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弥生

増井弥生は二十歳を過ぎ社会に出てから5年が経っていた。カプセルで過ごしていた日々はすでに遠い昔となり、今は国営の薬学研究所で働いている。社会に出る頃には、あの不思議な異次元の様な場所で親友になった瑞樹と出会うことも無くなり、すっかり普通の社会人になっていた。

でも、私はこの社会に少し疑問を持っている。

社会に出て5年、その間7回の出産を経験した、その後その卵がどうなったのか気になって仕方がない。

通常私達の社会には、親、子供、兄弟と言うものは無い。なぜなら私達はそのままの姿で産まれずに、卵で産まれるからだろう。顔も見ずに少し大きな卵を産むだけ、それきり出会う事は無い。そして父親自体も然り。私達の社会では繁殖期に入った時、同じく繁殖期に入った男性から3人選ばされる。そして、3日の間に選んだ3人と交配を行なう。1人でもいいのではと思うかも知れないが、もっとも強い遺伝子を繋ぐ為には一人より3人だそうだ。少なくても多すぎてもだめ、3人と言う人数がちょうどいいのだという。

そして数週間ののちに受精が確認されると、3ヶ月間施設で過ごし、卵を産み落として出産は終了となる。

それで卵との繋がりは一切無い。いや、通常の人たちはそんな事を考えることも無い。日常生活の事に疑問を持つわけがないのだ。

例えば、毎日寝ることに疑問を持つのと同じようなものなのだろう。しかし、そんなでいいのだろうか?そんな気持ちが最近私の中に燻り続けていた。そんなある日、私は薬学研究所の同年代のグループメンバーの女の子達に思いきって聞いてみた。

「卵って産んだ後ってどうなるのかしら?みんな気にならない?」

「私達の産んだ卵が産まれたかどうかって事でしょ?そんなことは、神のみぞ知る…って感じじゃないのかしら?たぶん大丈夫よ。元気にカプセルで私達の様に育つわよ」

そんな事を言ったのは、私達研究グループの中で中心的人物の片山未果だ。彼女は、グループの中で一番前向きな考え方を持っている。いつも私達のグループの研究の成果が良好なのは、彼女の力があってこそだと私は思っている。

次に違う意見を唱えたのは、私といつもペアを組む浅羽由里だった。

「私達が産んだ量と、社会人の数が違いすぎるわよ。産まれているのは一部だけなんじゃないかしら?いつも弥生が言っているじゃない。『数が少ない!』って、私達が産まれてここにいるのは、その試練に勝ったからなのよ。そう考えると、私達って貴重な存在って言う事よね。その上薬学研究所に配属されるのはエリートなんだから、その中でも金の卵だったって事かしらね」

そんな事を言って、自分の立場にうきうきとしてご機嫌になっている。

「卵が産まれるのが一部だけだと言うなら、産まれなかった卵は廃棄と言う事よね?もったいないわ。3ヶ月も費やして私達が産み出した卵が…何かに使えないのかしら?」

由里の意見に言葉を繋げたのは、原川藍だ。

「いや…卵の再利用ってありえないっしょ。って何に使うって言うのよ。動物の餌が関の山だわ」

原川藍の意見にため息をつくのは、泉涼子で藍の相棒だ。

私の一言で、いろいろな意見が展開される。これはいつもの仕事でのミーティングと同じ様だ。

ただ、そんな意見がいろいろ出ながらも、皆自分の卵がどうなったのかと言う話ではなく、卵全体の話になっていて、『自分の卵』の部分は削除されている。全員客観的に話すのみであった。

そんな彼女たちの話聞いていると、自分がやはりどうかしているのだろうか?と思ってしまう。

昔、瑞樹に会って話した時には、私も普通に彼女たちと同様に客観視しかしていなかった。今になって、私だけ何故こんな気持ちに囚われているのだろうか。

そんな疑問を打ち捨てられないまま、これからもたくさんの卵を産み続ける事が私に出来るのだろうか?私は、また違う不安を抱え始めていた。

そこへ1人の男性が部屋に入ってきた。

彼の名は相沢睦月、女性社員が多い薬学研究員の中で数少ない、私達女性研究員と仲の良い男性社員だ。

「どうした?皆で何か悪巧みでも相談中か?」

私達の様子を見て、笑いながら話しかけてくる。

「失礼しちゃう。これでもいろいろ私達も考えているのよ。この社会についてとかね」

由里が少し拗ねた様に答え、頬杖をつき横をぷいっと向く。

「社会について?」

「そうよ、私達の産んだ卵はどうなっているの?って言う話をしていたのよ」

彼の問いに今度は私が答える。

彼は、『ああ、』と答えて苦笑する。

その様子に私は首を傾げた。

「何?何か問題でもあるの?」

「いや、一度は皆が思う疑問だからさ。俺も少し前に考えたよ。産んだ卵の数と、社会人として出てくる人数があまりにも合わないからな」

睦月は少し考えていたようだが、なぜか私達から視線をそらしたまま話し始めた。

「俺って繁殖期が重なれば、いつもお前たちからの指名をもらっているからな…他の奴らよりは自分の遺伝子を残せている可能性は高いと思っているんだ」

「そうね、少なくとも私達5人は睦月君を選んでいるわ」

未果がうなずく。それと共に私達もこくりとうなずいた。

「だろ?」

そうなのだ。私達女性は繁殖期の重なった男性を、3人好きに選ぶことができる。そしてその相手は、必ず同じ能力レベルの男性らから選ぶのだ。その能力レベルは羽の色で判断される。

私達新人類は、まず社会に出る直前に背中の羽が生え変わり、大人の羽になる。その時の羽の色がその人の能力レベルで違うのだ。色は10種類ほどあり、その羽の色により職業などを振り分けていく。そのため、今ここにいる私達研究員は皆同じ羽の色をしている。つまり、同じ色の男性が基本的に私達の交配相手なのだ。

だから私達は、相手を選ぶ時どうしても身近な慣れ親しんだ人がいれば、その相手を優先的に選んでしまう。5人ともそんな経緯から何度も睦月を3人のうちの一人に選んでいた。

「俺たち男は、自分の遺伝子が残ったかどうかも判断できないからな、実を言うと、女性より皆卵の事が気になってしまうんだよ」

「そっか、私達は産んでいるから、確実に自分の卵だって判断できるものね」

「そう言うことだな」

とすると、先程の睦月の顔は、調べてはみたが答えは出なかったという顔なのだろう。それでもあえて私は訊ねてみた。

「何か調べてみたの?」

「全然。調べるも何も…どこをどうしたら判るのやら、調べる術すら無かったよ」

「そっか…」

やはり気にしても何も出来ないということなのだろうか。

「さあさ、昼休みもそろそろ終わりよ。午後の研究に入る準備をしないとだわ」

私が少し落胆していると、未果が皆を仕事へ誘い始める。

皆少し残念そうにしぶしぶ立ち上がり始める。私も皆と同じように立ち上がり持ち場に戻りかける。と、皆に判らないように睦月が私に囁いてきた。

「ただな…もしかしたらと言う場所はあるよ」

「えっ?」

その言葉に睦月を振り返ると、もうすでに部屋を出て行くところだった。

(もしかしたらと言う場所…)

睦月の言葉に後ろ髪を引かれつつ、とりあえず私は持ち場に戻り研究の続きを始めたのだった

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