝利なんて万が一にも無いけどさ。
「よっと」
「っいでででで!?」
パシッ! と厳つい男の手首を掴む。
そのまま捻り上げてナイフを落とさせた。
以前どうこの男を制圧したかまでは覚えてないが、今の俺にとってこんな奴は脅威でも何でも無い。
刃物を持とうが子供の悪ふざけでしかなかった。
さてどうしようかな……と、思案していたら、何やら周りが段々騒つく。
ちょっとした喧嘩ならまだしも、刃物を持ち出して暴れていたらそりゃ目立つよな。
あー、面倒……
「ぐ、ぎぎぎ……離し、やがれ……!」
「いいけど、俺の前から消えてくれる?」
「ざけんな……! ぜってー殺す!」
ここで嘘でも「消え去る」と言えない時点で、コイツの底は知れていた。
去ったフリをして闇討ちする手段もあるのに。
何もかもが感情任せで中途半端。
人間、そうなったらおしまいだ。
こうはなりたくないと厳つい男を見下ろす。
そもそも……コイツ、俺が勇者って知らないのか?
ああでも、ヤノユウトって名前は広まっても、俺の顔まではまだ浸透してないか。
前にドールも言っていたけど、顔と名前を認知させるって結構重要な事なのかも。
この手の輩に絡まられる事も減るだろうし。
「悪い、眠ってくれ……『スパーク』」
「あがががががががっ!?」
最大限に電圧を弱めたスパーク。
厳つい男は直ぐに白目を剥いて気絶した。
俺は近くにいたギルド職員を捕まえ、事情を話して厳つい男を地下室に軟禁するよう頼む。
ギルドには問題行動を起こした冒険者を一時的に捕らえる地下室があった。
厳つい男にはそこへ行ってもらう事にする。
「は、はい、かしこまりました」
「ああ、それから……ダブレイドって冒険者、今何処に居るか知ってます?」
––––数時間後。
俺は再びギルドに訪れていた。
職員から聞いた話だと、ダブレイドは依頼を受けていたようだが……そろそろ帰って来る頃だろう。
「お、来たきた」
背中に背負った二本の剣。
長髪を一つに束ねた髪に、青い瞳。
整った顔立ちは数多の女性冒険者を魅了する。
彼を間近で見るのは二度目だった。
ダブレイドはパーティーメンバーと談笑しながらギルドに入って来る。
俺はタイミングを見計らって、話しかけた。
「すみません、シルバーランク冒険者のダブレイドさんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「少しお話しよろしいでしょうか?」
俺はダブレイドだけに見えるよう、チラリと王家の紋章が入ったペンダントを取り出した。
ペンダントを見て顔色を変えたダブレイドは「場所を変えよう」とだけ言い、仲間に一言二言告げてからギルドの二階へ上がる。
二階は一階と違って幾つかの小部屋に別れており、その内の一つに二人で入った。
「ここはシルバーランク以上の冒険者だけが使える個室だ。防音魔法が施されているから、秘密の話をするにはうってつけさ」
「成る程、流石はシルバーランクですね」
「なに、勇者の君程では無い」
どうやら彼は俺が勇者だと知っているようだ。
「ここでは同じ、ただの冒険者だ。誰も聞いてないし、楽に話さないか?」
「……そういう事なら、分かった」
「それで、要件は?」
「実は––––」
俺はこれまでの経緯をダブレイドに話す。
と言っても代表戦の話は既に公になっているから、口にしたのは俺がメンバー集めを任されている件とロマノフ団長からダブレイドを紹介された事くらいだ。
彼は全てを聞き終えてから口を開いた。
「君はロマノフ団長と仲が良いようだね」
「まあ、あの人には世話になったからな」
「俺も騎士時代はよく世話になったよ。なんて言うかな、騎士団員全員の父のような……とにかく器が大きくて、立派な人だ」
それだけ言って彼は立ち上がり、右手を差し出しながら力強く宣言した。
「俺の力、君に預けよう。リフレイ王国の行いは、見過ごせない蛮行だ」
「……いいのか?」
「勿論。共に戦おう、今代の勇者よ」
「こっちこそ、よろしくな」
俺も右手を出して、ダブレイドと握手をする。
これで代表戦に出場する五人が決まった。
あとは各々自分を鍛え上げ、当日に備える。
決戦まで、あと二ヶ月……