103話・リフレイの使者
「今日はよろしくお願いします、タイダル陛下」
「いえ、同行を頼んだのは僕ですから」
「けど本当に良かったんですか? 一人しか連れて行けない護衛が俺で」
「今この国で最も強く、信頼できる人物は貴方しかいませんよ」
リフレイ王国の宣戦布告から数日後。
俺とタイダル陛下は緊張を紛らわすかのように会話しながら、謁見の間へと向かっていた。
これから先の事を考えれば、どれだけ自らの心に平常心を訴えかけても気が休まる事は無いだろう。
何故なら俺と陛下が挑む『交渉』の結果次第で、死体の山が築き上げられるのだから。
「……それにしても、リフレイ王国の狙いもよく分かりませんね。あれだけ大胆にフェイルートを狙うと宣言したなら、直ぐに攻めて来ると身構えましたが」
「件の兵器にも、何か弱点があるのかもしれません。例えば一度使うと再装填に時間を要するとか」
一瞬にしてアルゴウスを攻め滅ぼしたリフレイ。
リフレイ曰く……戦の歴史を塗り替える、全く新しい魔法兵器を使って攻撃したらしい。
力を誇示するかのように、自ら宣伝していた。
そこがなーんか、怪しいんだよな。
過剰なまでに魔法兵器へ注目を集めさせている。
俺はアルゴウスを滅ぼした魔法兵器の存在はフェイクかもしれないと考えているが、もし真実だった場合に負うリスクが高すぎるので何かしらの対策は必要だ。
つまりはこの先の来賓室で行われる、リフレイ王国の使者との『交渉』。
なんとリフレイ側から申し出たのだ。
一体何を考えているのか……
「そろそろ着きます、リフレイの使者はまだ到着してないようですが」
「全く、お飾りの王には荷が重すぎます」
「そうですか? 俺はその冠、よく似合っていると思いますけど」
そう言うと、タイダル陛下はクスリと笑う。
仕事中はいつも難しい顔をしている陛下だが、笑う時だけは年相応に若々しい表情をしていた。
「だとしたら、役目を全う出来てる証ですね」
「ええ、陛下はとても頑張ってますよ」
「ありがとうございます、ユウト殿。勇者の貴方に言われると、俄然やる気が出ます」
「はは、召喚された甲斐がありました。では」
軽口を言い合いながら、謁見の間へと入る。
陛下は空の玉座に向かって歩き、深呼吸してから座ってリフレイの使者を待つ。
俺はそんな陛下の右隣に立った。
交渉の条件として出されたのが、護衛の数の制限。
互いに一人だけを連れての交渉を使者は望んだ。
反発する者も多かったが、貴重な話し合いの場を蹴る事も躊躇われ……こうして場に挑んでいる。
相手の使者はどんな奴なのか。
興味を抱きながら待つ事数分。
大きな扉が開き、使者と護衛が謁見の間に入る。
入って来たのは黒髪の少年と銀髪の青年。
それだけなら、どうって事ない。
けど、俺は黒髪の少年を見て目を見開いた。
「……どうして」
「ユウト殿?」
疑問に思うと同時に警戒度を最大まで引き上げる。
「どうして……お前がここにいるんだ……っ! 才上、京児……!」
「……」
オールバックの黒髪に鋭い目つき。
漆黒のコートを羽織ったその少年の姿は、元の世界では光山に並ぶクラスの人気者。
常に成績優秀で、試験の点数はいつも一位。
勉強に不慣れな者がクラスに居たら手を差し伸べ、あっという間に成績を上げてしまう卓越した指導力。
教師受けも良い、真面目を絵に描いたような生徒。
魔法適性は特級だったと微かに記憶している。
それが俺の知る才上京児の全てだ。
そんな彼が何故、この場に?
いや……選択肢は二つしかない。
信じられないが、才上はリフレイ王国の使者、もしくはその護衛として来ている。
そうでないと、この場に居るワケ無いのだ。
「才上!」
「うるさいな、矢野。俺は今日、リフレイ王国の使者として来たんだ。同窓会なら他所でやれ」
「っ……!」
リフレイの使者。
才上は自らをそう称する。
その声は俺の知る彼の声と性質が違った。
冷たく、全てを拒絶するかのような声音。
クラスメイト全員を受け入れていた優しい面影は何処にも残っていなかった。
彼も他のクラスメイトのように、力を得て性格が変貌してしまったのか……?
だが、それにしては妙に落ち着いていた。
「では始めましょうか、フェイルート王」
「随分と尊大な態度ですね、リフレイの使者よ。まずは名乗るのが礼儀では?」
「失礼、忘れていました」
一国の王を前にしてこの態度。
才上は自分の方が立場は上だと言いたいようだ。
この世界なら今の応答だけで不敬罪と見なされ、首を切られてもおかしくないが––––
「キョウジ、用があるなら早く済ませたまえ。欠伸を我慢するのにも限界がある」
「お前は黙ってろ、話が進まなくなる」
銀髪の青年が気の抜けた声で言った。
恐らく、才上の護衛なんだろう。
一見頼りなさそうな人物だが……その奥で獰猛な闘争心が見え隠れしている。
あの男は、強い。
俺が今まで戦った誰よりも。
彼らに手を出そうものなら、次の瞬間には首を刎ねられている……そんなイメージを抱いてしまう程に。
「私は才上京児と申します。以前は貴国の世話になっていましたが……今はこの通り、リフレイ王国の一員として王に仕えています」
芝居掛かったお辞儀をする才上。
徹底的にこちらを舐めていた。
その自信の出所が知りたい。
「つまりは、貴方も異世界の勇者だと」
「そうなります」
「貴方がリフレイに仕える理由を聞いても?」
「……いいでしょう」
彼は意外にも素直に答えた。
「実は最近、リフレイでは革命が起きまして。今までの王は死に現在は新たな王が即位してます」
が、才上の口から語られるのは衝撃の事実。
リフレイでは革命が起き、以前とは違う王が統治している……なら今回戦争を仕掛けたのはそいつか。
「行く宛の無い私を、新たな王は拾ってくれたのです。その恩を返すため、私は使者として世界中を駆け回っています」
「……」
タイダル陛下は才上の話を黙って聞いていた。
一字一句逃さず、何かを観察するかのように。
一方、俺は何故か銀髪から視線を注がれていた。
静かだが鋭い目線。
刃物のようなオーラは、純粋な殺意とはまた違う……とにかく奇妙な雰囲気だ。
俺も負けじと睨み返す。
すると銀髪は微笑を浮かべた。
そして何を考えたのか、会話に割り込んでくる。
「失礼、少しいいかな?」
「ファウスト」
「頼むよキョウジ、君も知りたかった事だろう?」
彼は周りの空気を読まないタイプの人間のようだ。
ファウストと呼ばれた銀髪の青年は、真っ直ぐに俺を見据えながら次の言葉を吐く。
「君が最近噂になっている、フェイルート王国の新たな勇者……ヤノユウトかい?」
「ええ、そうですけど」
「そうか、やはりか。フフ……」
なんだコイツ。
俺の名前を聞いた途端、闘争心が漏れ始めた。
この場で暴れるつもりか……?
と、身構えていると。
「ファウスト、抑えろ」
「キョウジ……私はもう、限界だ。これ以上くだらない話し合いが続くなら、私は依頼を破棄する。ここでそこの彼と思う存分死合たいんだ、私は!」
「分かった、分かったから抑えろ」
才上がファウストを制す。
そしてタイダル陛下に向けて言った。
リフレイ王国の要求を。
「失礼、連れは我慢のできない男でして……単刀直入に言いましょう。フェイルート王、私は貴方に対し、無条件降伏を願います」
「それは……」
「降伏をしないのなら、直ぐにでも我らの魔法兵器で王都を攻撃します。それがリフレイ王の意思です」
「……」
ようやく分かった。
これは交渉じゃない……単なる脅迫だ。
強者が弱者に叩きつける、理不尽な命令。
降伏か、死か。
俺達は最初から、二者択一を迫られていた。




