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4.専属女官との邂逅

「んん……」


 鳥の囀りが聞こえる。柔らかな一筋の光が瞼を刺激して、私は目を覚ました。


「朝かぁ……」


 のそのそと寝台から這い出して、カーテンをゆっくりと開ける。大量の朝の日差しが差し込んで、眩しさに目を細めた。眼下に広がる景色は見慣れたルインズの街並みではなく、目を瞬かせる。


 寝起きで上手く働いていない頭。……ああ、私嫁入りしたんだっけ。


 ……あれ?


「リーアム様は!?」


 はっとして寝台を見る。いない。既に起きて出かけてしまったのだろうか。


 あれ、もしかしなくてもこれやらかしたのでは?


 一人で慌てていたら、コンコン、と扉を叩く音がした。どうぞ、と言えば、扉が開いて二人の女性が入ってくる。


「おはようございます、王妃陛下」

「あ、あの……リーアム様は……」

「国王陛下は既に起床なされてお仕事へ行かれました」


 その言葉に再度ショックを受ける。陛下が起床しても眠りこけていて見送りもしない。完全にやらかしである。


「私はこの城の女官長、アンナと申します。こちらはクリスタ。王妃陛下の専属女官として私が任命致しました」

「クリスタでございます。精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」


 アンナは黒髪をきちっとまとめた、ツリ目のしっかりした印象の女性だった。赤毛にそばかすの浮いた可愛らしい顔をしたクリスタはアンナよりも随分若く、私とそう変わらない歳に見える。


「よろしくね、アンナ、クリスタ。それより、陛下よりも遅く起きてくるなんて、とんでもない失礼をしてしまったわ」

「申し訳ございません、一度起こしに参ったのですが、王妃陛下は昨日とてもお疲れのようでしたので、お目覚めになるまで起こすなと国王陛下自ら命じられました。ですのでお気になさることはありません」

「それでは、私が起きるまで二人を待たせていたのね。ごめんなさい」

「滅相もございません」


 大きくかぶりを振って否定されてしまった。目下の者に対してあまり謝罪するのもよろしくないのだったかしら。使用人とほとんど関わってこなかったから勝手が難しい。


「それでは、私は業務に戻りますので、陛下の御身のことはクリスタにお任せ下さい」

「わかったわ」


 失礼致します、ととてもきっちりとした美しい礼をして、アンナは去っていった。


「改めてよろしくお願い致します、陛下」

「名前で構わないのよ。これから毎日顔を合わせるのに、堅苦しいでしょう」

「……では、シャルロッテ様。シャルロッテ様の分の朝食はできておりますが、お持ちいたしましょうか?」

「持ってきてくださるの?お願いするわ」


 ようやくはっきりと目が覚めてきて、お腹もすいてきたところだった。ルインズでは自分で朝食を取りに行っていたし、女官が持ってきてくれるなんて新鮮な気分だ。申し訳ない気もするけれど、一応高貴な身分なので、やってくれるということはできるだけ任せた方がよかったはず。慣れないけど。


 クリスタが朝食を取りに行ってくれている間に、部屋を見回す。昨日は慌ただしくてちゃんと見られなかった、私の新しい部屋。


 前に住んでいた部屋よりずっと広く、家具も華美すぎない上等そうなものが置いてある。一人で掃除をするのは大変だな、と考えてしまうあたり、長年染みついたものはなかなか消えないのだなと思う。アンナもクリスタもきちんと仕事をする人のようだし、私がこの部屋の掃除をする日なんてきっとこないというのに。


「お待たせ致しました」

「ありがとう、クリスタ」


 小さなテーブルにつき、持ってきてもらった朝食をとりながらクリスタに今日の予定について尋ねることにする。何も言われていないけれど、王妃のお仕事とかはまだないのだろうか。


「今日はなにかすることはあるかしら」

「特にはございません。陛下はシャルロッテ様にはまずお身体を休めていただき、新しい環境に慣れていただくことを優先したいとのことです。お好きにお過ごしください」


 それは大変ありがたいのだけれど、随分過保護な気がする。


「それでは、城で働く人達の様子を見てみたいのだけれど、構わないかしら」

「それは……大変申し上げにくいのですが、できかねます」

「あら……どうして?」


 ずっと事務的な姿勢を崩さなかったクリスタが、少し狼狽えた。純粋な疑問だったのだけれど、クリスタは本当に言いにくそうに、目を泳がせている。言うべきか、言うべきでないか、迷っているようだった。


「……この王城には、人間に対する深いトラウマを抱いているものも働いております。シャルロッテ様のお姿を見るだけでも怖がってしまい、仕事にならないでしょう。どうぞ、ご理解願います」


 決心したような表情で、クリスタはそう言った後に深く頭を下げた。


 ちくり、と胸が痛んだ。人間の罪の重さと、私が王妃として解決しなければならないことの途方もなさを感じる。


「考えが至らなくてごめんなさい。嫌なことを言わせてしまったわね。今日は部屋で大人しくしているわ」

「……その、お怒りにはならないのですか」

「どうして?」

「いえ……失礼致しました」


 クリスタの言葉は、人によっては失礼だと憤るかもしれない。しかし、民を慮ることのできない王族なんて、王族を名乗るべきではないと思うのだ。


「彼らのために、私にできることはなんなのか。考えていかなければなりませんね。クリスタ、本が読みたいわ。亜人の歴史について書かれた本はあるかしら」


 私は知らなければならない。我が民のことを。


 見定めるような視線で私を暫し見た後、クリスタはすぐにお持ち致します、と言って部屋を出ていった。


 彼女は本当に、優秀な女官のようだ。



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