私は私
考え始めると、どんどんいろいろな事がおかしいと思えてしまう。私達の寿命は偽者なのだろうか…。
そこまで考えたところで、先生がティーポットとティーカップをお盆に乗せて戻ってきた。ポットの注ぎ口から温かそうな湯気が立ち上っている。ほっとするような感覚が弥生の中に戻ってくる。
「茶が冷めてしまったからな、ちょっと思考を変えるためにも紅茶を淹れてきてみたが、そんな心配は必要無かったみたいだな、その眼、考えがまとまったんだろ?…寿命が近づいた者とお前たち若者の違い」
私は先生の言葉に、ゆっくりと頭を縦に振る。私の返事に優しく笑うと、先生はゆっくりとティーカップに紅茶を注いだ。
「一番の違い…それは交配と出産だと思う。私達は四十歳を境に、男の人も女の人も交配が仕事から無くなるの。今までは何にも思わなかったんだけど、考え出したら何もかもがおかしいように思えてきて。もしかしたら出産しなくなった人間に寿命が来るのかしら?それとも、出産出来ない人間は必要ない…とか。いろいろな意見が私の中にごちゃごちゃある感じなの。でも、子孫を残す事と寿命は密接に関係している様な気がする」
「交配と寿命か…それが正解かもしれないな。しかし、四十歳で現役引退か…早いな」
「先生だったら引退もいいところね」
少し先生をからかう様に私がクスクスと笑うと、拗ねたように先生は天井を仰ぎ、ふんっとそっぽを向いた。
「俺はまだ現役だ。お前の世界じゃないし、ましてや交配の限界には個人差があるんだ、四十歳で現役引退なんて人に決められてたまるか」
「そうね…女性ならまだしも、男性まで四十歳で引退なんておかしいよね…」
「そうだ。男は自分で限界を感じるまでは現役でいられるからな。女だってそうだぞ。四十歳だったらまだまだだ」
「そっか…」
「そうなんだよ普通は」
確かに環境の変化や鳥の遺伝子を入れた事で寿命に影響がないとは言えない。それを隠す為に四十歳で引退として切ってしまっている?でも何か違う…どういうことなんだろう。
「俺としてはたぶんと言う答えは出た。だが、弥生お前にはまだ言わないでおく。自分でそこから導き出される結論を考えてみろ。そして、結論は瑞樹たちがこちらへ帰ってきてからだ。たぶん向こうでもいろいろな収獲があっただろうからな。それを全部あわせてみれば真実が見えてくるはずだ」
「うん。私も瑞樹と睦月が手がかりを見つけていると思う。結果は瑞樹から聞きます」
先生は優しくにっこりと笑うと、私の頭を優しく撫でた。
「そうだな。結果が出たら瑞樹に答えを伝えるように言っておく。と言うか、お前と瑞樹の仲で伝わらない訳はないよな」
「うん、大丈夫。瑞樹ともいろいろと話して、結論が出たところで、私もこれからの事を睦月といろいろこれからの事を話をして…それから」
「まったく…」
先生は私の言葉にため息をついた。なにか私おかしなこと言っただろうか?考えてみるが、全く皆目見当がつかない。私が首をかしげていると、先生は笑いながら言葉を続けた。
「まったく…瑞樹の姿をしているのに、瑞樹と全然違うな。人っていうものは姿で惑わされると思ったが、どうやら違うらしい。今の弥生は弥生にしか見えないんだよ。だから思わず笑ってしまった。どんな姿をしていようとも、弥生は弥生なんだなと」
「えっと、私は私だって事でいいのかな?難しい話していないよね?」
「ああ、簡単な事さ。姿は瑞樹でもやっぱり違うって事だよ」
やっぱり難しいかもしれない…先生の言っている事は私にはよくわからなかった。でも、先生がなにか納得しているみたいだからいいのかもしれない。なにかすっきりしたような顔をしている。
「話はここまでだ。今日は少しアストラル面に行ってみるか?」
「アストラル面に?それって大丈夫です?」
「ああ、俺も今日はアストラル面に一緒に同行する。それに、今までお前が行った事の無いアストラル面かもしれんぞ」
私の行った事の無いアストラル面…面白いかも。でもちょっと怖い気持ちもある。でも…
「行きたいです。先生がアストラル面に一緒に行ってくれるなら心強いし、それにあの世界はよく判らないことだらけで、向こうで色々学べるなら行きたい」
そう、アストラル面は知ることが出来れば利用できる場所も原理もたくさんある。今の瑞樹との交換もその一つ、だからこそ私はもっとアストラル面の事をもっともっと知らなくちゃならないんだと思う。
「だったら決まりだな。今日は今からアストラル面に行こう」
「はい!よろしくお願いします」
アストラル面は緊張する。と言うか、身が引き締まる感じがする。身体と言う鎧がない分、不安になるからだ。本来ならば傷つく身体がないのだから、ある程度安全と考えるのが普通なのだろうとは思う。でも…私にはアストラル体だからこそ、全てにおいて心を護らないとと、思ってしまうのだ。
「弥生、君がいる世界は、時間と空間を超越する、時空連続体のなかの穴の向こう側に位置する平行宇宙だが、とりあえず行くのは無限のアストラル面だ。名前の通り無限にある世界だからな。どんな世界にも繋がっている」
「無限のアストラル面…子供の頃瑞樹と一緒に色々な所を冒険して回ったけれど、あんまり覚えていないかも」
「冒険して回っていたのか?それはそれで楽しかっただろうな。あの世界は何も知らない子供の頃に見て回るのが一番楽しい世界だ。まあ、殆どの世界が安全な世界だからな、だが、今日はその中でも少し危険な場所へ行くぞ」
「危険な場所?そこも無限のアストラル面にあるんですか?」
知らなかった、無限のアストラル面は危険は無いと思っていたから、確かに人間じゃない存在、デーモンなどとは出会ったことはあった。でも、あの世界ではそんなデーモンすら危険は無かった。そんな世界に危険な場所があるのが不思議な感じだ。
「ああ、殆どのアストラル面は間違った事をしなければ本当に安全だ。だが、殆どのアストラル面と言っている以上、僅かだが危険な場所がある。そこを知っていればこそ、安全なんだ。危険を知ればそれを回避する事ができるからな。だからこそ、今日は危険な無限のアストラル面へ行く」
ますます私は、先生の言葉で身が引き締まった。そうだ、気を引き締めていかなくちゃならない。いろいろな事を知ることで、私達はその中の真実を知ることが出来るのだから、これも同じような事、危険を知ることで、身を護る事が出来る。
「この部屋はアストラル体にとって…いや、アストラル離脱をした後の身体を護るには、非常に安全な場所だ。だからこそ、アストラル離脱をして修行するには一番の場所なんだ。だからこそ、ここで色々な経験をしてもらう」
「はい」
でも、危険な場所って私なんかが行っても大丈夫なんだろうか…
そんな気持ちを知ってか知らずか、先生が私に釘をさす。
「危険な場所には違いないが、怖いと言う気持ちは持つな。お前も知っているとは思うが、アストラル面は自分の気持ちが大きく作用する世界だ。怖いと思えば怖い世界に変貌する…それがアストラル面なんだ」
気持ちが大きく作用する世界…そうだった。あそこは自分の心が大丈夫と思うだけで、本当に大丈夫な世界なんだ。そう、夢の世界と平行した世界だからこそ…心に不安や恐怖があると悪夢を見る。それと同じ。
「はい、大丈夫です。だって先生が一緒に行ってくれるんだもの。それだけで、いつも以上に安全だと思います」
「よし、その気持ち忘れるな。何があってもお前の安全は保障する。それに一種の夢の世界だからな」
「夢の世界?それって平行した世界なんじゃ…」
私が、疑問に思って首を傾げると、先生はにやりと笑った。
「行ってみれば判る」
それだけ先生は私に言うと、アストラル離脱の準備を始めた。
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