行方
産卵を終え、全ての検査を終わらせた私は、急いで睦月の部屋に急いだ。たぶん、そこには睦月の身体があるはずだ。そこからなら睦月のアストラル体の気配を追って、後を追う事が出来ると私は思っていた。
でも…それは不可能だった。途中で睦月の気配がぷつりと途切れてしまったのだ。通常アストラル体からは、身体とアストラル体を繋ぐ細い導線のようなものが出ている。それを辿るつもりでいたが、それが途中でぷっつりと見えなくなってしまったのだ。
近くならすぐに追えると思っていたのに、かなり遠くまで睦月のアストラル体は移動してしてしまっているのだろうか…それとも何かあったのだろうか?
「どういうことなの…?」
私は思わずつぶやいてみる。だって私達の生活空間内だったらアストラル体をおっていけるはずだったから。
と、言う事は。私達の生活空間外に卵が移動したと言う事?それとも睦月自身に何かあったの?
そんな事があるんだろうか…この日本にもいくつかの生活空間が存在しているのは知っている。でも、他の空間との接触は無いはずだから…他のコミュニティーに卵が行った事は無いと思う。それなら…睦月は何処へ?
私の心の中に何か得体の知れない不安が広がる。
「追える所まで追ってみる方がいいかもしれない…」
そう思ったときだった…部屋の鈴がチリンと鳴った。
戻ってきた!
「睦月!」
一気に私は身体へとアストラル体を戻した。
それと同時に息を吹き返す様に、睦月は目を開けるより先に大きく息を吸った。
私が身体を揺すると、ゆっくりと目を開ける。
「大丈夫!?後を辿れなかったからびっくりしたのよ!」
私の声に私の方を向いても、なかなか意識がはっきりしていない様だった。
「ああ…弥生ただいま…俺戻ってきたんだよな」
「うん、大丈夫だよ。ここは睦月の部屋だよ」
その頃になると、ようやく睦月の意識ははっきりし始める。
「あせった…かなり遠くまで連れて行かれたよ。あんな遠くに行った事は、生身でもないぞ」
落ち着いてきた睦月が、私に説明を始めてくれた。
「まず最初に隣りのインキュベーター施設で、全ての卵がスキャニングされていたんだ。それで、右と左に卵は振り分けられていたよ。そして、今回の俺たちの卵は右へと振り分けられたんだ」
「右と左で違う場所へ行くの?」
「ああ、たぶんな…」
睦月がベットの上で片膝を立てる。
「左は隣りのインキュベーター施設止まり、そして、右が…違う施設への輸送」
「輸送?」
私がわからず聞くと、ああ、と睦月は頷いた。
「右へと振り分けられた卵は、一つずつ大切にトラックに載せられた。俺もそのトラックに乗り込んだんだ。少し走ったところで、今度はトラックごとエレベーターらしきものに乗ったんだと思う。揺れがなくなってエンジン音も消えた後、次に横にスライドするように動き始めたんだ」
私は、その状況を頭の中にイメージしながら、一つ一つ睦月の言葉を拾っていた。
「横へのスライドが止まったかと思うと、またエンジンがかかって少し走って止まったんだ」
「つまり、エレベーターのすぐ近くに施設があったということ?」
「ああ、そういうことだ。だけど、不思議なのが産卵施設以降の施設には全て人間が存在していなかった」
「人間が存在していない?」
えっ?だってさっきトラックに載せられてって…。私が首を傾げると、睦月が何も言わずに答えをくれた。
「トラックに載せるのも、トラックの運転も全て機械だけなんだ。全てがオートメーションで動いているんだ。俺は弥生の居た部屋を出てから、一人も人間に会うことが無かったよ」
「そんな事って…」
そんな技術が存在していた事すら知らされていなかった。無人運転のトラックに卵を移動させる機械…
この世界にはどれだけの秘密が隠れているんだろう。
「たぶん左に振り分けられた卵が、俺たちのよく知る施設で人の手によって管理されていたものだと思うよ。だけど…今回の俺たちの卵は右に振り分けられた。通常の卵とは違うみたいだ」
卵の数と人口が合わない原因はこの振り分けに原因がある?
言われるまま行ってきた仕事に交配に産卵…そこには秘密が大量に隠されているのかもしれない。
「それに…かなりこの区画から離れた場所にある施設みたいなんだ。帰ってくるのにエレベーターの通ったトンネルを通って来たんだけど、予想以上に遠かったよ…危うく帰って来れないところだった」
「そんなに?途中で気配が途切れていたからおかしいと思っていたんだけど」
「ああ、この短時間でありえないんだけど、あのトンネル200キロ以上あったんじゃないか?」
この私達の生活区画は広い。私達が住んでいるところは旧神奈川地区にあるけれど、西は旧名古屋地区あたりまである。インキュベーター施設もこの中にいくつも点在しているからその中の一つかと思っていたけれど…
「あれは絶対俺たちの生活区画外に有るぞ…」
そうなってくると、アストラル体だけで迂闊にその区画外に行くのは危険が伴うかもしれない。先生にも自分の身体が確認できる程度の移動をと言われているから。
「どうしよう…先生からそんな遠くへのアストラル移動は危険だっていわれたのに、でも…きになるね」
「ああ、他の場所も確認したかったんだけど、流石に俺一人での行動であの距離は危険だと思って帰ってきたんだ」
睦月の慎重な判断に私も安心した。こんな睦月だから信頼できるのかもしれない。
「でも最後まで卵の行方はわかったんでしょ?」
「んっ、それはばっちりだよ。卵がインキュベーターに入るまで確認した。卵の番号もばっちりだ。『0047857249』でしっかりと把握しているよ。」
「さすが睦月。抜け目無いね」
「もちろんだって。俺が言い出した提案だしな…まあ、予想外の展開だけどな。」
そんな事を言って、睦月は苦笑混じりながらも、柔らかく笑った。
「でも…この後どうするの?卵が生まれるまで待つ?」
「いや…待つけど、卵が孵るのはまだ先だろ。俺たちと一緒なら三年かかる。とにかく俺たちの卵はあの施設に入ったんだ、それが未来でどうなるかは、あの施設を何度か調べればおのずと先がわかってくる。生まれる時期も計算できるしな。時期を見計らって確認も出来る。」
「そうね…」
卵の番号もわかっているし、なによりもあの区画外の施設が何なのかが気になる。一般的な私達とは違う場所に移されたと言う事は、真実に近づくような気がした。
「ねえ、明日仕事が終わった後に、その施設に連れて行ってよ。」
私が提案すると、睦月は首を横に振った。
「駄目だ。夜だと卵たちの移動が行なわれていないから、向こうへの移動手段がないんだ。あれはあのエレベーターに乗らないと無理がある。だから、来週あたりに休みをもう一度とって昼間…出産が行われている時間帯に行った方がいい。」
睦月の方が状況をわかっている。この場合、睦月の意見に従っておこうと私は思った。すぐにでも調べたいと思う話ではあるけど、移動にエレベーターを使わなくちゃ移動が無理なら、仕方がない話だし、何よりも長距離の移動の話だから。
「わかった。それなら来週に決定。私も休みを取っておくね。たぶん今回の産卵休暇があるから大丈夫だと思うよ。」
「おう…俺はこの一週間で仕事すべて片付けて休み取れるように頑張るよ。」
とにかく来週だと言う話で、今日は自分の家に帰ることになった。
今は、産卵もあって疲れていた。すべては来週…そして何がわかるんだろうか。私にとって何もかもが未知過ぎてよくわからなくなっていた。




