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12.謎の手紙

 建国祭以降、皆の私を見る目はまた少し変わったように思う。城内を歩いていても皆朗らかに挨拶をしてくれるし、あの給仕をしていた小さな少女も、すれ違う度にはにかみながら会釈をしてくれる。


 図らずも、あのアクシデントが私のイメージを変えたらしい。彼らのトラウマのもとである「人間」というものは、ああいう場面では怒り狂って給仕を罰するのだとか。


 世の中には私の知らない愚かな人間がいるものだな、と思った。どれだけ優秀なものであってもミスをするときはする。いちいち罰していてはキリがない。取り返しのつかないものや完全に信用を失うようなものでなければ、大目に見るのが普通だ。


 過剰に罰を与え恐怖で人を従わせても、長続きしない。上に立つものであれば、臣下に尊敬され、信頼されなければならない。父である国王陛下がよく言っていた。従うのは癪だけれど言っていることは正しいと思うので私もそう努めている。


 その姿勢をたくさんの人に評価してもらえたなら、とても嬉しい。


 だけど。


「……うーん、これはどうしたものかなー」


 テーブルの上に届いていた、可愛らしい花の柄の封筒。中にはご丁寧に折られた同じ柄の便箋が入っていて、広げてみれば綺麗な字で文章がしたためてあった。


『あなたは王妃に相応しくありません。陛下を解放しなさい』


 非常に困った。私の何が彼、または彼女の気に障ったのだろうか。


 しかし、それにしても嫌がらせが温い。温すぎる。文章は脅し文句にもなっていないし、それに可愛いデザインの便箋と封筒。普通ならどこにでも売っているような無地のものを選ぶのではないのか。


 私を本気で排除したいなら封筒に危険物でも入れておけば良いのに。きっと送り主は今まで嫌がらせなんてしたこともないんだろうと思う。今まで散々嫌がらせを受けて鍛え上げられた私の鋼の精神がその程度で弱るとでも思ったのだろうか。随分と見くびられたものだ。


 その時、コンコン、と扉を叩く音がした。クリスタです、と声が聞こえる。


「シャルロッテ様、二週間後のお茶会についてなのですが……」


 例の手紙は、咄嗟に傍にあった本に挟んで隠した。彼女は気づいていないようで、そのまま話を続ける。


「どうかした?」

「実は、お出しする予定だったお菓子が品薄状態らしく、注文したよりも数が少なくなってしまうと店から連絡がありまして」

「わかったわ。では足りない分は候補に挙がっていた他の店から取り寄せることにしましょうか」


 どの店から取り寄せるかが決まると、クリスタはすぐに発注して参ります、と足早に部屋を出ていった。


 私は再び本を開き、花柄の封筒を取り出す。なんとなくクリスタに隠してしまったそれ。恐らく大した害はないだろうと判断し、机の引き出しの奥にぽいっとしまった。







 それからも、謎の怪文書は数日おきに届き続けた。いつも同じ花柄の封筒と便箋で。やはり送り主は悪巧みが得意ではないのだろう。同一犯であると宣言しているようなものじゃないか。でもデザインはとても可愛らしいのでそのセンスは認めよう。


 今のところやっぱり特に害はなさそうだけど、一応犯人は絞り込んでおいた方がいいかなぁ。


 手紙の入っている引き出しを開け、中を眺めながら思案していると、リーアム様が部屋を訪れる時間になったので、慌てて引き出しを閉める。


「リーアム様、今日もお疲れ様でございました」

「ありがとう。今日はなにか問題はなかったか?」


 大丈夫ですよ、と返事をしながらリーアム様の隣に座る。


 特に何も用事が無ければ、リーアム様と顔を合わせるのは一日に四回。食事の時間と、就寝前の今の時間だ。食事の時間は会話はできないので、リーアム様とゆっくり話すことができるのは今だけである。


 お仕事があって忙しいはずなのに、リーアム様はこうして毎日私の部屋へ来て、話をする時間をとってくれる。仕事の話をするときもあるし、他愛もない世間話をすることもあった。


 今日の夕食のデザートの話をしながら、私は彼の横顔をじっと見る。


 表情はあまり動かないし威圧感のある風貌ではあるけれど、やっぱり私の旦那様のお顔は整っている。加えて民からの信頼も篤い国王陛下となれば、普通に女性にも人気があったんじゃ、とふと思った。


 あの手紙の送り主は、陛下を慕っていて、私を邪魔だと思っているのかもしれないという可能性に今更気づく。


「……どうした、じっとこっちを見て」

「いえ、リーアム様はかっこいいなと思って」


 お茶を飲んでいたリーアム様が噎せた。げほげほと咳き込んでいるので、さするように背中に手を添える。


「だ、大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫、だが、貴女が急にそんなことを言うから」

「急ではなくずっと思っていますわ。これだけ素敵な方ならさぞ女性にも人気があるだろうなと」

「あると思うのか!?」


 逆になぜないと思うのか。この国の女性がその手の感情を隠すのに長けているのか、それともこの人が鈍いのかどちらだろう。


 リーアム様から彼の周辺で彼に想いを寄せる女性の情報など、聞き出せたりしないかと思ったけれど、これは無理そうだ。


「例えそうだとしても、私は貴女以外の女性を愛する気はない」

「え?」

「貴女のような可愛い人を妻にしていながら浮気などしたら贅沢だと言われてしまうだろうな」


 確かに、自分の発言を思い返してみれば。


 夫が愛人を作ることを心配しているように聞こえないことも、ない。


「ち、違います、そういうつもりで言ったのでは」


 政略結婚の相手にそんな面倒くさいこと言われたら迷惑なはずだ。今すぐ訂正しなければならない。


 確かに私は可愛いけれど、リーアム様にだって好みがあるだろうし。リーアム様がもし姉様みたいなお色気美女が好きだったら私では力不足だ。こうして王妃として妻として尊重して、優しく接してくれているだけで、十分ではないかと私は思う。


「私とリーアム様は政略結婚ですし、リーアム様に他に想う人がいらっしゃったとしたら、そのお邪魔はしたくありません」


 リーアム様が、一瞬不機嫌そうな表情を見せた。


 またやってしまった、と思った。


 私にはわからない。彼に返事をするときの最適解が。私に話しかけてくる人たちは、決まって私に何かを求めている。だから私は、その通りに返事をしたり、逆に外したり、してきた。


 でも、この人が私に何を求めているのかが、わからない。政略結婚で嫁いできた妻として望ましいと思う返事をしたと思ったのだけど。


「私が狼の亜人であることは知っているだろう」

「はい」

「狼は番を一人しか持たない」

「はい」

「私は貴女を妻と決めた。だから私は貴女だけを大切にしよう」


 真剣な目だった。


 なんだかすごく恥ずかしくて、視線を逸らしてしまう。手紙の犯人について、リーアム様の隠れた恋人とか考えたけれど、この様子だと絶対違う、と思う。


「……ですが、リーアム様は亜人であって狼ではないですし、狼の亜人でも浮気をすることはあると本には」

「シャルロッテ、貴女の知識が豊富なのはわかったが必死で考えた台詞を台無しにしないでくれ。すごく恥ずかしい」

「すみませんでした」


 そういった後、彼は困ったように笑った。照れ隠しだと見透かされたようで、私はまた恥ずかしくなってしまった。






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