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違和感

「先生。教えてください。私達の寿命がおかしいという事。それに、その葬式と言うものが何なのかも知りたいです。先生が、今悲しい感情でいっぱいなのもわかってます。でも、私は知りたいんです」

私は、湯飲みを持ったままうつむいている先生の手を取り、先生の顔を覗き込むようにして懇願した。

「そうだな…俺は君に何でも教えると約束したんだったな。すまん、少し取り乱したみたいだ。俺もまだまだ修行が足りないと言うことか」

そう言うと、先生は私の手と湯飲みの間から、するりと自らの手を抜き取ると、自分の頬をぱちんと叩いた。それは、仕切りなおしだと言う、先生の気持ちの切り替え方法なんだろうか。次に顔をあげた先生の顔には、もう悲しい気配は微塵もなかった。

「まずだ、弥生。君たちの世界では『死』というものはどんな認識をされているんだ?」

「『死』?えっと、寿命って言う事よね…知っている人が寿命を迎える事は、悲しいとは思うわ。でも、人間絶対死なない人はいないし、年齢がくれば否応なくやってくるもの。と言うところかしら?」

「つまり、『死』は仕方がないと言う事か。それは、成人する前から…カプセルで学んでいる時から、そんな考え方なのか?」

先生は、私に設問するように淡々と話を続ける。私の中に何かを見つけたのだろうか?何かを探すように、私の瞳の奥を見つめている。

「カプセルでは、突然亡くなる人がたまにいたから…年間で五・六人は亡くなるかしら?擬似的愛情が、カプセルに組み込まれているけれど、やっぱりそれでは愛情が足りない人がいるみたいなの。だからあの時期は、結構死と隣り合わせで…学んでいるというよりも、ああ死ぬって動かなくなるんだって…」

「自分自身も『死』と言うものに恐怖はないのか?」

「怖かったです…最初アストラル体でアストラル面に来た時は、私は死んだんだって思って。亡くなった子達をそれまで見てきたけど、今度は自分がその仲間になったんだって…その事が怖くて、悲しくて、たくさん泣いてしまったわ」

「そうか…」

私の言葉に、ようやく先生は安堵の息を吐き、表情が柔らかくなった。そして、改めて先生は私に向き合うと、何かを決めたかのように、力強い瞳で私を見つめてきた。

「弥生…いろいろ話を聞いてきたが、一番知らなければならないのは、やっぱり『死』についてだと思う」

「『死』について…」

「私もあまり知り合いがいないから、言えた義理ではないんだが、もし、仲の良い友達が突然目の前からいなくなったらどうする?」

「えっ…」

質問の意味が判らない…寿命ではなく?今?

「一番たとえやすいのは、瑞樹だな。もし向こうの世界で今何かが起こっていて、瑞樹の魂がこちらに帰って来れない状態…今の君から出ている『瑞樹の光の導線』が切れてしまったらどうする?」

瑞樹の魂と身体を繋いでいる線、それは身体を交換したときから、ずっとこの身体から出ている。

「この線が…切れたら瑞樹に会えないの?」

「ああ、確実に会えなくなるよ。それが切れた途端、瑞樹は死ぬんだ」

「死…」

この線が出ている限り、瑞樹はあちら側にいる。でも、これが切れたら瑞樹はいなくなる…。それが今の現実。そしてそれが死。

「なんとなく、わかったかも…死って大切な人と会えなくなるって事でいいのよね」

「ああ」

今まで私には、大切な人はいなかった。と言うよりも、私達の世界では、他人に必要以上に固執する人はいなかった。でも、私は瑞樹に出会って、瑞樹に固執した。それが何故かはわからない。でも、だからこそ私は今、死というものが悲しいものだとわかる。

「今はそれがわかっただけでいい。あとは弥生次第だ。少しずつ考えて行こう。急いで全部解ろうとしなくてもいい。人なんてものは簡単に出来ていないからな」

「はい」

私は、なんとなく先生の優しさを感じた。たぶん私の事を心配して、無理をするなと言っている気がする。

「そして、ここからが本題だ」

本題?『死』について知らなければならないって…『死』が悲しい事だって事じゃないの?先生の言っている意味が判らない。

でも、先生の目は私をしっかりと見つめていた。それは私を混乱させる為に言っているんじゃないって、言っている気がした。

「死ぬって事が、今まで君の中で『日常生活にある何でもない事』だった。しかし、今はそうは思わないだろう?」

「はい…」

「では、今まで君の周りで死んでいった人達が、どんな死に方をしていたのか…それが気にならないか?」

「それって、私達の寿命の終わり方…って言う事?」

先生は無言で首を縦に振った。何も言わない。自分で考えてみろと言う事なんだろうか。

「私達の世界には…先生くらいの年齢の人は居なかった。そして、突然知らされる同僚の死の連絡…」

私は、かつてこんなに考えた事がない位、一生懸命自分の世界の事について考えた。確かに、私は社会に出てから人の死に出会ったことがない…。今まで死んだと聞かされて、『ああ、寿命か…』って思っただけだった。でも、聞かされただけで、カプセルに居た頃のように、目の前で人が死んだと解るようなものを、見たわけでもない。

「それは…本当に…みんな寿命で死んでいるの?」

「…。」

「本当はどこかに生きているの?それとも、誰かが一定年齢に達した人たちを、処分していると言うの?」

「…。」

先生の声はまだ聞けない。あとは何を考えればいいんだろうか…今、私が先生のヒントで気になった事は、今ので全部なはず。でも…何かがまだ、私の中で引っかかっている。

「…。」

「そうだ、もう一つ疑問に思ったこと…あった。なんで四十五歳から四十八歳で寿命が来るんだろう。って事だ」

「ようやく気が付いたな。それが一番重要な疑問点だ」

私の言葉で、ようやく先生の口が再び開いた。私はちょっと嬉しくなった。

「寿命ってそもそも何なの?」

「それは行き過ぎだ、その前にさっきの疑問点から考えよう。何故四十五歳から四十八歳になると、寿命と称して人が消えていくかだ」

「人が消えていく…寿命じゃないの?」

私が先生に聞くと、今度は答えてくれた。

「そもそも人間の寿命が、そんなに限定されているわけがない。人間の本来の寿命は、規則正しく何事もなく過ごせば百二十歳だと言われている。それが、その人の食生活、生活習慣などによって人それぞれの寿命で亡くなっていく」

「それが人それぞれの寿命?」

先生は優しく私に微笑む。その笑顔を見て、私はなにか温かいものを、自分の中に感じた。

「かつて人の寿命が五十歳前後だった時代もある。だから寿命としてはありえないとは言わないが、同じ生活をしていない人々が、皆同じような寿命で死んでいくとは考え難い。そこに何かが介入しているのは否めない」

ようやく私にもわかった気がした。そうなんだ…今までは、何もおかしいとは思っていなかったけれど、外から見た人たちの言葉を聞くと、自分たちが如何におかしいかが自分でも判ってくる。これが社会の恐ろしさなんだろう。みんなが常識だと思えば、横に倣えでそれを非常識だと思う人はいない…いや、思ったとしても、自分が非常識だと思う。

社会と言うものが、急に怖くなってくる。

「そこで、何故となるんだが…弥生。その年齢に達した時、何かその人たちに変化は無いか?」

「変化…?」

「そうだな。君たちとの違いの方が判り易いか?君たちにあって、彼らに無いことだよ」

そう言うと、先生は徐に立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。まただ…自分で考えてみろと言う事なんだろう。優しく教えてくれたと思ったら、また突き放す。まるで『飴とムチ』みたいな人だ。

でも、目の前に先生がいないと、気持ち的には焦らないでゆっくりと考えられる。目の前にいるとどうしても、早く答えを出さないと…と焦ってしまうのだ。私は、ひとつひとつゆっくりと考える事にした。

まずは、私達と寿命を向かえる寸前の人たちとの違い…ペンを持つと、机の上のノートに書き出していく。


1.年齢 2.食生活 3.体力 4.…


私は当たり前な事を書いていて、4で止まった。そうだ…一番違う事があった。一番私達の世界で重要な事。

でも、それをここに書いてもいいのだろうか…4に書き入れるのを私は迷う。私の心がそれに気が付くのを恐れているのかもしれない。だからと言って、それから逃げる事は出来ないと自分に言い聞かせ、もう一度ペンを握りなおした。


4.交配、出産


ノートにゆっくりと書く。そうだ…私達の一番の仕事。私達は、四十歳で交配出産から引退する。ううん…引退させられるんだ。理由は知らない、私はまだその年齢に達していないから。でも、四十歳を過ぎると交配の予定がなくなる事は知っている。今までは、引退の時期なんだろうと、ただ漠然と思っていただけだった。それが、今の私はどうだろう…その四十歳での交配の引退が、ひどく不自然に感じる。四十歳になった彼らは、何故引退しなくてはならないんだろう。卵を産む事ができなくなるのだろうか…それとも。

心の葛藤…如何だろう

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