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瑞樹2

お待たせ致しました。本日の投稿です

弥生との再開を果たした私は、次の日会社に休みを取り、ある場所へと急いでいた。

それは、例の古書店だった。いつもはそんなに遠いと感じた事もない場所が、今日はなんだか異様なまでに遠く感じる。暗闇の中から必死で光に向かって歩いているような感覚だった。

昨日までは、弥生に会いたくても会えなかった。それが、古書店の店主に、出会って相談した途端に弥生に会えた。これはあのおじ様がアストラル面について詳しいと言う事だ。もっといろいろな事を知りたい。そんな衝動に駆られて、会社もパスして古書店に向かったのだ。

大和にまだ何も話をしていない事は、すこし気が咎めるが、後で報告すれば言いと自分に言い聞かせ、店の前に立った。

いつもは、勝手に店に入っていろいろな本を物色して、気が済めば帰ることをしていた、馴染みの古書店ではあるが、昨日の事で店の価値観ががらりと変わり、足を踏み入れるのにも緊張する。

戸も外され、チャイムも付いていない出入り口。誰が入っても文句を言わない自由の扉。なのにそこに一歩入る事すら、今の私には難しい。

仕方なく、私は入らずに店内を覗き込み、店主のおじ様を捜しながら声をかける。

「こんにちは…おじ様いらっしゃいますか?」

いつもは本が所狭しと置かれていて、狭く感じる店内が、声がこだましていつもより何倍も広く感じる。しばらく覗き込みながら待ってみるが、返事は無い。

「おかしいなあ。お店開いてるのに留守なのかしら?」

仕方なく、私は意を決して店内に足を踏み入れる。おじ様を捜してみるが、やはりいない。無用心なその様子に、何かあったのかと心配していると、突然がたんと奥で音がした。

「おじ様?こんにちは…」

恐る恐る奥にある居間を覗き込んでみるが、誰もいない。

「さっきこっちの方から音がしたわよね?」

そんな事を独り言のように言ってみるが、へんじをしてくれる訳も無く、むなしいだけだった。

その途端だった。ガタン!と言う音と共に足元が浮き上がる。

「きゃあ~何々」

思わず尻餅をついた私は、自分の足元を見てびっくりする。さっきまで立っていた場所の板が上がり、店主のおじ様が顔を出していた。彼の名前は『上田正嗣』さん。

おじ様と言っても、もう六十代を越えているだろう。それでもおじいさんと言うよりも、おじ様と言う表現の方があっているような、すらっとした身体に、白髪交じりのいい男だった雰囲気のある顔立ち。それでいてちょっと浮世離れしているような、拒絶感を感じずにはいられない。

あわてて、私はスカートを整えて立ち上がると、おじ様はゆっくりと板を開けてあがってくる。

「なんだ。あんたか、戸が開かないから何かと思ったぞ」

たくさんの本を抱えて地下からあがってきた彼は、私と認識すると、荷物を床に置きながら私を居間へと促す。

「地下なんてあったんですね。すいません。こんなところに扉があるなんて思わなくて…」

「地下の方が本の保存にはいいんだよ。安定した湿度と温度が保たれているからな。俺の本は大切な本が山ほどあるんだ」

「アストラル系の本もまだあるんですか?」

「あるにはあるが、お前が読んだ本以外は原書だからな」

「原書?」

「翻訳されていない…一番元になった本だよ。だからあんたには読めん」

たしかに英語で書かれていれば、かろうじてわかるが、それ以外の言語は読めない。あったとしても読めなければ意味は無い。

「で、会えたのか?例のお友達には」

「そうでした、その事で来たんです。無事会う事が出来ました。ありがとうございます」 

「そうか…それならよかった。彼女が鈴を未だに使ってくれていて助かったな」

「ええ、本当に。それがなかったら未だに会う事が出来ずにいたかもしれません。それと…これも効いてくれているのかなあ~と」

私は、彼に大和からもらったアンクのペンダントを胸元から出して見せる。

「それはアンク…」

「そうなんです。私の彼が、魔から私を護れるようにってくれたんです。以前も黒い影が近づいてきた時に、護ってくれたんですよ」

私が、その時の事を話すと、深刻そうな顔でその話を聞いていた。すこし考えているようだったが、私には何故彼がそんな表情で、私のアンクを見るのかがわからなかった。

「どうかしたんですか?このアンクに問題でも?」

「そうだな…まあ、たしかにエジプトでは生命の再生や魔除けとしてもアンクは使われている」

「他にも意味があるんですか?」

「キリスト教になると違った意味になる場合もある。反キリストの『アンク十字』と呼ばれると、天からの保護がなくなると言われる事もあるんだ」

「天からの保護がなくなる…それって、エジプトのアンクと逆の意味ですよね?」

私はどきりとする。それって魔除けでなくて、魔が近づいてくるって事?でも、大和は『アンク』とか『アンサタ十字』って言っていた。『アンク十字』とは言っていない。そんな不安な私の表情を気にしたのか、おじ様は私の頭を撫でてくれた。

「同じものでも逆の意味になるものもあるんだ。だからあとは持つ者の心次第だよ。すまない、不安にさせてしまったな。君の彼がくれたんだろ?それなら反キリストではなく、確実にエジプシャンクロスとして贈ってくれたはずだ。君の事情を理解しているんだろ?だったら信じていればいい。ただ…そのままだと安全とは言えない事態になる事もある。すこし貸してもらえるかな?」

なにをするのだろう?と思いつつも、差し出された手のひらに、何のためらいも無く首から外したアンクを載せる。

「手鏡にしてしまえばいいんだよ」

そう言うと、慣れた手つきで『アンク』の○の部分に土台を入れ、ガラスのようなキラキラした物を器用に埋め込んでいく。そして、その周りには青色の石…

「それは?」

「水晶とラピスラズリだ。ラピスラズリは最強の幸運を引き寄せ魔除けにもなる。そして水晶はそのラピスラズリを浄化し、力を増幅してくれる。

これで○の部分が空洞ではなくなるから安全だ。それに水晶が嵌まっていれば手鏡としての機能も果たす。鏡と言うものはアストラル面にとっては重要になってくるからな」

鏡!そうだ。弥生に会ったことで忘れていたが、私がこの古書店に最後に来た目的は鏡とアストラル面の関係性だったんだ。

「それ!おじ様教えてください。アストラル面において鏡と言うものは存在しているのか。それとも存在しないのかを」

「あんたも知っているだろう…鏡はこちらの世界とアストラル面を繋ぐ道具だ。移動としての出入り口や占いや魔法を使う為の材料、それはこちらの世界での接続方法になる。だったら向こう側からこちらに干渉するには?」

私に質問が投げかけられる。アストラル面からこちらに接続する方法?

「同じように、向こうからの操作も同じなんじゃないかしら?でなければ、鏡を使って向こうに行った場合帰れなくなってしまうわ」

「そうだろうな、つまり向こうにも鏡と言うものは存在することは出来るんだよ。それに、アストラル面にいるものがこちらに干渉してくるのは危険だ。それもわかるな?」

彼の言葉に、私は大きく頷く。

「ただ、こっちの世界に興味を示す者は少ない。だからこそ今の現状としては、気にするほどでは無いという事だ。ただ、あえて鏡を向こう側に増やすなんて危険は、減らした方がいいということだな」

「そっか…あえてこちらの世界を危険に晒す事はないって事ね」

「ああ、だからこそ…向こうへ行く時に鏡が必要と思った場合は、ペンダントのように常に携帯できるものが妥当だな。ほら、これで大丈夫だから、ちゃんと肌身離さず下げていろ」

おじ様は、はめ込んだ水晶とラピスラズリを光にかざしながら、私にアンクを返してくれた。

光にかざしたそれらはきらきらとひかり、闇を吹き飛ばしてしまうような力強さが感じられる。先程までの輝きと違っているような…。

「さっきまでと輝きが違うだろう。太陽にこいつをかざす事によって、水晶の中に太陽神の力を引き込む事ができる。水晶は周りの石を浄化し続けているからな、水晶自体に浄化作用があるが、無限じゃない。たまに太陽にかざすして浄化と力の補充をしてやらんとな、乾燥したスポンジが水を吸い込むように、太陽の力で自分自身を浄化しながら力を自分の中に取り込む。だから、輝きが違ってくるんだ。通常なら月2・3度で事足りるんだが…君の場合、その力をアストラル面で使うことになる。だからなるべく陽に当ててやれ、満月や新月もいいぞ。太陽とは違う月の力をもらう事もいいことだ」

「そんな事ができるんだ…ありがとうございます。って代金は?」

「それは俺の本職ではないからな、古書店常連へのサービスだ」

「いいんですか?」

「ああ、水晶でなくダイアモンドなんかだったら、ただではやれんが、水晶はただ同然で手に入るものだ。安心しろ」

照れているのか、彼はそっぽを向いてしまった。そんなおじ様のかわいい様子に、私は思わずクスクスと笑っていると、話題を変えたいのか、突然彼は本題に入り始めた。

「しかし、アストラル体をお互い交換するって言う案は面白いな。アストラル面にはいろいろな旅行者や放浪者がいて、突発的に別の器に入ってしまったり、勝手に人の身体に入り込む事はあっても、姿を交換するなんて発想はなかなか無い。それもアストラル体をお互いの姿に変化させてから入り込むなんてな…勝算はあるのか?」

私はその質問に自信なく首を振る。

「勝算もなにも…向こうの世界に行ってみない事には、何もわからないの。でも、私の中の何かが警鐘を鳴らしているのは確かよ。あの世界には無理がある…だからこそ、その警鐘を鳴らしているものが何なのかを確かめに行きたいの」

「自分の行動に自信は無くても、確証はあるということか…。そうだな、通常アストラル面へ行く者は、時間を越えることは無い。時間を越えたアストラル面というのは、アストラル面の中でも一番高度な場所だ。そこへ素人同然のお前たちが行っていると言う事は、アストラル面において何かのメリットがあるということだ。誰かが意図的にあんたたちを使っているのかもしれない。しかし、あんたがその意志に逆らってまで、何かをやろうとしているのだとしたら、できない事ではないだろうな」

「本当にそう思いますか?私のエゴでは無いですよね?」

「エゴだろうと何だろうとやりたいんだろ?だったらやってみろ。その為なら、俺はあんたに協力してやるし、知識も俺が持っている限り与えてやろう。ただ…」

「ただ?」

「無事帰ってきたなら、俺にすべてを報告しろ。俺にその知識を提供してほしい。 つまり、ギブ&テイクと言うわけだ。まあ、そう言うには俺が提供する情報の方が、はるかに多いとは思うがな」

「おじ様…ありがとうございます。そして、了解しました。今後の出来事はすべて情報料として提供させてもらいます」

私は、情報が今はいくらでも欲しい。それをただ同然で提供してもらえるなら、話を提供するくらい安いものだ。

「それと…」

付け足すように、彼が言葉を続ける。言いにくい事なんだろうか…また、照れたように横を向いている。

「それと?何ですか?」

「おじ様は止めろ。そんな呼ばれ方するとむず痒い」

「じゃあ、なんてお呼びすれば?」

「上田でも正嗣でもなんでもいい。今の呼び方より何倍もましだ」

「う~ん。でも上田さんとかも私が呼びにくいって言うか…そうだ!教えてもらうんだから先生って呼ぶのかどうですか?」

「それも却下だ」

「それなら…真ん中を取って上田先生。それで決まりです。ちょっと弟子みたいで照れくさいですけど。もう変更なしですよ」

「…真ん中ってなんなんだ」

ちょっと意地悪かったかなと思いつつも、ため息をつきながらでも、上田先生が折れてくれた事もあり、その呼び方に決定した。その後、ちょっと拗ねてはいたけれど、先生は先生だものね。

「そういえば…上田先生っておいくつなんですか?勝手に六十代位かな?って思っていたんですけど」

「五十だ。まだ六十代までは行っていないぞ」

「えっ、ごめんなさい。私てっきり…じゃあ、まだお若いじゃないですか!」

自分の年齢については別に興味がないのか、先生は頭を掻きながら平然と答える。

「よく言われるよ。こんな髪にしているからなのか、仕事のせいなのか六十代にいつも思われる。まあ、そのくらいの方が人が寄ってこないから楽だけどな」

先生的には、六十代くらいに思われていた方が、楽と言う事なのかしら?確かに私も昔は人との接触が苦手で、一人でいた方が楽で仕方がなかった。それと同じなのかしらね。

「とにかく俺のことはいいから、とっとと勉強するぞ。今日は仕事はいいのか?」

「今日はお休みもらったので、1日きっちりとお勉強させていただきます」

まずはお茶でも淹れようと、立ち上がりながら、私は先生にニッコリと笑顔で答えた。

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