101話・大騒ぎ
「……」
「優斗? 突然ボーッとしてどうしたの?」
「あ、いや……何でもない」
精神世界から現実に戻る。
俺は指先だけが聖剣に触れたまま立っていた。
時間の流れが違うのか、時は殆ど経過してない。
光助との会話は幻のようだった。
他人には知覚されない、俺だけが観測者の世界だったので、幻覚と言われてもあながち間違いではない。
けど、胸に宿る昂りが現実だったと教えてくれる。
光助から託された意志。
彼の想いは、しっかりと俺に受け継がれていた。
「おいおい、まだ迷宮内だぜ? 気い抜くには早すぎるぜ勇者サンよ」
「お前の言う通りだ。悪い、早く行こう」
「……本当に大丈夫か? テメェ……」
二人に余計な心配をかけさせてしまった。
精神世界で光助と会っていた事は……まあ、機会があったら話すとしよう。
「そういえば、出口って用意されているのか? 入って来た扉は毎回消えていたけど」
「大丈夫みたい、ほら」
ベリィーゼが言う。
彼女の視線の先には、一つの扉が。
どうやら新たに出現していたようだ。
しっかり帰り道も用意されていて安心する。
光助が作ったのなら、そこら辺も抜かりないか。
脳裏に浮かぶ、彼が最後に浮かべた笑顔。
会話をした時間はごく僅か。
その程度で他人を知るなんて事は出来ないが……少なくとも、勇者という大きな共通点を持つ俺達は、あの僅かな時間でも分かり合えたような気がした。
◆
新しい扉の先はなんと、親切にも試練の大迷宮の入り口と直接繋がっていた。
突如現れた俺達に待機していた里の住民達は驚愕したが、聖剣を掲げると目の色を変える。
そして俺は、仰々しく宣言した。
「試練の大迷宮は攻略した! これがその証だ!」
湧き上がる歓声。
狂ったような叫び声と大喝采。
空気が振動しているのが分かる。
「イェーイ! アンタ達見てるー?」
「クカカッ! 騒がしい連中だなあ、オイ!」
ベリィーゼとケルベロスはノリノリだった。
二人とも、こういう派手なの好きそうだもんな、
俺はどちらかと言えば苦手なので、乗り切れない。
それでも大勢から祝福されるとやはり嬉しかった。
でも、やっぱり祝われて一番嬉しい相手は……
「おかえり、ユウト」
「その様子を見る限り、無事みたいね。あとケルベロスも、お疲れさま」
「オレはついでかよ!?」
「ふふ、冗談よ」
人混みの中から、ドールとエストリアが現れる。
後ろにはストロさんと里長もいた。
ストロさんはベリィーゼの姿を見ると、真っ先に飛び出して彼女を抱きしめる。
「ちょ、ママ!?」
「っ……!」
「あーもう、恥ずかしいからやめ……ママ?」
抱擁を続けるストロさん。
彼女は静かに涙を流していた。
そして絞り出すように言う。
「本当に、無事で良かった……!
「……うん、何ともないよ、アタシ。ちゃんと優斗のサポートも出来たと思うし……」
「そうね、貴女は私達夫婦の誇りよ。レイトさんが出来なかった事を、成し遂げたんだから……!」
「ママ……」
ベリィーゼも観念したように抱き返す。
そんな娘と孫を見ながら里親も目に涙を溜めていたが、直ぐに拭って口を開く。
「優斗様、よくぞ戻られました……此度は試練の大迷宮の攻略達成、心よりお祝いします」
「ああ、ありがとう」
「つきましては、聖剣獲得を祝う催しへのご出席を。皆、勇者様を讃えたい様子なので」
迷宮から帰った直後にパーティーか。
まあ、幸い傷も浅いし問題無い。
それにしても用意周到すぎる。
「もし攻略に失敗していたらどうしていたんだ?」
「ワシらは勇者様を信じていましたので」
「なら、期待に応えられて良かったよ」
チラリと試練の大迷宮に視線を移す。
これで、この迷宮の役目は終わった。
俺が無事に終焉の赤龍を倒す事が出来たら、再びこの迷宮へ封印しよう。
その時が訪れるよう、これからも頑張るか。
「ユウト、迷宮で何かあったの?」
なんて密かに考えていると、小首を傾げながらドールが言う。
相変わらず、彼女の勘は鋭い。
「まあ、色々な。どうしてそう思ったんだ?」
「なんか、いつもと違ったから」
「そうね……まるで古い友人に会って、感傷に浸っている、そんな感じかしら」
エストリアの言葉は当たらず共遠からず。
概ね正解していると言っていい。
「ま、そんな感じだ」
「あら、話してはくれないの?」
「っ、お、おい、人前だぞ……」
だらりと俺に体を預けるエストリア。
当然軽いが、精神的には重い。
主に二つの果実の所為で。
「だって、最近ずっと構ってもらえてないから」
「そりゃお互い忙しかったからな……」
「なら、ちょっとくらいいいじゃない」
なんだこれ、夫婦か?
と、思っていたら……ムッとした表情のドールが強引にエストリアを俺から引き剥がした。
「抜け駆け、ダメ、絶対」
「ふふ、ごめんなさい」
「むぅ……」
ちっとも申し訳なさそうにしてないエストリア。
そんな彼女にドールもご立腹だ。
仕方ない、ここは俺が……
「今夜、勝負」
「望むところかしら」
「……」
仲裁しようと伸ばした手が止まる。
彼女達の言う勝負。
それは俺を使った競技だった。
身も蓋も無く言えば、どちらがより早く性技で俺を泣かせる事が出来るかどうか、という厄介なもの。
男のプライドを粉々にされた上にフードプロセッサーでぐちゃぐちゃにされる。
過去四回ほどこの勝負は行われたが、二勝二敗と両者の実力は拮抗していた。
通算五回目となる今夜の勝負。
二人は決着をつけるつもりのようだ。
今夜の責め苦はいつも以上に激しくなるだろう。
俺はそんな未来を想像し、身震いした。
こうしちゃいられない、早く対策を立てなければ。
「里長! 今日は夜明けまで飲み明かそう!」
「なんと、優斗様とこのワシが……! 老骨でよければ是非、お供しますぞ!」
「……」
「……」
よし、これで今晩は回避できた。
冷ややかな視線が二つ俺に突き刺さるが、気付いてないフリをして強引に乗り切る。
その後、里長が言っていたように迷宮攻略を祝して盛大なパーティーが開かれた。
まさかの里の住民全員参加で、狂ったようなテンションで明け方まで騒ぐ事に。
俺も日付が変わる直前くらいまでは、里の美人な女性達に甲斐甲斐しく世話をされて良い気分に浸っていたが、途中何者かに薬を盛られ眠ってしまい……目が覚めると何処かのベッドの上で縛られていた。
どうにか首だけは動くので横を向くと、そこには一糸纏わぬ姿のドールとエストリアが。
二人とも笑顔なのに、静かな怒気を抱えていた。
そこから先はまあ、共同戦線を張った二人にあの手この手で体を弄り回され、俺は最終的に号泣しながら許しを乞う事になったが……機会があれば話そう。