13.事件
今日届いた手紙は『呑気にお茶会なんかしてないでとっとと王妃の座を空け渡せ』というようなものだった。
相変わらずの脅しの下手さに笑ってしまう。お茶会を開催したのは昨日のことだ。タイムリーな話題だけど、お茶会があることを知っているならお茶会で何かを仕掛けると脅して中止に追い込む方が私にとっては痛手なのに。
私が邪魔で排除したいと考える人物像は、いろいろと考えられる。リーアム様に恋する乙女はもちろん、王妃という肩書きが欲しいという野心的な女性もいるだろうし、自分の娘を王妃に据えて権力を持ちたいとか、あるいは陛下に忠誠心を持っていて、私を本気で王妃に相応しくないと思っているとか。
ただ、この拙いやり方を見る限りでは、政治的な思惑はあまり関わっていないように感じる。でも、そろそろ本腰入れて犯人を探さなければ。
クリスタが淹れてくれた食後の紅茶を楽しみながら、手元の本に視線を向ける。
「あら、シャルロッテ様。珍しく物語を読んでおられるのですね」
「昨日のお茶会で宰相閣下のご令嬢……エミリアさんにおすすめされたのよ。次会った時に感想を聞かれるかもしれないし、読まないわけにはいかないわ」
「そうだったのですね。面白いですか?」
「それがね、主人公に一切共感できなくて困っているのよ」
主人公はあまり位の高くない貴族のご令嬢。亡くなった前妻の娘で、継母である後妻に冷遇されており、さらに父親と継母の間に生まれた妹にも舐められているという設定。そんな中でも健気に頑張る主人公を王子様が見初めて……というような王道ストーリーだった。主人公の家庭環境的にはどこかの誰かに少し似ている気がしないでもないけれど、この主人公、繰り返される嫌がらせに毎度毎度心を痛めているし、だというのに継母や妹と本当の家族になることを諦めもしていない。実に健気である。さっさと見切りをつけたどこかの誰かとは大違いだ。
主人公が、王子からのプレゼントを妹にとられて泣いているシーン。とても可哀想だし、幼少期の自分と重なる。でも、今の私は冷めた目で見てしまう。そりゃ、高価なものを大事そうに持っているところを妹に見せたらだめでしょう。自衛が足りないわ。妹に絶対見つからない隠し場所を研究しないと。私は机の引き出しに細工をしていた。この主人公に教えてあげたい。
そもそも彼女は下位貴族の娘だ。王宮で女官として働くとか、もっと高位の貴族のご令嬢の侍女になるとか、いろいろと自立するための選択肢がある。彼女が王子に出会えたのは偶然にすぎないし、救いを結婚にだけ求めるのは現実的じゃない。それに女官になれば出会いも増える。下位貴族の令嬢の中では体の良い婚活とも言われているくらいだ。なぜいつまでも自分を守ってくれない父親と、自分を虐める継母と妹のいる家に縋るのか。
身分は高ければ高いほど行動が制限される。なまじ王族なだけに身動きのとれなかった自分と比べてしまって歯がゆい。私は政略結婚で国から出るくらいしか方法がなかったというのに……!
下位貴族の娘が王子と結婚するための障害をどう乗り越えるか、というのも物語を盛り上げるためには良い要素だけど、女官になっていれば身分の釣り合う男性とか、爵位はなくても功績を挙げている騎士とか、もっと都合の良い相手を見つけることはできただろうにと思う。
でも、そういうことじゃないということもわかっていた。主人公が私だったら物語にならないし、何より可愛げがない。リーアム様は私を可愛いと言ってくれるけれど、こんな本音を知っても同じように思ってくれるのだろうか。
「こういうか弱くて守りたくなるような女の子の方が殿方は好きなのかしら」
見た目だけなら私も合格だと思うのだけど。
「失礼ながら、そんな方が未来の王妃としてやっていけるとはとても思えませんし、物語だからこそ良いのだと思いますわ」
「確かにそうね」
「それにシャルロッテ様は十分守りたくなるような女性です」
「それは嘘よ」
「嘘ではありません」
真剣にフォローしてくれるクリスタは優しい。
そろそろ次の手紙が届く頃だろうかと思っていたある日、昼食の後に部屋へと戻った私は、信じられないものを見た。
クリスタ達が選んでくれて、リーアム様が贈ってくれた、あの淡いラベンダー色のドレス。
それが、無惨な姿になって、部屋に置かれていた。ご丁寧にいつものお手紙つきで。
つきんとした痛みが一瞬胸を刺した。何年かぶりに感じた痛みだった。
……そう、だから、大事なものなんて、ない方がいいんだ。
「……誰がこんなことを」
怒りに震えるクリスタの声がした。流石に、もう彼女に隠してはおけない。引き出しから今まで届いた手紙を全て持ち出し、机に置く。はっと瞠目するクリスタに、私は仕事を頼むことにした。
「ねえクリスタ、城に勤める女官の名簿とお茶会の招待状……私が送って、返信されてきたものね。持ってきてくれるかしら」
「名簿と、招待状ですか……?」
「そうよ。あと、リーアム様にまだこのことは言わないで欲しいの」
「で、ですが」
「お願いできるかしら」
にこりと笑えば、クリスタは暫しの逡巡の後、何かを言おうとした口を噤み、深く礼をした。
「……承知致しました」
部屋を出ていくクリスタを見送りながら、私はテーブルに積まれた手紙の山を見遣った。
私はあの主人公とは違う。どんな嫌がらせをされても泣かないし、泣き寝入りもしない。私は私の居心地の良い生活を邪魔するものを許さないのだ。