15.決着
「やめろ、エミリア嬢」
眉間に皺を寄せ、普段の仏頂面より怖い顔をしたリーアム様が、右腕で私を守るように抱き寄せ、左手で彼女の腕を掴んでいる。
それを見て、酷く狼狽しているエミリア嬢よりも、内心では私は焦っていた。彼は、怒っている。明らかに。多分だけど、エミリア嬢に対してだけではない。そんな気がする。
「あの、リーアム様、どうしてここに」
「クリスタが全て報告してくれた。まあ、その話は後でゆっくりしようか」
やっぱり私にもちょっと怒ってる!!
リーアム様には秘密にしてって言ったじゃない、という気持ちを込めて、恨めしげにクリスタを振り返ったけれど、涼しい顔でそっぽを向かれた。
私がそんなことをしているうちに、エミリア嬢が声を震わせて、リーアム様に問いかけた。
「なんで、どうして、陛下、その女を庇うのですか」
「彼女は私の妻だ。庇うのは当たり前だろう」
「だって、その女は、人間で、しかもルインズの王族……陛下の母君の、仇ではありませんか」
「え……?」
何、それ。知らない。
ルインズの王族が、陛下の母君の、仇……?
動揺する私を落ち着かせるように、陛下は一瞬私に向けて、優しく微笑んだ。
「私の母は確かに、ルインズで殺された。だが私がこの国に亡命する手助けをしてくれた命の恩人もまたルインズの民だ。ルインズの現国王は前王の過ちを認めて丁寧に謝罪してくれたし、二度とそういうことを起こさないよう国を変えようとしてくれている。シャルロッテも同じだ。私にはルインズへの蟠りなどもうなにも無い」
前王……私のお祖父様は大の亜人嫌いだったらしい。だから、前王の時代はルインズでも迫害が度々起こっていたという。父は、そんな自分の父親の所業が許せなくて、いつも異を唱えていたため仲はすこぶる悪かったと聞いた。お祖父様は王妃様の父である侯爵を重用しており、王妃様を父の結婚相手に決めたのもお祖父様だ。
お祖父様への反発心もあったのだろう、父が王位に就いてからは半ば強引に改革に改革を重ね今の状況に至る。
でも、お祖父様のせいで、リーアム様のお母様が亡くなっていたなんて。私は父からも何も聞かされていなかった。
「……リーアム、さま」
「すまない、もっと早く私から話しておくべきだったな。だが、さっき言った通りだ。貴女が責任を感じる必要はない」
そんなことを言われても、責任を感じるなと言う方が無理な話だった。だって、知らないふりをするには、あまりに血が近すぎる。
「そんな泣きそうな顔をしないでくれ。本当に、私は大丈夫だから」
低く落ち着いた、優しい声で語りかけながら、彼は私の髪を優しく撫でる。悲しみとか、苦しみとか、そういったものは、はっきりとは感じとれなかったけれど、かと言って、その傷が完全に癒えているとも思えなかった。
「貴女がこの国の民のために心を砕いてくれている。それでもう十分だ。十分すぎるくらいだ。貴女はよくやってくれているよ」
触れる手に、自分の手を重ねた。もしかしたら、私たちは似たもの同士なのかもしれない。未だに抱える負の感情を隠し通して、国のために生きている。
そんな私を見てほんの少しだけ、目を細めて口元を緩めた後、彼はすぐに瞳に剣呑な光を取り戻し、エミリア嬢を見据える。立派な国王陛下の顔だった。
「彼女は、君にも民にも害を為したりしない。一番近くで見ている私が保証する」
「う、嘘です! 陛下は騙されているんだわ!」
彼の言葉を信じたくないと言うように、蒼白になった顔でエミリア嬢は叫ぶ。
「では聞くが、エミリア嬢。シャルロッテが亜人を傷つけたことがあったか」
「っ……!」
「彼女を人間だからと排除しようとする。それは君を亜人だからと排除しようとした人間と何が違う」
エミリア嬢がこの国に逃げてきた時に彼女を保護したというリーアム様。その言葉は、彼女に深く響くようだった。
彼女は傷つけられた側だ。私が彼女を表立って罰したくなかった理由は、それだった。私が欲するものは、彼女を罰して王妃の権威を示すことでは得られない。あくまで平和的に、対話することでなんとか解決したかった。私だけでは上手くいかなかったけれど。
「君は君を傷つけた人間と同じところへ堕ちるつもりか。憎い相手と同じことをして、それでいいのか」
震えるエミリア嬢の瞳が、ついに潤み始める。
「だって、私は、助けていただいたときから、ずっと、ずっと陛下のことが……!」
切実な叫びだった。私なんかよりもずっと、長い間彼を見てきたエミリア嬢。ぽっと出の人間、それも陛下の母君を殺した男の孫に陛下を取られたら、怒るのも無理はない。
隣でリーアム様が驚きに息を飲んだのがわかった。本当に気づいていなかったんですね貴方。
声を出すのを躊躇う彼は、エミリア嬢の告白にどう答えるか、迷っているようだった。でも、その迷いもすぐに消える。
「私と彼女の結婚は政略的なものだが。私は彼女のことを好ましく思っている。だから君の気持ちには答えられない。……すまない」
そうはっきりと、彼女に引導を渡すリーアム様は、本当に、誠実な人だ。
リーアム様のその言葉に、彼女は糸が切れた人形のようにぺたんと座り込み、泣いてしまった。