夢の墓場
脇にあったベットを部屋の中央に持ってくる。そしてその周りに魔方陣をいくつも描いていく。
「先生…その魔方陣は?」
「ああ、これは一種のまじないのようなものだ。たいした効力はないから心配するな」
いくつかの魔方陣は、瑞樹に教えてもらったものが入っていた。そんな所をみると、ああ、瑞樹はここでいろいろな事を、先生に教えてもらっているんだと、実感してしまう。なんだかちょっと心の中がざわざわとする。
「何だ?どうかしたのか?」
私の様子がおかしかったのか、先生が私を心配してくれる。そうだ、今はアストラル面へ行く事を考えていなくちゃ。私は思い切り首を横に振るとにっこりと笑った。
「ううん。大丈夫です。ドキドキわくわくしているだけです」
「それならいいな。準備はこれくらいにしていくぞ。さあ、そこに横になれ」
そう言うと、先生は一つのベットを私に指し示した。
「えっ…っと、先生もこれに一緒に寝るんですか?」
少し二人寝るには狭いような…。
「お前がそんな事を気にするとは思わなかったな。男女の事はあまり気にしないと思ったんだが…」
「いえいえ、違うんですって…ちょっと二人では狭いなあ~と」
そう、私達は常に色々なパートナーとベットを共にする為、そんな事は先生の予想どうり気にしない。でも、狭いのは…ね。
「安心しろ。俺は寝ない…それを使うのはお前だけだ」
「えっ、先生はどうするんですか?」
「俺はベットの脇に座るスタイルで大丈夫だ。結界の役割もあるんでな」
そうなんだ…。ちょっとがっかりしている私がそこに居た。
「さあ、時間が無いんだ。さっさと寝ろ。すぐに離脱するぞ」
「はあい。それじゃ、先生お願いします」
「了解だ」
私が横になると、先生は手で私の眼を覆った。それは温かい優しい手だった…でも、そう感じた瞬間、私のアストラル体は離脱を完了する。
『成功だな』
声に振り向くと、そこにはやはりアストラル離脱を完了した先生が立っていた。
『えっと…こんなに早くアストラル離脱って出来るものなんですか?』
『まあ、これはコツがあるからな。それを覚えれば一瞬で何処でも出来るようになるぞ。何処でもしていいものではないがな』
そう言うと、先生は私の手を取りアストラル移動を始める。いつもの様に、視界に走馬灯の様な景色が大量に映りこむ。
『私この景色好き。なんだか子供の頃のカプセルを思い出すのよね』
『ああ、例の擬似経験の機械か…』
『うん、あれ結構楽しいですよ。まあ、あれしかやる事が無いんですけどね…でも嫌じゃなかったから』
私は、なんだか自分の世界を擁護するような物言いになってしまった。先生にはそこを否定して欲しくなかったのかな?
『わかったよ。ほら、着いたぞ。ここが危険な場所の一つ、【夢の墓場】だ』
『【夢の墓場】…』
そこは、閑散とした乾いた荒野だった…。
無限に続く荒野、でも…ここが何故危険な場所なんだろう?
『先生…ここが本当に危険な場所なんですか?』
『何も無い場所だろ。ここは無限のアストラル面の落とし穴なんだ』
『落とし穴?』
『夢の世界と平行しているのはわかっているな。ここはその夢の世界と穴で繋がっているんだ。つまり…夢の世界が排出する黒い部分がこの場所に停滞している』
夢の世界の黒い部分…背筋にぞくりと寒気が走る。
『近づいてみるか?』
私は先生の言葉にこくりと頷いた。そう、怖いと思ったらこの世界では駄目なんだ。だからこそ、大丈夫と思って近づくのがいい。
『行く。先生も一緒でしょ?だったら怖く無いもの』
『いい子だ、お前は今回成長したな。それじゃあ行くぞ』
先生は私の頭を一撫ですると、私を誘って【夢の墓場】へと降りていく。私もその後をついて降りる。見た目は普通の荒野に見えた…でも、降りた途端にここは違うと感じる。
『感じたか?この違和感を』
『うん。変な感じ…重いというか、全体的に暗いかな…』
『そうだ。ここが危険なのはそこだ。俺たちは危険な場所へ行くと言ってここへ来た。覚悟と大丈夫と言う気持ちを持ってだ。だからこそこの程度に感じるだけだ。だが、何の覚悟も危機感も無しにここに来たらどうなると思う?』
『どうなる?って…』
どうなるんだろう…今の私達と、そんなに違うのだろうか?
『心を喰われるんだよ。覚悟も無く、ここへ来るとな』
『心を…それって!』
心が喰われると言う事は、心が無くなると言う事。それは生きる気力も何も無くなると言う事。つまり心の死。
改めて荒野を私は見渡した。点々と死に絶えたような木々が点在するだけで、他には何もない場所。こんな所に心を喰われるなんてことがあるんだろうか…。
『恐ろしい所だよ。こんな場所が何箇所かここには存在する。無限にあるアストラル面の中の何箇所か…1匹の蟻を探し出す位、めったに出会わない場所だが、時には運悪く、こんな場所に立ち寄ってしまう者が居るんだ。だからこそ、こんな場所があるという事を知っておかなくてはならないんだ』
『瑞樹は…』
『ん?』
『瑞樹は…瑞樹もここへ来たんですか?』
『ああ、連れて来た。だからこそ、お前もここへ連れて来たんだ』
『そっか…だったら、瑞樹ももう大丈夫ね』
遠くに一つ光るものが見える…あれが夢の世界との穴なんだろうか。
『さあ、もう時間だ。俺たちは大丈夫だと言っても、長く居るのは危険だ、戻るぞ。明日の夜には帰るのだろう?俺の授業はこれで終了だ。明日はじっくりと瑞樹の世界を観て、自分の眼でそして肌で、自分の世界との違いを感じてみろ』
先生は私の手を取ると、反転し出口に向かって飛び始める。私は引っ張られる形で一緒に地面を蹴った。再び走馬灯の様な景色に周りが変化する。
「先生いろいろとありがとうございます」
戻ってきたベットの上に起き上がると、私は先生にお礼を言った。私には精一杯の感謝の言葉。
「これは、お前たちとの契約の中での約束だ。礼などはいらん」
そう言うと、先生は私から視線をそらし、いろいろと散らばったものの片付けを始めてしまった。そうだ…今日でここの授業は終わりだったんだ。明日の昼間は大和とこっちの街を見てまわる予定だった。そして、ここへは来ないまま、明日の夜には瑞樹とのアストラル体の交換は終了する。
なんとなく最後の日に、先生に会えないのは寂しいけれど、それは最初からの予定だ。
「何度でも言いますよ。先生!ありがとうございました!」
私は、直立不動で先生の方を向いて立つと、直角になるくらいまで頭を下げ、もう一度お礼を言う。今までの私の人生のなかで、こんなに真面目にお礼を言った事があっただろうか。
頭を上げると、先生が片付けの途中で固まっていた。そんなに私の態度に驚いたんだろうか…しばらくすると、ゆっくりと動き出した先生は、少し顔を赤く染めながら頭をかくと、
「だから、人に教えるのは嫌なんだよ…」
小さな声でつぶやくと、また片付けを始めた。たぶん、先生の精一杯の照れ隠しの言葉なんだと思った。
「さあ、そろそろ帰れ。ここは俺が片付けるから」
「私も一緒に片付けます」
「駄目だ。今なら外に黒い影は無い。昨日と同じように表にタクシーを待たせてあるから、さっさと帰れ」
「はあい。でも、先生最後くらい見送ってくださいよ。これで私最後なんですよ」
頬を膨らませて私が抗議すると、先生はようやく私の顔を見てため息をついた。
「わかったよ。玄関まで送ればいいんだろ。いくぞ」
「は~い」
私はカバンを肩にかけると、さっさと歩き出した先生の背中を追った。
アストラル面の違う顔…




