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6.陛下の独白

 人形のような、姫だと思った。


 いや、人形でさえ、リーアムは彼女ほど美しい造りのものを見たことがなかった。


 陽に透ける金糸の髪に、陶器のような白い肌。紫色の瞳は紫水晶(アメジスト)をそのまま嵌め込んだようで、華奢な肢体には繊細な作りの真っ白な婚礼衣装がよく似合っていて。


 こんなに美しいものが、自分の妻でいいのかと。武骨な己の手で安易に触れては、壊してしまいはしないかと。そう思った。


 そして彼女は、振る舞いも受け応えも、王族として完璧だった。


 彼女は、その実人形だった。美しく完璧な、王妃となるための人形。リーアムには、そう思えてならなかった。


 それが崩れたのが、初夜の寝台でのことだ。緊張と不安に身を固くする彼女は、確かに16歳の少女で、少し安堵した。


 元より手を出すつもりはなかった。この国の国王は必ずしも世襲制と決められているわけではないし、すぐに跡継ぎを、なんて要求は誰もしない。彼も男であるのでいわゆる男の本能と呼ばれるような、そういう欲求がないわけではないけれど、そういうことは、彼女と親愛にしろ情愛にしろ、何かしらの信頼関係を築けてから、考えればいいことだと思った。


 異国に嫁いできて、慣れない生活を送らねばならない彼女。おまけに彼女を快く受け入れている臣下や、国民の方が少ないのではないかと思う国だ。であれば、夫である自分が心を尽くし、彼女を守るのが筋であると、リーアムは考えている。また、彼女への扱いは、そのまま同盟国への意思表示となる。ルインズとの同盟関係を重要視しているリーアムが、シャルロッテを大切に扱うのは当たり前のことだった。


 しかし、それは事実でもあるが、建前でもあった。結局は、無遠慮に触れて彼女を傷つけてしまうのが怖かったのだ。






「失礼致します、陛下。クリスタでございます」

「入れ」


 コンコン、と扉を叩く音がして、王妃の専属女官であるクリスタの声がした。許可をすると、一礼をした後に王の前へと足を進める。


「シャルロッテ様は、既に湯浴みを済ませて自室で寛いでおいでです」


 それは言外に、王妃が待っているから早く会いに行け、と言われている。


「……了解した。しかし、その前に話を聞こう。今日1日彼女と接してみて、どう思った」


 リーアムが見る限りでは、彼女は王妃として申し分ない人物に見えた。しかし、もし、彼女が王であるリーアムの前ではそう振る舞いつつ、臣下には横暴に振る舞うという裏表のある女性だったら、また接し方を考えねばならない。そういう点では、リーアムは一国を治める主らしく非情であった。


 彼女の監視という役も含めて、女官長と厳選に厳選を重ねて抜擢したのが、クリスタである。


 クリスタは、ルベニアで生まれ育ったため人間から迫害を受けた経験がない。


 そのため、シャルロッテの傍にいても怯えることも無く仕事を遂行することができるし、平等な目線で彼女を評価できるはずだ。


「はい。私から見ても、シャルロッテ様は王妃として申し分ない方だと存じます。横暴なところなどひとつもなく、むしろ臣下である私を労ってくださるくらいお優しい方です」

「そうか。それは良かった」

「祖国からご自分に与えられたお役目も、十分に理解しているご様子でした。聡明な方だと存じます」


 己の目に狂いはなかったことに安堵しつつ、リーアムはクリスタへと質問を続けた。


「今日彼女は何をして過ごしていた?」

「それは、これからご自分でお聞きになるのがよろしいかと。私が話してしまえばおふたりのお話の種がなくなりましょう」

「……それもそうだな」


 ぐうの音も出ないド正論であった。


 今まで仕事一筋で生きてきたリーアムに、女性の機微を察知する能力も、女性との話の盛り上げ方も、備わっているわけがなかった。


 ふと、クリスタの肩に赤茶の毛がついているのに気づく。それは確かにクリスタの髪と同じ色ではあるが、長さと形状からして獣のものであることがわかる。


「クリスタ、肩に毛がついているが、獣化したのか?」

「えっ……失礼致しました。はい、シャルロッテ様が見たいと仰ったので、少しだけ」


 意外だった。いくら人間への偏見がないとはいえ、今日出会ったばかりの人間に見せるものではないと思ったからだ。


「その、あまりにもキラキラとした期待に満ちたお顔で見つめられて……とても、可愛らしかったので、つい」


 なんだそれ。羨ましい。


 そんな本音は辛うじて飲み込んだつもりだったが、この優秀な女官には筒抜けだったようで、ふふん、と得意げに笑われた。


「陛下も、獣化した姿をお見せになれば良いのでは?」

「厳つい野郎の獣化など見せても喜ばれるわけがないだろう」


 ただでさえ、己は平均的な男よりもガタイが良いし、彼女はか弱く、触れたら壊れそうな繊細な少女なのに。本気で怖がられでもしたら立ち直れない自信がある。


「であれば、陛下は陛下なりの方法で、シャルロッテ様のお心を開いてみせるしかございませんでしょう」

「……」


 自分なりの方法とはいっても、できることといえば、結局、不器用なりに誠意を尽くすということしかないと、わかっていた。


「行ってくる」

「ご健闘をお祈り致します」


 すごくいい笑顔で送り出してくれたリーアムの目下一番の(ライバル)は、主の情けない姿を楽しんでいるに違いないと、そう思った。






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