交渉
上田先生の指導はすごいと思った。今まで出来なかった事が、この二日でびっくりするほど出来る様になっていた。
「上田先生って何処で知識つけたんです?」
「ん?何処ってお前たちと一緒でアストラル面に決まっているだろう。こっち方面の知識は、自分で経験して知識をつけるのが常識だ。お前たちは特別だ。俺みたいなのに出会うのはめったにないからな」
そうだ、私達は運がいい。こんなにいろいろな事を教えてもらえるんだから…こんな経験をした人達は全部自分で学んでいかなくちゃならないんだ。それを考えると、瑞樹が上田先生と出会ってくれたことに感謝を言いたくて仕方なくなる。
でも…今、向こうの世界で瑞樹は何をしているんだろう。私のこちらでのやる事は、しっかりと学ぶ事。そして自分の中の価値観を作り変えること。
そう思ってここへ来て、大和に遊園地に連れて行ってもらって…いろいろな人たちを見た。大和もいろいろな考え方を教えてくれた。でも…私は、それが一番大変だという事に気が付いた。それは当然の事だと思う。自分が当たり前だと思っていた事が、すべて価値観の違いで、こんなに違う事だとは思ってもいなかった。
「先生は…上田先生は私達の世界の事どう思います?価値観とか」
瑞樹と大和は自分達の価値観をいろいろ教えてくれた。家族の大切さ、そして親がいる事の大切さ。でも…
「価値観とは、どれに重きを置くかと言う事だろ?人間皆、価値観と言うものは違う。だからこそ、価値観についてのお互いの意見交換は必要だと思うよ。しかしだからと言って、相手の価値観をすべて吸収しようなんて思わなくてもいい」
「でも…」
昨日は『何でもおかしいところは指摘してやる』って…先生言ってた。
「あ~俺が悪かった。昨日は君の決心を確かめたんだ。だから気にするな。それに、俺はこうも言ったはずだぞ。『何でも気持ちを聞いてやる』ともな。大和と言う奴は知らんが、瑞樹もそんな事は思っていない。ただ、君に親や家族がいる世界の価値観を、感じてもらいたかったんだよ」
「瑞樹の世界の価値観…私の世界の価値観…その違いを?」
上田先生は、優しく微笑み頷きながら私の頭にふわりと手を置き、くしゃりと髪の毛をかき乱した。その手が優しくて私は少し涙が出る。
「価値観の違いがわかれば、君の世界の何処が今おかしいのか、自分で判断できる。そうすれば何かがあったとき、危険を察知する事ができる。それを瑞樹は君に身に着けてもらいたかったんだよ。あいつは君の事が大好きだからな」
「そっか…私、自分の価値観を変えなくちゃって思ってた。そうじゃないんだね…瑞樹は私が危険な目に会わないように、他人の価値観を学ぶ事を望んでいたんだ」
心が途端に軽くなった。私は、自分を変えるんじゃない。道標を見つけるための経験の一つでいいんだ。
「ありがとう先生。私自分を見失ってたのかもしれない。でもようやく道に戻れた気がするわ。だから、あんまり時間は無いけれど、もっともっといろいろな事教えてください」
「よし、ようやく心が解れたみたいだな。だが、もう君に教える事は残っていない。瑞樹と一緒で優秀だな。あとは、俺に君の世界の事を教えてくれ。それによって俺はいろいろな事を判断しなければならない。君が知っている事全部だ」
そうだ、それが残っていたんだ。ううん。これが一番重要な、私の使命だと思う。
「これが授業料でいいんですか?」
「ああ、そういえば瑞樹にそんな事を言った気がするな。それは冗談だ。ただ、気になる事が多々あるから、話を聞きたいんだ」
私は、先生の真剣な瞳に囚われながらも、自分の心に鎖をかけながら頷いた。
「私の世界の事は、だいたいは瑞樹から聞いているんですよね?」
「ああ、おおまかにな。だが、又聞きではなかなか情報が繋がらない。だからこそ、君から直接聞きたいんだ」
「生まれてから、カプセルで学ぶ事。社会へ出てからの仕事の事。交配から出産。そしてもちろん死ぬまでだ」
私は、すべて話した。物心ついた時期から自分が見てきたもの。カプセルで見せられた内容も細かくすべてとはいかなかったけれど、上田先生が聞いてきたものはすべて話したと思う。仕事の仕分けられ方、そして、話しにくかったけれど、交配相手の選び方、交配の仕方から出産までも…こんなに細かく離したのは初めてだった。瑞樹にもいろいろ話をしていたけれど、ここまでの細かい話はしていない。なんでこんなに細かくいろいろな話をしているんだろう。私は、なんだかふわふわとした感覚に酔うような不思議な世界で話をしていた。
一気にいろいろな話をしたからなのか、それとも不思議な感覚に囚われていた為なのか、途中まで話をしたところで、私の集中がぷつんと途切れ、ドッと疲れが出た。
そこで先生が休憩を入れようと、お茶を出してくれた。そのお茶の入れ方が、とっても似合っていて私はツボに嵌まった様に笑った。
「上田先生って何歳くらいなんですか?」
私は、自分の話ばかりではなく、先生の事も知りたくなり、思わず聞いてみた。その質問に、困ったような顔で先生はため息をつく。
「またか…。君には何歳くらいに見えるんだ?」
「えっと、50歳くらいかな?」
私が答えると、先生が一瞬ぽかんとする。なにか私変な事いったんだろうか?そう思ったら、先生が頭を掻きながら答える。
「当たりだよ。ちょうど五十歳だ」
「よかった。当たっていたんじゃないですか?私てっきり…」
じゃあ、なんで先生は私の答えに変な顔をしたんだろう。
「いや、実を言えば今まで五十歳代なんて言われた事がなかったんだよ。みんな俺の外見を見て六十以上だと判断するんだ」
そうなんだ…それで先生おかしな顔をしたんだ。でも、それは私達にとってはわからない。
「たぶん。私達の世界には、五十歳以上の人がいないからだと思います」
「いない…?」
「はい。私達の寿命は差こそありますが、途中で病気にならなければ、四十五歳から四十八歳の間なんです。あれ?瑞樹に言っていなかったかな?それとも先生には伝わっていなかったのかな?」
「…。」
気が付くと先生は、目を見開いて、口元を手で押さえながら、私の言葉に驚いていると言うか、もっと…そう、驚愕している感じだった。何だろう…寿命が短いのがそんなにおかしいの?
「みんなどんな亡くなり方をしているんだ?」
不自然な沈黙に、私がどんどんと不安になっていた時。ようやく固まっていた先生が、口を開いた。
「どんなって…皆その年齢で亡くなる人たちは、寿命で」
「寿命って、だんだんその年齢になると衰えていって…亡くなるのか?と言う事だよ」
「ああ、そういうことですね。ううん、突然ですよ。その年齢くらいの人は、突然亡くなるんです。昨日まで一緒に働いていた人が、次の日に『亡くなりました』とか連絡受けるんです」
何だろう…先生なんか焦っている感じがする。
「連絡を?それで、君たちはどんな反応するんだ?」
「反応?『あ~もうそんな年齢だったものね。お疲れ様でした』って」
「それだけなのか…」
「うん…」
最後の方先生は、手に湯飲みを持ったまま俯いてしまった。その表情はあんまり見えないけれど、たぶん…悲しそうな顔をしてる。
「聞いても無駄かと思うが、葬式と言うものは?やらないよな…」
「葬式?ごめんなさい。知らないです。それはどんなものなんですか?」
聞いては駄目だと思ったけれど、先生には嘘はつきたくなかったし、それが何なのかを私は知りたかった。ううん、知らなくちゃ駄目だと言う衝動に駆られた。




