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19.戸惑う

 私がこの国に嫁いできて、そろそろひと月程が経とうとしている。ルインズからの道中の宿で満月を眺めていたことを思い出す。そろそろ、次の満月の日がくるはずだ。


「クリスタ、民の間での私の評判ってどんな感じかしら」

「だいぶ、良い噂が増えたように思います。曰く妖精のように愛らしいとか」

「皆本当に美形が好きよね。可愛いってそんなに素晴らしいものかしら」

「そうですね、美しいものは見るだけで気分が良くなりますからね。シャルロッテ様の場合、それだけではございませんし。民に寄り添う素晴らしいお方だと話すものは多いです。学校の運営団体に支援を行ったり、孤児院へ積極的に訪問なさったりしていますから」


 通常、王妃の主な仕事は、賓客のもてなしや、宮中の女官たちの管理だ。国政はあくまで国王と大臣たちが行うものなので、私はそちらにはあまり関わることはできない。


 いまはルベニアはまだ他国とちゃんとした国交がないので、賓客もなかなか来ないし、せいぜい王都に滞在中の領主一家をもてなしたりご令嬢を集めてお茶会という名の情報収集をするくらいしかやることがない。


 だから結局いつも、私の取り組むべきことというのは国内での私自身、ひいてはルインズのイメージアップになってしまう。そのためにいろいろと慈善活動に予算を割いているわけなのだった。公共事業で手が回りきっていないところをカバーできるし一石二鳥だ。


 ルインズでは父が同盟に伴ってちゃんと法整備をしていたはずだし、そろそろ発効するはずだ。もうすぐルインズとルベニアの間には正式に国交が生まれる。それまでに少しでもイメージを上げておきたいしね。


「学校は寄付で成り立っているのでしょう? 正式に公共事業にしてもいいのではないかと思うのだけれど、リーアム様は今とても忙しそうだし」

「そうですね。ルインズとの正式な外交に向けてお忙しくしていらっしゃるようです」

「それなら暫くは私の予算から支援を行うことにしましょうか。ルインズにはなかったけれど、とてもいい制度だと思うの。身分に関係なく優秀な人材を育てて登用することができるなんて」


 ルインズでやろうと思ったらおそらく貴族たちが反発するだろう。庶民出身であっても政治の中枢に関わることができるなんて、血や身分の概念が薄いこの国だからこそできることだ。


「くだらないもの、血筋で全てが決まるなんて」


 高貴な血筋なんて言うけれど、そんなもので人の価値は決まらない。でなければ、父が貧乏な名ばかり男爵家の生まれだったお母様を見初めるわけがない。お母様の血を引く私が素晴らしい、理想的な王女として持て囃されるわけがない。私は公爵の娘である王妃様の血を引くお姉様たちより著しく劣った存在でなきゃおかしい。


 私が王妃様の娘ではなく貧乏貴族の娘との間に生まれた妾の子だと知ったら、きっと私を持て囃していた人々は途端に掌を返すのだろう。そんな、ふわふわと浮ついたくだらないもののためにお母様は殺された。


 私の立ち居振る舞いが優雅で美しいのなら、それは私の身に流れる王家の血のおかげではなく私の努力の成果だ。勝手に私が頑張ったことをなかったことにしないでほしい。王家の娘だから最高峰の教育を受けられたという側面は勿論あるけれど、逆に言えば庶民の娘でもきちんと教えられていれば可能なのだということだ。


 だから、私はこの国の学校というものに投資をする。それはもしかしたら、私なりの復讐なのかもしれない。あの頃の私やお母様を救うことになるんじゃないかって。









 諸々の手配を終えた私は、気晴らしに散歩でもしようとクリスタを連れて部屋を出た。ずっと部屋に篭っていても身体が鈍るし、健康に良くないしね。


「シャルロッテ様、そろそろ庭の月下美人が咲き始めた頃だと思いますわ」

「あら、それは楽しみ」


 月下美人は、満月が近づくとだんだんと蕾が綻びはじめ、満月の夜に一気に花開くという不思議な花だ。ルインズでは見たことがなかったから、咲いているところを是非見てみたいと思っていたの。リーアム様は花に興味とかあるのだろうか。なさそうに見えるけど、一緒に見に行かないか聞いてみようかな。


 そんなことを考えながら城を歩いている間にも、たくさんの人とすれ違った。だけど、なんとなく様子がいつもと違うような気がする。どうも、みんないつもよりもピリピリしているというか、緊張感を感じるというか。ただ仕事が多くて、慌ただしくしているだけのようにはどうにも見えない。


「なんだか、皆余裕がなさそうね。クリスタ、何か知っている?」

「……いえ、私は何も」

「そう……あら」


 目に入ったのは、忙しそうに側近と会話をしながら前方から足早に歩いてくるリーアム様の姿だった。さっきまで脳裏に思い浮かべていたその人の姿を視界に捉えた途端に、脈拍が上がるのを感じた。


 話しかけに行きたい。でも忙しそうだし、やめた方がいいかな。そわそわと、そんな恋を知ったばかりの少女のような逡巡を繰り返していたら、進める足取りがつい遅くなる。そうして僅かな猶予を求めた甲斐もなく、すぐに距離は縮まってしまって、ついにリーアム様と目が合ってしまった。漆黒の双眸が私を映した途端に、眼光の鋭さが和らいで。


「シャルロッテ」


 そして、熱のこもった低い声が私の名を呼ぶ。その瞬間が、たまらなく気恥ずかしくて、でも嬉しくて、心拍数はどんどん上がっていく。


「何故ここに?」

「その、気晴らしにお庭を見に行こうかと思って」

「そうか。今はなんの花が咲いているんだ?」

「月下美人だそうです」


 生憎私は花には詳しくない、と言うリーアム様に、そう答えながら、今が誘うチャンスなのではと考えた。けれど、私が何か言葉を発する前に、リーアム様の手がこちらへと伸びてきて、耳の辺りに触れる。


「は、え、あの」

「髪が」


 耳にかけていた髪がひと房、こぼれ落ちていた。大きな手がそれを拾って、また耳にかけ直したかと思えば、名残惜しげに頬に触れて、離れていく。


 言おうとしていたことが、全て頭から飛んでいってしまった。


「ではな。散歩、楽しんでくるといい」

「はい、リーアム様もお仕事頑張ってください」


 少しの会話を済ませて仕事に戻る彼を見送って、私もまた庭へと向かう。緊張が解けても、まだ心臓が煩い。


 ……今更、夫相手にときめいてるなんて恥ずかしすぎやしないだろうか。顔が熱い。でも仕方ないじゃない。恋愛なんてしたことなかったし。しかも聞きたいことがあったのに、言い忘れてしまった。


 まあ、その話は夜でいいかと、そう思っていたら。


「……ああ、そうだ。シャルロッテ」

「はい」

「暫く……そうだな、満月の日まで、夜は会えない」

「……え」


 足を止めて振り返ったリーアム様は、申し訳なさそうにそう言った。


「お仕事、そんなに忙しいのですか?」

「まあ、そうだな」


 すまない、というリーアム様に、しゅんと萎んでいく気持ちを隠しながら微笑む。


「わかりました、でも、あまり根を詰めないように。お身体には気をつけてくださいね」


 大丈夫、物分りの良い女を演じるのは慣れてるから。






現実の月下美人にはそんな特性はありませんが、ファンタジーということで。

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