7.王妃のお仕事
夕食の後、私は昨晩と同じようにお風呂で丁寧に洗われ、ネグリジェを着せられ、部屋で陛下の訪れを待つこととなった。甲斐甲斐しくお世話をされるのは、やっぱりどうにも慣れない。
ゆったりとした寝間着は非常に楽で良いのだけど、布団に入るまでは少し肌寒い。クリスタの用意してくれたブランケットを羽織り、テーブルについて本を読むことにした。一度読んでしまった本だけれど、他に暇つぶしの方法もないし。
そうしていると、私室の扉が叩かれた。恐らく陛下だろう。どうぞ、と返答すると、思っていたとおりの人が姿を現す。
「お待ちしておりました、リーアム様」
「すまない、待たせたな」
「いいえ、とんでもございません」
陛下は私に向かい合うように、同じテーブルについた。テーブルの上に置かれた本を一瞥して、彼は言う。
「本を、読んでいたのか」
「はい。ここにあるものは読み切ってしまったので、明日クリスタに別のものを持ってきてもらう予定です」
「……一日で読み切ったのか、この量を」
陛下にもびっくりされてしまった。
「その……祖国でも、暇さえあれば本を読んでいたもので」
「貴女は読書が趣味なのか?」
「趣味……というより必要だと思っているので読んでいます」
陛下も、置かれている本が確かに趣味で読むような本ではないことに気づいたらしい。難しい顔をしている。
「では、何か趣味などは」
「特にありません」
「……そうか」
「はい」
ルインズにいた頃の生活は、部屋の掃除と食事睡眠、姉様のご機嫌取り、あとの時間はほとんど勉強に割いていた。だって早く一人前になってさっさと政略結婚でもして城を出たかったのだもの。
「……その、レース編みとか、裁縫なども、一応しますよ? 必要に迫られればですけど……」
「……」
それは趣味というのか、と陛下の無言の呟きが聞こえたような気がした。完全に受け応えを失敗した。陛下が反応に困っている。つまらない女だと思われただろうか。でも私には本当に趣味というものがないのだ。趣味ってなんだろう。全世界に問うて回りたい。嘘でもなにか可愛らしい趣味を捏造しておくべきだっただろうか。でも、そんなくだらない嘘をついてもすぐにボロが出そうだし……。
こほん、と咳払いひとつで陛下は会話を仕切り直す。
「……では、なにか生活の面で不都合などはないか? できる限り対応しよう」
「いえ、特にはありません。クリスタにはとても良くしてもらっています」
「そうか。それは良かった。しかし、何かあればすぐに言ってくれ」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
むしろ、祖国での生活とのあまりのギャップに驚いてしまう。元があれなので、よっぽどのことがない限り困ることなんてまずないだろう。それくらい、私は好待遇を受けている。それはつまり、この同盟関係をリーアム様も重視しているということで、改めて身が引き締まる思いだった。
しかし、それっきり会話が途絶えてしまった。ええと、何か上手いことお話をしないと、とか考えているうちに、陛下が口を開く。
「……その、欲しいものなどはないか」
「欲しいもの、ですか」
ものを貰ってもそれが私のもとに留まることなど数える程度しかなかったので、物を欲しがることをやめてしまった私には難しい問いだった。だけど、陛下が私のために心を尽くそうとしてくれている気持ちを無下にもしたくない。
「その……お仕事、はいただけませんか」
「……え?」
「この国に慣れるまでゆっくりさせていただけるのはとても有難いのですが、やはり、今の情勢を考えるといても立ってもいられないのです。それに、公務に出ることでまた新しい環境に慣れていくということは不可能でしょうか」
……考えに考えた、苦肉の策だった。
でも、このままのんびりさせてもらうのも申し訳ないし、本を読んでいても、私が頑張らなければと思う気持ちが強くなるばかりだったから。
「すまない。実は、今日はその件についても話そうと思っていたのだ」
「と、いうと?」
「一週間後に、ルベニアの建国祭がある。その式典に私と共に参加してもらいたい」
建国祭、と聞いて、祖国のものを思い浮かべた。王都の民は、町中を飾り付けたり、出店を出したりして、歌って踊って夜までお祭り騒ぎ。王城でも国賓や貴族たちを招いて式典やパーティをしていた。普段食べられないようなお料理も出るから毎年楽しみにしていたものだ。きっとどこの国でも同じようなものだろう。
「急な話で大変申し訳ない。しかし、やはり王妃となった以上は出てもらうしかないようでな」
「問題ありません。私も元王女なので式典の類には慣れておりますし」
「……助かる」
式典のマナーなども、大きな差はないはずだ。大まかな流れさえ教えてもらえれば大丈夫だろうと思う。いずれにしろ一週間あれば準備期間としては十分だ。
ドレスや装飾品も最低限しか持ってきていない(そもそも最低限しか持っていなかった)けれど、問題ないだろうと思う。
念の為確認しようとクローゼットを開けて物色していると、背後に影が差した。
「……まさかとは思うが、持っているのはそれだけなのか?」
「え? いえ……これで全部ですけど……」
「装飾品は?」
「え、えと、リーアム様……?」
「答えてくれ」
「この引き出しに入っているので全部です」
「……」
陛下は怖い顔をしてじっと私のクローゼットを見つめている。え、なんだろう、何か悪いことでもしただろうか……?
「わかった」
「何がですか!?」
陛下は側近らしき人物を呼んで、何かを命じたようだった。何が何だかわからなくてそわそわする。
「明日は忙しくなる。ゆっくり休め」
何で忙しくなるんですか。
そんな私の問いには虚しくも誰も答えてくれないまま、私は眠りにつくことになったのだった。