8.クリスタとアンナの本気
次の日、朝食をとり部屋で寛いでいた私を悲劇が襲った。
「シャルロッテ様、とてもよくお似合いです」
「そ、そうですか。ではこれにしましょうか」
「いけません。まだ半分も試着しておられないでしょう」
私の私室には王都で有名な服飾店の商品だという沢山のドレスや装飾品が運び込まれていた。クリスタと女官長アンナ、それからこのドレスたちを売る店の女主人の監修のもと、試着しては褒められ、次のをまた着せられては褒められ、ということを延々と繰り返されている。私は着せ替え人形か。お姉様たちはこれを楽しんでやっていたというのだろうか。私には到底わからない世界だ。どれも可愛いし別にどれでもいいじゃんと思ってしまう。
「ね、ねえ、二人ともどうしてそんなに真剣なの。なんだか怖いわ」
「これは七日後の式典用、という建前の、陛下からの初めての王妃陛下への贈り物でございます」
「それを選ぶという大役を仰せつかった以上、妥協するわけには参りません。シャルロッテ様のお美しさを最大限輝かせられるものを全力で選ばせていただきます」
「リーアム様からは結婚式のときのドレスを既にいただいているわ」
「それは婚礼衣装でしょう」
「全くの別物です」
「ええ……」
陛下が昨日言っていたのはこのことだったのかと、今更気づいても遅かった。
二人はああでもないこうでもないと言いながら次に私に何を着せるかを相談している。私のドレスなのにそこに私の意思は反映されないという不思議。
「シャルロッテ様はとてもお可愛らしいですから、飾りがいがあります」
「ふふ、腕が鳴りますね」
やりがいのある仕事にキラキラ輝いている、というより本気が入りすぎてギラギラしている二人に怯える私。
まあでも確かに、王妃が変なドレスを着ていたらだめよね。陛下のセンスも疑われてしまうし。
私は人形だ。心を無にして待つことにした。
「シャルロッテ様は華奢でいらっしゃるから、ふんわりしたデザインがお似合いですね」
「でも、あまりにふんわりさせると子供っぽい印象になってしまいます。王妃陛下に相応しい威厳も演出できるようにしませんと」
「ですが、シャルロッテ様はまだ16歳ですし、若々しいくらいでちょうど良いのでは? それにシャルロッテ様の内側からにじみ出るような気品はそれくらいでは損なわれません」
無になれなかった。いくら王族とはいえ16の小娘に威厳なんて求めないで欲しいです。あと内側からにじみ出るような気品とか面と向かって言われると非常に恥ずかしい。
いや、思い出すのよシャルロッテ。祖国でもこんな美辞麗句は散々言われてきただろう。それをいつでも心を無にして笑顔でスルーしてきたじゃない。
「いや、しかし……やはりお美しい方は何を着てもお似合いですね……」
「そうかしら」
アンナはそういうけれど、果たしてそうだろうか。私は気づいている。マルガレーテお姉様がよく着ていたような、ボディラインを強調するようなデザインのものがひとつも用意されていないことに。意図的なのかたまたまなのかは知らないけれど。
一歩間違えれば下品にもなりそうなものを、素晴らしく美しく着こなしていたお姉様。羨ましかったわ。私にあれは着こなせないもの。自分の控えめな膨らみを見下ろしてため息をついた。
いいのよシャルロッテ。人には向き不向きがあるのだから。それにアンナとクリスタは私のご機嫌取りのためじゃなく本気で褒めてくれているように見える。嬉しいことじゃない。
そんなことを考えているうちに、あれだけたくさんあったドレスたちは3着ほどに絞られ、その中から最終的に選ばれたのは、淡いラベンダーカラーの生地に白いレースをあしらったふんわりとしたドレスだった。
あれだけどれでもいいじゃんとか思っていた私だけれど、やっぱり素敵な服を着ればわくわくするし、嬉しい気持ちにもなる。
「二人とも素敵なものを選んでくれてありがとう。でも、少し疲れたわ。休んでもいいかしら」
「もちろんです。お昼からまた忙しくなりますし、今はおやすみになってください」
「え? お昼から……? もうドレスは選び終わったでしょう?」
私の疑問に対して、クリスタはにっこりといい笑顔で答えた。
「何をおっしゃいますやら。まだ髪飾りと首飾りが決まっておりませんでしょう?」
「あっ……」
どうやらまだ私の受難は終わらないらしかった。
「つ、疲れたわ……」
昼食の後、また私は着せ替え人形になって、居心地の悪い時間を過ごすことになった。銀細工に宝石を鏤めた髪飾りと首飾りは淡い色のドレスによく合っていて惚れ惚れしたけれど、やっぱり疲れてしまったので、片付けはクリスタにおまかせして私はソファで寛いでいる。
「申し訳ありません、シャルロッテ様。少々熱が入りすぎてしまい……」
「いいのよ、クリスタ。貴女はちゃんと仕事をこなしただけだもの。ありがとう」
「恐縮です」
ドレスはクリスタの手で丁寧にクローゼットに仕舞われ、次はアクセサリーを仕舞う場所を探しているようだった。
「このあたりで良いかしら……あら?」
「どうかした?」
「シャルロッテ様……こんなに素晴らしいものをお持ちだったのですか」
クリスタの手にあったのは、花の蔓と葉を象った金細工に、花の形に嵌め込まれた紫水晶の髪飾りと、首飾り。
姉様に絶対に絶対に取られたりしないように、必死で隠してきた、私の一番大切なものだった。
「言ってくだされば、今日のような苦労をおかけすることは……」
「ごめんなさい」
クリスタの言葉を遮るように、言ってしまった。
「それは、つけないことにしているのよ」
だから、それはそっとしまっておいてほしい。そう伝えれば、クリスタは何かを察したように口を噤み、失礼いたしました、と元の場所に丁寧に戻しておいてくれた。
「ごめんなさいね」
「いいえ……私が差し出がましい真似を」
「そろそろ夕食の時間ね。行きましょう? リーアム様に早くお礼を言いたいわ」
何事もなかったように振る舞う私に合わせて、クリスタは参りましょうか、と言ってついてきてくれた。
彼女はやっぱり、優秀な女官である。