近未来の事実
次に弥生とであったのは、1週間後であった。
あの1度きりだと思い込んでいた矢先に、突然私はまたもあの空間にひっぱりだされていたのだ。
調べてみてわかったのはあの世かと思ったあの場所はアストラル世界そして私達が体験したのはアストラル離脱と言うものだった。
1度のアストラル離脱が癖になっていたのかもしれないが、その場所には弥生も来ており、二人は1週間ぶりの再会を喜んだ。
「そう言えば、弥生。最初のときカプセルで生活の殆どを過ごすって言っていたわよね。それってどういう事なの?」
再開を一通り喜んだ私は、二人で並んで座り込みながら、前回から聞きたかったことを訊ねてみた。
「んっ、私達は生まれてから二十歳になるまでは、育成施設で育てられるの。そこではカプセルの中でいろいろな疑似体験をすることで学習するの。善悪や常識、歴史やこの世界のこと、そして学生としての学習まですべてをよ。皆同じ事をして同じような育て方をすれば、個人差の能力の違いはあっても考え方の違いは少なくて済むわ。それが犯罪とかを防ぐんですって。過去のデータでは子供の成長には親の影響が大きいらしくて、私達の世界では親が育てる制度を廃止してしまったらしいの。で、カプセルによる同レベルの教育制度が発達したって習ったわ」
「それじゃあ、弥生たちには親はいないの?」
私は、弥生の気持ちも何も考えずに聞いていた。
しまった…と思ったものの、弥生は私の質問にケロリと答える。
「いないも何も、私達には親と言う感覚は無いかな?」
「感覚が無い?」
「うん。情が無いと言うか…親なんて知らないし、知りたいと思ったことも無いよ」
「そういうものなの?」
「なんていうか、私達の遺伝子には鳥の遺伝子が組み込まれているでしょ」
そう言いながら自分の背中の羽を動かしてみせる。
「鳥の遺伝子が…」
ようやく弥生の背に羽があるのに合点が行く。
「鳥ってかいがいしくヒナにえさを与えるイメージがあると思うけど、実は鳥によっては托卵て習性を持っている種もあるのよ」
「托卵?」
「うん。カッコウとかホトトギスとかがそうなんだけど、他の鳥の巣に卵を産みつけて子育て終わりってね。あとはその巣の持ち主に子供を育てさせるのよ、それが托卵」
「そんな鳥がいるんだ…」
私にとっては初めて知る鳥の話だった。確かに、後から鳥の本を調べてみるとあった。『托卵』子育てを別の鳥にさせる鳥としてカッコウやホトトギスの名が。
その上、その本にはこんなことも書いてあった。
『産み付けられた卵は仮親の卵より先に孵化すると、仮親の卵を巣の外に押し出し落としてしまう。以後仮親から与えられる食べ物を独占して成長します』
自分が成長するためには他の鳥の命を捨て、自分の命を優先する…自分の命の為なら他人の命は捨てる。これは生命存亡の為なのだろうか?
しかし、そんな托卵の習性を聞いて少し戸惑っていた私の反応に、弥生は嬉しそうに話を続ける。
「私達はそんな鳥の遺伝子を受け入れたから、今の社会がうまくまわっているの。それに、どちらにしても私達が社会に出る頃には、たぶん私達の親は生きていないわ」
話しているうちに、今度は少し寂しそうに笑う。
感覚が無いと言っても、遺伝子の人間の部分の深層部には何かが残っているのだろう。そこでふと、私は今までの話でふと気が付いた。
「弥生…あなた鳥の種類カッコウとかホトトギスとか言ったわよね?」
「うん。言ったけどどうかした?」
そうなのだ。彼女たちの世界は自分たちの世界とは違う世界だと思っていたが、鳥の種類などは、私のすんでいる世界のものと一致する。つまり、
「社会はぜんぜん違う…でも、弥生のご先祖には羽が付いてなかった事を考えると、もしかしたら過去と未来になる可能性はあるわね」
「弥生の住んでいる場所は?」
「神奈川県横浜市」
「やっぱり…一緒」
「瑞樹は?」
「東京よ」
「東京なんだ…同じ世界なら出会える距離ね。あっ、でもこっちは横浜でも地下だから」
「地下?」
「うん。地上は人の住める状態ではないから。今地上は動物の楽園よ」
私は愕然とした。地上が住める状態ではない?そうなってくると、やはりますます弥生の世界は未来だと思えてくる。
「それは…地上に住めないというのはどういうこと?」
とにかく弥生の世界の状態を確かめたい、そんな気持ちがあふれてくる。
本来、未来だというのなら私は事実を知らないほうがいいのだろう…しかし、それが私達の未来の姿だとは信じたくない。だからこそ、その世界を知らなければと思うのだ。
「天変地異が起こったのよ。太陽フレアが大きい原因らしいわ。でも詳しいことはよくわかっていないの。その時のデータがすべて無くなってしまったから。だからあいまいな情報しか残っていないし、詳しく調べる術がないのよ」
「でも、動物が住めるのなら、人も地上にも住めたんじゃないの?」
「うん。たぶん住もうとすれば住めたわ。でも、他の動物たちに比べて人は適応進化がうまくできなかったの。太陽の光線により寿命がどんどん短くなって、世界人口もどんどん減っていったわ。自然淘汰というものよ。人間はニッチ…生存圏の奪い合いに負けたの。そして、生存圏を地下に移した」
私は、弥生の話に聞き入っていた。もしかしたら来るであろう未来を創造して。
弥生は話を続ける。
「人口減少を止めるために人間は地下に潜った。それでも、そこから人口減少を回復することがなかなかできないでいたのよ。そこで『知恵のある人間には自然淘汰の進化も突然変異の進化も受け入れることができなくなっている』って言われ始めて、ついには進化するためには人間の遺伝子に鳥の遺伝子をと言う事になったのが今の状況なの」
「つまり、自然進化ができないのなら科学的な進化を人間は受け入れたということなのね」
私の言葉に弥生はにっこりと笑いながら大きくうなずいた。
つまり、未来の人間は自然進化ではなく作られた進化…私が知っている言葉で言うのなら『キマイラ』と言う事になるだろう。
それを普通に…いや、最初はそれに異論を唱える者もいただろう。しかし、人類はキマイラ化を最終的には受け入れ、今となってはそれが普通の理となってしまっているのだろう。その証拠に、弥生はそれがおかしい事だとは微塵も思っていない瞳をしていた。
少し私は心の奥でそんな社会に身震いをしたが、それは社会がそうであって、弥生が悪い訳ではない。それが弥生にとっては普通なのだ。
「地下は以前から開発されていたの。小さな天変地異がたびたびあったから、シェルター的な意味もあって地下に都市が作られていたのが幸いしたのね。でも私達遺伝子の操作を行なった新人類は生き残ったけど、どうしても旧人類は生き残れなかったの」
「それで今は羽のある人間だけなのね」
「そう、人類は鳥の遺伝子を取り込む事で絶滅は免れたのよ」
本当にこれは私達の未来の先にある出来事なのだろうか…どう考えても繋がらない。人間がキマイラ以外の人類を残して全滅しているなんて。例えてみるとしたら、幼虫しか知らない子供がいきなり蝶を見せられた様なものなのだろう。どう考えても幼虫から蝶は連想できない…。
それ程にも人間は変態をしてしまったのだろうか。
「今までの人間の歴史ってすべて残ってるのかしら?学習項目にある?」
「歴史かぁ…どの時代の歴史?」
それが判ればどんな歴史を人間が辿ってきたのかが判る。しかし、自分がそんな未来の話を聞いてもいいのだろうか…そこは知ってはいけないのかもしれない。でも…知りたい。そんな気持ちと瑞樹は自ら闘う。そして、判断する。
(それを知る為に私は弥生と出会ったんだ。それが運命なんだと思う)
「えっと、時代って…そうね。今は西暦何年?」
「2122年よ」
「えっ、うそ…2122年!私達の世界から100年位しか経っていない…」
「そうなの?」
「うん。そんな事ありえるのかな…」
「うーん。わからないなあ」
いや、絶対におかしい。そんなに100年くらいの間に、ここまでの変化があるとは思えない。進化や遺伝子の事に詳しくない私でもそれくらいは判る。異常だ。
「ここ100年の歴史は?」
「100年か…?えっと、今の地下の世界で暮らすようになったのがここ50年くらいだって習っているけど、その前の50年はそんなに詳しくないなあ」
「ほら旧人類が滅びるかどうかで大混乱の時期が50年くらい続いたみたいで…実を言えばその頃の情報って殆ど無くなっているのよ」
「無くなっている?」
「らしいわよ。私も知識だけでよく判らないけど、地下へ旧人類が生存圏を移したときには、いろいろな知識が今後のためにも、中央情報センターに集められて大切に保管されていたらしいの。でも、」
「でも?」
「旧人類がいなくなった頃にその殆どが無くなってしまったの」
「無くなった?」
「うん。あったはずだったの。私達が教えられた歴史によれば、その情報は忽然と消えてしまったの。それも環境異変で旧人類たちがパニックに陥っていた最中だったって…何が起こったのかは未だ判らないらしいの」
「旧人類が滅んだ時、新人類の私達は一番年長者でもまだ20代だった…だから殆どの知識がその時に消滅してしまったわ」
「本は?本とかはあったでしょ?」
「私達新人類は、今と同じようにカプセルによって育てられたの。と言うか、最初は試験管で作られた人類であって、親と言うものが本当に存在していなかった。だから家に古い書物があるなんて家は無かったし、データが消えたのと同じく本も殆ど無くなっていたの。残ったデータや本は全体の1%程度だったのよ」
「1%…数字としては小さいけど情報の量から言えば、1%でもかなりの情報量よね?」
少ない量の1%は少ないが、量の大きいものに対しての1%と言う量は大きい。本などの情報としての量を考えればかなりの量になるはずだ。
弥生は私の言葉にうなずく。
「そうね。情報の量としてはかなりあったわ。でもその情報にはかなりの偏りがあったの」
「偏り…そうか、必要な情報以外が残ったと言うことね」
私が推理するように答えると、今度は首を横に振る。
「逆よ、私達が生活するために必要になると思う薬学やテクノロジーとか、そうこれからの私達が困らない様な必要な情報だけが残ったの。それ以外のものが無くなっていたわ」
何の為の情報消失だったのだろうか…しかし、子供の私達には皆目見当もつかなかったし、答えを出そうと思うこともしなかった。
その後も、そんな事がたびたび起こり、二人にとって日常生活にアストラル離脱が組み込まれつつあり、すっかりと2人は親友と呼べるほど仲良くなっていた。自分達の考え方や知識を交換したり、じゃれあったりと通常では考えられない経験もたくさんした。体の弱かった私は殆ど友達がいなかったし、弥生はまだ世間に出ていないカプセル育ちだった為、本当の親友を見つけたとお互い思っていたし、なによりもこんなにたくさんの会話を他人としたのは初めてだったのではないだろうか。
しかし2年程経った頃には、彼女も私も体力がついた為なのか、なかなかアストラル面へ行くことができなくなり、お互いがその場所で偶然出会うことも出来なくなっていた。
ただ、完全に行けなくなった訳ではないので、タイミングが合えば合えないわけではないと、自分に言い聞かせていたが、次に彼女に出会うことが出来たのは、私が成人になり社会に馴染み始めた頃であった。