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心の退化と進化

久しぶりに早めの更新です


「まだ昼過ぎだよ。瑞樹との約束は夜だろう?どうかした?」

「うん。約束は夜だけど…なんだか少し一人で考えたいかも」

私の言葉に心配そうな顔を大和は向けてくる。「大和のせいじゃないよ」と言いながら、その瞳を避けるように私は足元に視線を落とした。

「わかったよ」

しばらくすると、ため息と共に頭の上から大和の声が降ってきた。それは怒っている声ではなく優しい声だった。

慌てて足元に落としていた視線をあげると、やっぱり優しそうな瞳の大和の顔があった。

「怒ってないの?」

私が聞くと、大和は大きく首を横に振った。

「怒る訳無いだろ。君のための一日なんだから自分のしたいようにすればいいんだよ。でも、本当にもう街はいいのかい?」

「うん。もう充分楽しんだわ。私の知りたい事の一端が見えた気がするの、だから向こうに帰るまでの時間で少し考えたいの。だめかな?」

「さっきも言っただろ?君の時間なんだ好きに使うといい。そうだな、俺も君の邪魔にならないように一度家に戻るから、じっくりと時間まで考えるといいよ」

「ありがとう」

「そうだな…ここからだと、電車よりもタクシーの方が早いし家の前まで送ってもらえるから安心だな」

店を出ると、大和はタクシーを拾い、住所を運転手さんに伝えてくれて、お金まで手渡してくれた。

「じゃあ、また後で。時間になる頃にそっちに行くから」

「うん、ありがとう。また後で」

お礼を言うと、私の乗ったタクシーは大和の元を離れた。でも…本当は違った。一人で考えたいと大和には言ったけれど…。

交差点を曲がり、大和の姿が見えなくなった所で、私は運転手さんにメモを手渡した。それは家の住所ではなく、古書店…先生の住所。


私はタクシーを降りると、急いで古書店に入った。

「先生!ねえ先生いる?」

開放されたままの古書店の入り口を入ると、叫びながら私は一番奥へと向かった。

なのに奥にあるカウンターには誰もいなかった。

「あれ…?」

カウンターの裏も念のため覗いてみたけれど、やっぱり居ない…そりゃ、私が来るなんて予想してなかったとは思うけど。

「もう…お店ほったらかしで、先生ってばどこへ行っちゃったのよ」

腕を組み頬を膨らませると、そのまま私は家主のいないカウンターの椅子に腰を下ろした。古書店のこの店に少し不似合いな、ゆったりとした肘掛のある椅子。心が緩んできて、腕を解き肘掛に手を置く。意外にすわり心地がいい椅子だ。

「先生っていい趣味しているじゃない」

そんな独り言を言っていると、突然後から声が聞こえた。

「何がいい趣味だって?」

その声に私が慌てて振り返ると、そこには上田先生が腕を組んで立っていた。

「あっ、えっとぉ~この椅子すわり心地いいなあ~って思って。それよりも先生何処行っていたんです?呼んでも誰も居ないからどうしようと思っちゃった」

「何処行っていたんです?じゃない!どうして今ここに来ているんだ。今日は此処に来る予定は無かったはずだ」

「その予定だったんだけど…いろいろな疑問が出てきちゃって。街を見てまわるよりも、先生と話をしてすっきりさせてから帰りたいなあと、思っちゃって…大和には考えたい事があるから一度家に帰るって…言ってからこっちへ来たんです」

少し申し訳ないと思いながらも、私は先生の意見が聞きたくて仕方なかった。大和に嘘をついたとしても…。自分で考えてみろと言われるような気はしていたけれど、それでも此処に行かないとと言う衝動に駆られて止められなかった。

「まったく…そんな所は瑞樹とそっくりだな。今回は何も連れて来てないからよかったが、来てしまったのなら仕方がない。話を聞いてやるからこっちへ来い」

「はい!」

先生が奥の部屋へと向かって歩き出すと、私はその後を追いかけるように走り出した。少しでも此処で学んで帰りたい、それだけが私の心を支配していた。


「なるほどな…つまり自分たちは何故信頼関係を捨てて、繁殖に重点を置いてしまったのか?と言いたいんだな」

私は自分の心の中にあったいろいろな気持ちを、開放するようにすべての事を先生に話した。

「そうなんです。それが効率の為だったのか、遺伝子の存続の為だったのか…考えたらよく判らなくなっちゃって」

「一応いろいろと自分で考えたらしいな。だが、昨日も言ったと思うが、自分の世界をすべて否定するな。向こうの世界で生きていけなくなるぞ」

「でも…」

「まあ、考えては駄目とは言わないが、その答えはまだ此処では出ないだろうな。ようやく弥生の心が出発点に立ったと言った所だからな」

「出発点?」

私は首を傾げる。

「そうだ。今日弥生君が考えた事は、俺たちにとっては極自然な事だ。それが疑問に思ったのなら、確実に君の心は進化したという事だ」

「私の心が進化…」

「人間に限らず、進化には肉体的な進化もあるが、心の進化と言うものもある。心の進化によって、絶滅すべき運命だったものが生き残る事もありうるんだ」

心の進化によって生き残る…。

「それは私達が生き残る為の進化って事でいいの?」

「いや、そうと決まった訳じゃない。逆の事もある。だが、その進化が手掛かりになる可能性もあると言う事だ」

先生の話は少し難しいと思う。それが正解なのかを知りたかったけれど、やっぱりそれも自分で判断しろって事なんだろう。と私は思った。

「過去の俺たちには有って、未来であろう弥生たちには無い物。それは環境や状況によって、心は退化もするし、進化もすると言うことだ」

「環境や状況…」

「そうだ。だから今の君たちの世界は、生き残る為に退化した可能性もある。危機回避行動と言ってもいいかもしれんな」

「そっか…私達が全て間違っている訳では無いと言う事ね」

少し私が安堵の表情を見せると、先生は私の頭を優しく撫でてくれた。

「そう言う事だ。本当の真実がわかるまでは、答えを出そうとしなくてもいいし、焦る事も無い。焦ってもいい事なんて無いんだ」

今答えを出すなって言っている気もしたけれど、それでも此処へ来た時よりも心が軽くなったのは確実だと思う。

「わかりました。もう少し焦らずに自分の疑問に思う事を、ゆっくりと考えたり調べたりします」

「そうだ。まだ時間はある。それにお前は一人じゃないんだ。瑞樹も俺も、大和もいる。それに向こうの世界にも仲間は居るんだろ?」

「うん、睦月って言う仲間が一人。たぶん今向こうで、瑞樹のサポートをしてくれていると思う」

「だったらなおさらだ。焦って彼を危険に晒す訳には行かないだろ?その事も考えて行動しろ。大丈夫だ、問題は少しずつ解決していくはずだ。そして全て否定するのではなく、自分の世界で良い所と悪い所を見極めろ」

「ごめんなさい」

先生の言葉に私は下を向いた。その動きで私が泣いたと思ったのか、急に先生の声が慌て始める。

「いや、別に怒っている訳ではないんだぞ。ただ急ぎすぎると、危険だと言っているだけなんだ」

「泣いてないですよ。一応落ち込みはしたけど、でも判ってるから大丈夫、先生は優しいから怒るんだって」

「だから、怒っていないと言っているだろう。それに俺は優しい訳じゃない。最初に言っただろ、俺がお前たちに教えるのは情報との交換条件だとな。だからお前たちが危険に晒されるのは、俺にとっても得策ではないんだ」

照れ隠しなのは確実。でも…さっき自分の事も仲間だって言ったくせに。ちょっと悔しく思った私は、にっこりと笑う事にした。

「わかりました。以後充分気をつけます。先生に情報を提供できるように」

「ああ…わかってくれたのならいい。」

これ以上何を聞いても、先生は答えをくれる事は無いと思った。だからこそ、ここで私は気持ちを切り替える事にした。

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