100話・託す勇者、受け継ぐ勇者
祝、100話
「お前が……案内人で、先代勇者……?」
「うん、そうだよ」
爽やかな笑みを浮かべる少年。
剣山光助という名前は明らかに日本人だ。
それに佇まいや雰囲気が、上手く言葉で言い表せないが……とても日本の学生っぽい。
とは言え只者では無いオーラも感じる。
そうか、この人物が先代勇者。
つまりは––––
「お前がセーラー服フェチの変態か!」
「えっ!?」
俺は人差し指を向けながら、声高に叫ぶ。
そんな事を宣言されるとは思っていなかったのか、先代勇者の少年は驚愕に顔を歪める。
ふん、誤魔化しても無駄だ。
証拠は出揃っている。
俺は「誤解だ!」と叫ぶ先代を無視して続けた。
「とぼけるな! 勇者の権力を使って、里の学校で女子はセーラー服着用の義務を作りやがって! どうせならスクール水着着用を義務にしやがれ! お前も健全な男子だったんだろ!?」
「だから誤解だって! ふざけてセーラー服着用を義務付けようって言ったら、当時の僕の仲間乗り気になって……それにスク水は中学生までが至高、というのが僕の持論だよ。異論は認めない」
バチバチと二人の男の視線が交差する。
例え同じ国出身の男子でも、性癖が違えばこうも主義主張が異なってしまう……悲しい運命だ。
そんな感じで俺が一人で絶望していると、先代勇者は正気を取り戻すかのようにハッとする。
「ぼ、僕は何を言って……」
「ん? 性癖の話だろ?」
「違う! そんな事を話す為にここで一千年以上君を待っていたワケじゃない!」
彼はサラリと衝撃的な事を言う。
一千年……確か幼少期のリクが先代勇者と接触した事があるのも、そのくらい前だと言っていたような。
「なあ勇者」
「君も勇者だろう? 名前で呼んでよ、優斗」
「何で俺の名前を……て、一々突っ込んでちゃ進まないからいいや。んじゃ改めて––––光助、お前は昔、幼体のフェンリルと会ったことあるか?」
本物の先代勇者かどうか確かめる為、過去にリクと会っていたかどうかを聞く。
まあ、幼体のリクが遠巻きに光助を見ていただけ、とかなら知らないと答えられるだろうけど。
「幼体のフェンリル? うん、あるね。リクって名前だったと思うよ」
「おお……じゃあやっぱり、お前って先代の勇者なのか……な、何でここにいる!」
「いや、今更? それ最初にする反応だよね?」
ほんとに光助の言う通りだった。
セーラー服の印象が強すぎたな。
でも、学校の制服を好き勝手に指定するって、男の夢の一つだと思うんだ。
「ちゃんと全部説明するから、聞いてよ」
「ああ、分かってるさ」
「ほんとかなあ……じゃあ、話すよ?」
光助は咳払いしてから語った。
俺も黙って彼の言葉に耳を傾ける。
実際、聞きたい事は沢山あった。
「まずこの空間は一種の精神世界、とでも言うべきかな。僕と優斗の魂だけが、今はここに存在している。姿形は自分のイメージを投影しているにすぎない」
「へー……今の状態が、魂……」
違和感は特にない。
強いて言えば、若干体が軽くなったくらい。
俺のイメージ力は中々のモノのようだ。
「僕は寿命で死ぬ前に、自分の魂を少しだけ分割してこの精神世界に残したんだ。次の世代の勇者……つまりは君と対話するためにね」
魂の分割って……光助は軽々しく言っているが、各国の魔法学者達が聞いたら卒倒しそうだ。
魂の存在は確認されているが、接触する事は不可能というのが今の世の通説である。
「まあ、事情は分かったよ。けど、何でそこまでして俺と対話を? なにか意味でもあるのか?」
「意味、か……そう言われると、正直僕の自己満足でしか無いんだよね」
「……?」
自嘲気味に笑う光助。
突然雰囲気が暗くなる。
その瞳は深海のように深く、冷たかった。
「伝えたい事は迷宮の試練で伝えたし……いや、伝えるまでも無く、君は既に分かっていたっけ」
「何の事だ?」
「仲間の事だよ」
そこでようやく気づく。
三つ目の試練についてだ。
何故あんな趣味の悪い試練にしたのか、問い詰めなければいけない。
「思い出したけど……なんで三つ目の試練で聖剣の力を使うのに、仲間の命が必要なんて嘘を言ったんだ? 俺の何を試していたんだよ」
「仲間を犠牲にする勇者は、終焉の赤龍には勝てない。僕がそう思ったから、テストしたんだよ」
あっさりと光助は答えた。
しかし、その論調には些か疑問が残る。
個人的には仲間を犠牲にするなんて言語道断だが、何かを得るのに何かを捨てる、という理論は別段珍しくもない……どうしてそれを否定するんだ?
「どうしてって、顔をしているね」
「まあ、そうだな」
「それはね、知っているからだよ。仲間を頼らない独りよがりな勇者には、何も成し遂げられないって」
随分と実感のこもった言い方だ。
まるで自分がそうだったと言わんばかりに。
光助は昔話をポツポツと語り出した。
「僕は誰にも、傷付いてほしくなかった。傷を負うのは、勇者である僕一人で十分だって……だから死竜の内三人を倒した時点で、僕は愚かにもたった一人で赤龍に戦いを挑んだ」
死竜……確かベリィーゼの父、久保安レイトさんの命を奪った四人の竜人だっけ。
それに光助が戦った理由も、彼と似ていた。
いや、レイトさんが光助に似ていたと言うべきか。
「僕は魔法使いの中でも最上級の帝級だったからね、正直勝てる自信もあった、けど……赤龍の力は想像以上に強く、戦闘は終始拮抗していた」
帝級の強さは身を以て実感している。
天変地異を引き起こす程の絶大な力。
終焉の赤龍はその力に勝るとも劣らないらしい。
「だからこそ、僕は仲間と共に戦うべきだった。そうすれば赤龍に勝てたかもしれないのに……」
悔しげに、そして懺悔するかのように光助は言う。
光助と赤龍……互いに最後の一撃を放った結果、両者は相討ちとなり決着はつかなかったようだ。
「赤龍はそのあと、どうなったんだ?」
「傷を癒やす為、長い眠りについたよ。そしてその眠りから覚めるのが––––今の時代だ」
「……だから、新たな勇者が召喚されたのか? けど、俺達を召喚したのはある男の身勝手な理由が発端だぞ?」
「それが『運命』なんだよ、優斗。仮にその人物が召喚を行わなくても、他の誰かが何らかの理由で君を召喚していたと、僕は考えている」
運命。
そう言われてしまえば、それまでだ。
あの時––––召喚された時だって、俺が偶々腹でも痛くなって教室に居なかったら、この世界にやって来る事はなかったのだから。
「でもこの迷宮に辿り着いたのが、まさか僕とは違う読みの『ていきゅう』だとは、流石に予想出来なかったかな」
「そりゃどーも」
帝級と低級。
力の差は天と地、月とスッポン。
光助からしたら見劣りしても仕方ない。
「でも……そんな君だから、僕は安心できる」
「おいおい、俺は最弱の低級だぞ?」
すると、光助は微笑みながら言った。
「そう、君は弱さを知っている。力を借りる事も、仲間に頼る事も厭わない……それって素晴らしい事だと、僕は思うんだ」
「……」
「試練を見て確信したよ。君になら、聖剣ユニヴァスラシスを託すに相応しい勇者だ、そして––––」
ふわりと。
雪のように、光の粒子が舞う。
それはこの空間の崩壊を意味していた。
「––––世界を、頼んだ。僕が愛した、愛してしまった第二の故郷を……救ってほしい」
一筋の涙を流しながら、先代の勇者は宣言する。
俺に、全てを託すと。
ならば、答える言葉は一つしかない。
「ああ、任せろ!」
「……ありがとう、優斗」
「っ、光助、お前身体が……」
光助の身体が、徐々に綻び始めていた。
「うん、そろそろ限界みたいだ。君に会えて、感極まったからかな」
「……死ぬのか?」
「はは、僕はとっくに死んでいるよ。これはボーナスタイムみたいなものだからさ……ようやく逝けるよ、皆んなの元に」
天を仰ぐ光助。
皆んなとは、彼の仲間やこの世界で出来た家族の事を指しているのだろう。
俺は黙って、先代勇者の最期を見守る。
「あ、そうだ。最後に一つだけ忠告を」
「忠告?」
光助は険しい顔つきになって言った。
「君が僕のドッペルゲンガーと戦った時に使った、あの禍々しい力……アレを使っている間は、ユニヴァスラシスは持たない方がいい。例え聖剣でも、あの力の本流には耐えられず、きっと壊れてしまうから」
「マジか……気をつけるよ」
実は薄々感じていた。
暴力の塊のような神纏状態で武器や防具を装備したらどうなるのか……聖剣でも自壊に耐えるのは難しいと言われたのは、驚いたが。
「そもそも、あの力はあまり使ってほしくないな。いいかい? アレは使う度に君の魂を傷付ける、そして魂に付いた傷は一生修復されないんだ」
「分かってるよ、俺だってなるべく使わないようにしている……まあ、時と場合によるけど」
そう言うと、光助は呆れたような仕草をする。
「全くもう……けど、それが勇者の本質だから、止めようがないかな。僕達勇者って、貧乏くじばかり引いているような気がするよ」
「はは、同感だ」
だけど、それが俺の選んだ道だから。
どれだけ茨の道でも、落とし穴があっても……飛び越えて強引に進む所存だ。
「……そろそろ本当に、お別れみたいだ」
「光助……」
光助の下半身が、完全に消失していた。
上半身も少しずつ消えている。
あと数分もすれば、彼の魂は昇天するだろう。
「……最期に同年代の相手と、友達みたいに話せて楽しかったよ。ありがとう、優斗」
「お前こそ––––よく頑張ったな、ずっと」
「うん、本当に本当に……長い、人生だった」
それが光助の、ラストメッセージだった。
俺は敬意を表するように黙祷する。
長い間、世界を守る為戦い続けた勇者、剣山光助。
どうか、どうか……安らかに。