10話・母がくれたもの
「今日はありがとう。助かったよ」
「いえ、ユウトさんの頼みですから。気にしないでください。寧ろどんどん頼ってください!」
俺は今日、ベリーが働いている酒場のキッチンを一晩限定で貸してもらっている。
彼女が店主に相談してくれたおかげだ。
「でも、どうしてキッチンを? ユウトさん、料理するんですか?」
「少しだけね。母親から教わってたんだ」
母さんは料理好きで自分の娘に料理を教えて一緒に作るのが夢だったらしいが、残念ながら矢野家に女子は生まれなかった。
しかし俺が案外器用だった事が判明し、いつの日からか料理を教えてくれるようになる。
中学二年生になる頃にはかなり上達して、母さんが仕事で帰りが遅くなる時は俺が夕飯を作っていた。
自炊能力はあって損しない。
料理を教えてくれた母さんには感謝している。
「へー、ユウトさんのお母さんですかあ。ふふ、どんな人だったのか、私気になります!」
「はは、まあその話はまた別の機会に」
ベリーには悪いが、あまり話しすぎると俺が異世界人なのがバレてしまう危険性がある。
心配しすぎかもしれないが、これも性分だ。
「じゃ、パパッと作っちゃうか」
片付けの時間も含めると、あまり長い時間借りているのは得策では無い。
既に作るメニューは決めていた。
「何を作りになるんですか?」
「ハンバーグだな」
「定番ですねえ」
ハンバーグ。
子供から大人まで人気のある定番料理だが、その起源は実は定かになってない。
確か日本のハンバーグ協会は、ドイツの港町ハンブルクで労働者に人気だったタルタルステーキがハンバーグの源流だと明記していた。
タルタルステーキとは、モンゴロイド系の民族タルタル人が食べていた生肉料理を原型としている。
彼らは遠征の際に連れて行った馬も食べていたが、この肉は硬く筋張っており、食べ易くする工夫で生肉を細かくしたりコショウや玉ねぎを入れていた。
これだけ見たらハンバーグの起源と考えられるが、この説に確たる根拠は存在しない。
あくまで数ある説の中の一つだ。
そもそも硬い肉を挽肉にして食べる、という調理法自体誰でも思いつく可能性がある。
事実、この異世界にもハンバーグはあった。
これまで王都で暮らしていたが、現代日本と似たような食べ物は探せばいくらでもあり、日本の料理で一儲けする! なんて目論見は始まる前に潰えている。
ならどうして料理を作るのかと聞かれたら、自分で作ったモノを自分で食べたいからとしか言えない。
とは言え「ハンバーグ」という名前そのものはドイツ由来なので、異世界でもそう呼ばれているのは不自然になるが……そこは腐っても勇者クオリティ。
俺達勇者はあらゆる言語を『自分が最も知る言語』に変換できる能力が備わっているらしい。
この世界のハンバーグは実際ハンバーグとは呼ばれてないが、俺がハンバーグだと認識できる見た目をしているのでハンバーグと変換されている。
これも突き詰めると矛盾が生じるだろうが、そこから先は学者にでも聞いてほしい。
俺は会話が成立してさえいれば何でもよかった。
「私も手伝います!」
「ありがとな」
ベリーと二人で調理に取り掛かる。
勿論手洗いは済ませた。
異世界初の調理開始だ。
まずは玉ねぎをみじん切りに。
切り終わったらフライパンに投入し、強めの中火で炒め、軽く色が付いてきたら弱火に変える。
ありがたい事に、この国にはコンロと似た機能を備えた魔導具が一般にも普及していた。
魔導具とは誰でも魔法の力を使える道具で、この擬似コンロは内部にある火の魔石から炎を生む。
閑話休題。
良い感じに飴色になったら火を止め、タネと合わせる為に放置して粗熱を取る。
冷めたら豚肉が入ったボウルの中へ投入。
その後食パンのカケラ、ミルク、塩と胡椒を入れてから混ぜ合わせる。
左手でしっかりボウルを抑え、力を加えていく。
混ぜ合わせてタネが出来上がったら、作りたい個数と大きさに合わせて成形する。
形はシンプルに楕円形にした。
最後に楕円形ハンバーグの中央部分を軽く抑え、凹ませたら成形の終わり。
あとは焼くだけだ。
フライパンに油をひき、中火で温める。
まずは片面に焼き色を付けるため、弱火で2〜3分ほど焼く……焼き終えたらひっくり返して蓋をし、今度は7〜8分ほど使ってじっくり蒸し焼きに。
蒸し焼きが終わったら、一番大きなハンバーグの真ん中に竹串またはそれに類する細いモノを刺し、抜いた部分から透明な肉汁が出たら火が通った証拠だ。
これで、完成。
「あ、ちゃんと肉汁が出てますね」
ベリーが笑顔で言う。
キッチン内は良い香りで包まれていた。
失敗せずに作れて、ひとまず安心する。
「久し振りに作ったなあ」
「ね、早速食べてみませんか?」
「そうだな、その為に作ったんだし」
皿に盛り付け、少し行儀が悪いがその場で食す。
フォークで切れ目を入れたら肉汁が溢れた。
もう我慢できない。
「いただきます!」
「ヴィナス様に感謝を」
一口サイズに切り分け、口へ放り込む。
ベリーも同じように食べていた。
ゆっくり咀嚼し、飲み込む。
「美味いな」
「はい、とっても美味しいです!」
表面はこんがり、中はジューシー。
飲み込んだあとも微かに残る肉の旨味。
とびきり美味しいワケではない。
何処の家庭でも出されるような味。
お店ではとてもじゃないが提供できない。
だけど、それでいいんだ。
ふつうに美味しい。
たったそれだけで、俺は満足した。
「でもやっぱり、パンとかに挟みたいですね」
「ん、ああ、そうだな」
フェイルート王国はハンバーグを単体で食べるという習慣は珍しく、パンに挟んでハンバーガーとして食べる方がポピュラーだった。
今回のレシピはどちらかと言うと単体用ハンバーグだが、バンズに挟んでも美味しいだろう。
「この国に米があったらなあ」
フェイルート王国に白米を食べる文化は無い。
そもそも米が流通してなかった。
別の国に行けば手に入るかもしれない。
「おコメですか?」
「うん、ベリーはなんか知ってるか?」
「うーん、私は見たことも食べたこともありませんねえ。アルゴウス王国の一部地域では流通してるみたいですが、どっちにしろフェイルートで手に入れるのは難しいですよ」
やはりこの国で手に入れるのは難しいようだ。
しかし、アルゴウス王国か。
そういえば店長がアルゴウス出身だった。
今度機会があったら聞いてみよう。
俺の中の日本人の血が、白米を食わせろと騒ぐ。
完全に存在してないなら無視できるが、なまじ存在が確認されているから欲求は止まらない。
パンが悪いワケじゃないんだけどね。
フェイルートのパンは柔らかくて美味しい。
平民でも王都なら質の良いパンを買えるあたり、フェイルートは裕福な国家なのだろう。
「さてと、後片付けを終わらせちまうか」
「はい!」
食器を洗い、キッチン内をくまなく掃除する。
明日も営業するのだから、汚れていたら大変だ。
掃除が中途半端なせいで俺はともかく、ベリーが店主から悪印象を持たれてしまうのは避けたい。
とは言えベリーも長くここで働いている。
俺が食器を洗い拭いている間に、テキパキとテンポ良く殆ど掃除を終わらせていた。
「これで文句の付けようがありません」
「ありがとうベリー」
「いえ、私も趣味で料理を作るのは久し振りでしたから、思いのほか楽しかったです」
「そりゃ良かった」
「それに……」
一歩こちらへ近づくベリー。
彼女は小悪魔のように笑いながら––––
「ユウトさんの料理してる時の真剣な表情、ちょっとだけカッコ良かったですよ?」
「っ!?」
なんて事を言う。
女性慣れしてない俺はそれだけで慌てる。
その様子を見て、彼女はくすくす笑う。
何か言おうと思ったが、何を言ってもからかわれる気がしたので無言の抵抗を続けた。